帽子のための鎮魂歌 石原吉郎

しずかな夜が
しずかなままではいけないか
はじまらぬものが
はじまらぬままでは
いけないか
どこかの隅がたちあがる
気配がなくては
いけないか
暮石の下へ
いまもふみとどまるやつら
いまも直立しつづける
やつら
薄明のなかで
いまも 帽子を
脱がぬやつら
同時に無数の死を死にながら
みずからの死を
いまも死にえぬやつら
やつらをそのままにして
いけないか
やつらをそのままにして
どうしていけないか

 (詩集「水準原点」より)