一花はこれまでに失敗したことはあるよね?
 

それはどんな失敗で、どれくらいの回数失敗したか覚えてるかな?
 

ということで今回は「失敗しないように生きるは間違い」というテーマで話します
 

成功者に必要な持つべき気


これまでに、成功者というのは
 

「お金がない」
「やりたいことが見つからない」
 

とは思わない人だったよね
 

それなら、この2つを思わない人が必ず成功者になれるのか?
 

残念ながら、それだけでは不十分
 

やりたいことも、資金面も問題ないにもかかわらず、成功者になる道を進めない人がいる
 

こういう人は最も大事なことがない
 

それは
 

失敗を恐れずに挑戦する勇気
 

多くの人は、中学、高校と一生懸命勉強して少しでもいい大学に行き、少しでも就職に有利になるように生きる
 

それが成功の人生への近道だと思っている
 

親は子供にそういう人生を与えようとするし、先生をはじめとした大人たちも、少しでもいい学歴を目指せとアドバイスする
 

これが、決してあたりまえと思ってはいけない常識
 

なぜなら、このレールに乗って生きてきたからこそ、失敗を恐れずに挑戦する勇気をなくしてしまう人が沢山いる
 

受験の勝者は、必ずしも人生の勝者になれるとは限らない
 

以外に思うかもしれないけど、むしろ逆のことが多い
 

親は誰だって子供に幸せになってほしいと考えている
 

そして失敗しないことが成功だと思っている
 

でも、実際はそうではない
 

成功するというのは、数多く失敗しているということでしかない
 

成功率そのものが飛び抜けて優れている人がいるというわけではない
 

みんなほぼ同じ
 

つまり、誰よりも多くの成功を手にした人は、誰よりもたくさん挑戦した人でしかない
 

同時に、誰よりもたくさん失敗を経験してきている

※夢を叶える「行動」
 

小さい子供は挑戦に満ちている
 

うまくいくとか、いかないとか考えずに、何でも自分でやりたがる
 

たとえばコップに飲み物を入れたり、それを運んだりしたがる
 

でも親は、それをあまりさせたくない
 

なぜか?
 

こぼすと面倒だから
 

しかもほぼ間違いなくこぼす
 

つまり、それをやらせると、予想した面倒が必ず起こる
 

そして「余計なことをしないで」となる
 

そんなことを繰り返していると、どうなる?
 

子供は挑戦する勇気をなくす
 

何か新しいことに挑戦すると、まずは必ず失敗する
 

失敗すると、大人に怒られたり、責められたりする
 

もちろん子供にとって怒られるのは嬉しいことではない
 

そこで、絶対に成功しようと頑張るようになるかというと、そうではない
 

だって頑張ったってうまくはいかない
 

初めてやることはうまくいかないもの
 

そうなると、怒られないようにするための手段は一つだけになる
 

それは新しいことに挑戦することそのものをやめること
 

そうやって成長した子供たちは、小学校、中学校を経て高校、大学へと進む過程で、受験に失敗しないように、大切に大切に育てられる
 

つまり大学というのは極端な話、勉強において大きな失敗をしなかった人たちが集まる場所になりやすい
 

それも本人にさほどやる気がなくても、まわりの大人が出来る限り失敗をしないようにとする
 

塾に行かせたり、家庭教師をつけたり、予備校に通わせたりして力の限りサポートをする
 

偏差値が高い大学になればなるほど、そういう傾向が強くなる
 

いわゆる一流といわれる大学を卒業する人は、勉強において成功体験を積み重ねてきた人が多い
 

その事実だけを考えると、その先の人生においても有利な位置にいると誰もが疑いなく思っている
 

ところが、彼らのほとんどは安定思考を持つ
 

彼らの持つ安定志向とは、言い換えれば、人生においても失敗したくないという気持ちの表れ
 

そして、自分らしい人生を手に入れるために、挑戦する生き方よりも失敗しないように挑戦しない生き方を選ぶようになる
 

本人も無意識に
 

失敗を恐れる気持ちが全てを不可能にする


失敗の経験が少ない人は、プライドが高い傾向がある
 

そして、プライドが高い人ほど「自分が失敗するわけにはいかない」と強く思うようになり、ますます挑戦する勇気をなくす
 

そう、はじめる前から失敗を恐れる
 

そして、失敗を恐れる心が、すべてを不可能にする

※先入観が可能を不可能にする
 

挑戦する勇気を失った人は、幸せな人生も失ってしまう
 

パパはこれまでたくさん失敗してきた
 

でもそれはとてもいい経験になっている
 

そもそも失敗なんてものは存在しない
 

多くの人は、はじめに予想したとおりの結果が手に入ることを成功
 

予想どおりにいかないことを失敗と呼ぶ
 

でも本当にそうか?
 

