林檎と蛇 西脇順三郎

  10

柘榴(ざくろ)と鐘は恋情に
ペン軸は女のパイプに
鉄橋は汽車に
冷寒は盆地に
椿油でゴテゴテ光る頭髪は
四十五歳の女に属すか

  11

人もゐない
ミュウズもゐない
廃園の傾斜に曲がる巴旦杏(あめんどう)の樹の股に
七絃琴の吊らる
小鳥の糞のかかる

  12

鉱山の煙り火山の如く
山の腹からのぼる
谷川の上に道が走つてゐる
山百合の咲く崖の下
路傍に頭髪の芸術か
アトリエを開く
床の上工夫の髪と百合の花粉
混じて哀れなるものがある
ビール会社の広告の女優の下
新聞講談本と尺八の間に
青ざめた男の住む


  (詩集「あむばるわりあ」より)



私が自分で詩をつくることを好んだのはなぜだろうか。自分の脳髄の中にしか生きる道がなかった。脳髄の中につくられる詩の世界にだけ生きる他に方法がなかった。詩という意味はアリストテレスの説では「つくられたもの」である。詩の世界というものはつくられた世界である。哲学者が自分の頭の中で一つの世界をつくり出してその中で生きようとするのと同じことだ。(西脇順三郎「脳髄の日記」より)