あやまち 伊藤整

逢はずにさへいたら
過ぎた世の夢もおなじだと思つたのに。
見さへしなければ
忘れ得る日も来ると思つていたのだ。
ああ逢ふのでなかつた。
わすれる日とてなかつたと
泣いたそなたの襟足の白かつたことは。
その夜涙にうるんだ私の目に
余市(よいち)の濱(はま)のかがり火は
おそろしい業火のやうであつた。
母のいとしい私の
身ひとつに秘めた不幸の大きさ。
ああ逢つて これほど切ない思ひをするのなら
やがて嫁いで行くそなただ
逢はなければ あはないで
おもひでるのは
物語に似た過去で済んだかも知れなかつたのだ。

   (詩集「雪明りの路」より)