思ったとおりに事が運んだのがそもそもの不幸のはじまりだったということもあれば
 

起こってほしくないと思っていたことが、実は自分の人生にとって一番必要な経験だったということもある
 

そう考えると、挑戦したことによって手に入る経験はすべてが財産だということがわかる
 

その経験が、人生を成功へと導いてくれる

※夢を叶える「行動」
 

挑戦して自分の人生を生きる


今の世の中は、大人が失敗しない人間を育てようとしている
 

子供達ももそれがいいことだと思っている
 

誰かが何かで失敗したという事件が起こると、社会全体でその失敗を徹底的に責める
 

そのニュースを見た子供も親も「そういう失敗をしない人にならなきゃ」とか「あなた失敗しちゃ駄目よ」と敏感になる
 

これは大きな間違い
 

子供たちには、失敗しないように頑張れなんて言ってはいけない
 

たくさん失敗してもいいから、今までの自分に出来なかったことにどんどん挑戦してほしい
 

もちろん、はじめは思ったような結果が得られずに苦しむこともあるだろう
 

ひどいときには、その失敗を世間全体から責められることもあるかもしれない
 

そんなときも、親は必ず子供の味方でいるはず
 

だから、恐れてはいけない
 

大切なのは、予想どおりの結果を手に入れることじゃない
 

挑戦する勇気を持ち続けること
 

成功した人が、自分の人生を生きているのではない
 

挑戦し続ける生き方をした人が自分の人生を生きている
 

失敗とはどういう状態か


しかし誰だって失敗するのは嫌だし怖いもの
 

だから、失敗を恐れなくなる考え方を身につけておこう
 

そもそも失敗というのはどういう状態のことをいうかわかる?
 

試験で不合格になること
人に負けること
事業に失敗すること
思いどおりの結果が手に入らないこと
 

一般にはそんなことだとおもわれていると思う
 

でも、これらは本当に恐れるべきことか?
 

実は、本当に恐れるべきことは、多くの人が成功と考えていることのほう
 

世の中の多くの人は、望みどおりの結果が手に入る状態を成功だと思っている
 

ここで少し想像してほしい
 

もし人生すべてにおいて、望んだとおりのことしか起こらないとしたらどう?
 

どんなに大きな望みも、小さな望みも、すべてが思いどおりになる人生
 

さぞかし楽しいだろうと思う?
 

こたえはたぶん違う
 

その人にとっては、すべてのことが当たり前になってしまう
 

例えば、今は水道の蛇口をひねれば水が出るのは当たり前
 

これが何かのトラブルや災害によって、水がでなくなると、誰もがはじめは憤慨したり、腹をたてたり、生活に支障をきたし困惑してしまう
 

でもそこには考え方のチャンスがある
 

蛇口をひねれば水が出るのは当たり前のことじゃない

※先入観が可能を不可能にする
 

いつも当たり前のように思って使ってきたけれど、実はとてもありがたいことなんだと、感謝したり、感動したりするチャンスだと
 

また、思うようにいかない出来事というのは、何もなければ退屈な人生に、感動や感謝を与えてくれる退屈しのぎのための道具なんだと
 

理解できたかな?
 

