アシカ 丸山薫

 アシカは喉(のど)に笛を持つている。凍(こご)えた潮の垢(あか)に詰つた笛を。不意に、蒸気の洩(も)れる安全瓣(バルブ)のようにその笛が鳴る。ーーとたんに岩から身を躍(おど)らす。
 アシカが鰭(ひれ)を動かして行つた迹(あと)は、暫(しばら)くは水面がアルコールのように撥(は)ね合つて止まらない。その波間から、未だアシカが泳いでいるような匂いが湧(わ)き昇つてくる。だがアシカは早くもそこにいない。遠くで寒く、鴉(からす)のように鳴いている。
 (詩集「帆・ランプ・鴎(かもめ)」より)

吉田一穂とは対照的に、丸山薫は九州大分市の生まれで、東大国文科に入学しました。主知的抒情詩を目指す詩誌「四季」に依る四季派の重鎮で、国語の教科書で知っている方も多いと思いことでしょう。(「白い自由画」他)