鹿  村野四郎

鹿は 森のはずれの
夕日の中に じっと立っていた
彼は知っていた
小さい額が狙われているのを
けれども 彼に
どうすることが出来ただろう
彼は すんなり立って
村の方を見ていた
生きる時間が黄金のように光る
彼の棲家である
大きい森の夜を背景にして

  (詩集「亡羊記」より)





  牛  村野四郎

きらきらする睫毛(まつげ)のかげに
柔和な眼球が うっとりと
いまにも消滅しそうになる
それから 素朴な眉間のあたり
ゆたかな黄金毛が渦巻いている
未来を持たないこの表情の
背後に どたりとうずくまるのは
くろい重量のある
大きな「現在」
結婚する若いふたりは
ながい間 それを眺めていた
そして人生を考えていた
ほそく しなしなする
白い柵にもたれながら

  (詩集「抽象の城」より)