普通の人が失敗と呼んでいる出来事こそが、人生に感動や感謝、新しい出会いといった、幸せな人生をおくるうえで必要なものをすべて運んでくれるもの
 

決して、手に入れた物質によって幸せになるわけではない
 

人生におけるただ一つの失敗は、やりたいことがたくさんあったにもかかわらず、結果を恐れて動けないまま、人生を終えるということ
 

つまり、何の挑戦もせずに一度しかない人生を終わってしまうことこそ、「失敗」という
 

忘れないでいてほしいことは
 

自分の人生において「失敗者」というのは、手に入れたものが少なかった人のことをいうのではなく、自分のやりたいことに何も挑戦してこなかった人のことをいうことを
 

一花には、幼き頃から「迷ったら新しい方を選べ」と口酸っぱく教えている、無類の挑戦好きのパパより
 

一花は将来やりたいことはもう決まっているかい?
 

たぶんまだ、決まっていなくて、何をしたらいいのか自分でもわからないんじゃないかな
 

ということで、今回は「将来のやりたいことは、お金を稼げることから選ばない」をテーマに話します
 

ここまで成功する人生をおくるために下記を説明してきた
 

時間という財産を投資する

時間という財産を、「頭」を鍛えるために使う

時間という財産を、「心」を鍛えるために使う
 

これらを継続するだけで、今までの世の中とは違う世界で生きることができる
 

つまり、自分なりの幸せを見つけることも、心の安定を手に入れることも、お金や見返りを気にせず行動を決めることもできようになる
 

そのことを忘れずに、継続して実践してほしい
 

やりたいこととは何か


以前に、成功を夢見て人生をスタートさせたのに、思うようにいかずあきらめてしまった人たちに共通する2つの壁があるという話をしたのは覚えてる?

「成功とはお金持ちになる」という誤解
 

一つは、何かを始めるのに十分な資金がなかったというお金の問題
 

もう一つは、そもそも何をしたいのかが見つかっていないという問題
 

とても重要なのが、二つ目の問題
 

やりたいことをどうやって見つけるのか?
そもそも、やりたいことって何だろう?
 

みんなもそのあたりの定義があやふやなのかもしれない
 

やりたいことがあるという人も、実は自分があやふやなままで、それを決めたということに気づいていない
 

そこには自分でも知らないうちに身につけてしまった、誤った常識がある
 

たとえばこれから大学生になる人達に、こんな質問をする
 

「大学時代に、やりたいことはありますか?」と
 

そうするとほとんど全ての大学生が「たくさんある」と答える
 

具体的にはこんな感じ
 

海外旅行に行ってみたい
英語も話せるようになりたい
自由な時間が沢山あるから、映画とか沢山見たい
それから、楽器にも興味があるからギターが弾けるようにもなりたい
 

どれもとても純粋な「やりたいこと」だ
 

では次に質問を少し変えて、「大学時代」の部分を「将来」に変えて質問してみる
 

「将来、やりたいことはありますか?」
 

そうすると多くの学生は、目をそらし、少し下向きに、「まだ決まっていない…」と答える
 

これはおかしなことだと感じない?
 

質問はほぼ同じ
 

大学時代も将来も、同じ未来
 

とこらが、受け取る側が勝手に、無意識のうちにある条件をつけ加えてしまう
 

「お金が稼げるものの中で」という条件を
 

「やりたいこと」というのは、本来、自分がお金を払ってでも手に入れたいと思っていることのはず
 

海外旅行をするにしても、英語をマスターするにしても、それなりのお金を払う必要がある
 

みんなそれを承知でやりたいと言う
 

ところが、将来のやりたいことは「お金を稼げることの中か探す」というのがなぜか常識になっている
 

その誤った常識を改めないと、人生を通じてやりたいことなんて見つかるはずはない
 

なぜなら、やりたいことは、そこら辺にあるものからふっと湧いてくるものではない
 

自分がやったことのあるものの中からしか生まれてこない
 

やらずにわかる人なんていない
 

自分が一生かけてやりたいと思えることは、時間をかけて、真剣に取り組み、工夫を重ねた経験があることの中からしか生まれてこない
 

考えてみればわかることなんだけど、多くの人はふっとアイデアが浮かんでくると思っている
 

子供の頃に考えていた将来の夢と同じように
 

子供の頃に抱く夢というのは、自分が社会というものに触れたときに、一番身近にあったものに興味を持ったにすぎない
 

例えば幼い頃、最初になりたいと思った職業は、バスの運転手だったり、美容師さんだったりする
 

バスに乗るのが好きだったり、綺麗にしてくれるのが好きだったからだろう
 

でも、他に色んな生き方があるということがわかるにつれて、別のものに興味が移っていく
 

物心がつき、他人と比較して自分の幸せを確認したり、お金によって行動の基準を変えたりするようになる
 

それにつれて、自分がそれまで考えてきた生き方よりも、もっとお金が儲かる生き方があるんじゃないかと思い始める
 

そしてその結果、迷う…。
 

大人になるにつれて、バスの運転手や美容師になりたいと言っていた頃の無邪気さで職業を決めることなんて出来ない
 

でも、同じ方法で何かが見つかるんじゃないかと思って、どこかで期待してしまう
 

本当のやりたいことをするには時間が必要


大きくなって、やりたいことというのは、自分が世の中の人の役に立てると自信が持てること、それを通じて人を幸せにできると思えるものの中にこそある
 

まだ何もやったことがないのに自信が持てたり、人を幸せにできると確信することなんて出来ない
 

だから、仕事でなくても、努力を重ね、真剣に取り組み続けていることがある人は、それに関係した仕事を自分の人生を通じてやりたいと思う日が遠からずやってくる
 

例えばこういうことだ
 

誰よりも映画が好きで、誰よりもたくさん映画を見続けた人は、いつか映画評論家という仕事に就く
 

写真を撮るのが好きで、いろんな工夫をして自分の納得いく写真を追求し続けた人は、写真家となってその感動を人に伝えることを仕事にする日がやってくる
 

もしかしたら、写真を撮るのに夢中になって世界中を旅しているうちに、旅行記を書くことになる人もいるかもしれない
 

いづれにしても、自分がお金を払ってでもやりたいことを続けるからこそ、そこに本当にやりたいことが見つかる
 

だからこそ、時間の投資が必要
 

やりたいと感じることは、お金を払ってでもやっていく
 

それを続けることによって、自分の生きがいが見つかる
 

別の言い方をすると、自分が出来ること、知っていることの中で、世の中の人の役に立てるものが見つかる
 

そのとき初めて、自分の人生を通じてやりたいことというのが生まれる
 

ここに至るまでには時間がかかる
 

お金を払ってでもやりたいことが仕事になるまでには、長い熟成期間が必要
 

その熟成期間を待たずに、一度きりの自分の人生をかけてやりたいと思えることを見つけることは出来ない
 

多くの人は、お金を貯めていつか自分のやりたいことが見つかった時に備えている
 

けれども、やりたいことを見つけられず、他の人が持っていて幸せそうなものを手に入れるために、貯めたお金を使ってしまう…。
 

これでは自分の人生の成功も、本当のやりたいことも、せっかく貯めたお金も、なにも叶わない
 

自分がお金をかけてでもやりたいことを、やり続ける
 

それをやり続けた長い時間が、世の中にとって役に立つことになる
 

このことを忘れないでいてほしい



ここまでで、どうかな?
 

無意識のうちにあった「お金を稼げるものの中で」という前提をはずして考えられるようになったかな?
 

そこでもう一度、この質問を考えて
 

「将来、やりたいことはありますか?」
 

一花には、本当に自分のやりたいことを極めて、人の役に立てる仕事に就いてほしいと願っています
 


運動が好きで幼き頃からずっと運動していたら、健康を教える仕事になり
 

そこで大勢の前でインストラクションしていたら、人前で話すことが得意なり
 

話す内容や、伝えることをいつも考えていたら、今はこんな仕事をしているパパより
 

昨日、一花はゲームの中で飼っている馬を見放すことになって、相当落ち込んでいたね
 

パパはそれを見て、一花は優しい心を持っているなと思っていた
 

ということで、今回は「時間という財産を、心を鍛えるために使う」てというテーマで話します
 

心の持ちよう


心を鍛える
 

実はこれがもっとも大事なこと
 

人間の人生をつくっているのは、その人の「心」
 

その人が心の中で何を考えているかで、人生が決まってくる
 

だから、常に心は積極的に、明るく、前向きにしておかなければならない
 

だけど多くの人は
 

こうなったらどうしようと悩んだり、過ぎたことを悔やんだり、とにかく考えることといえば、暗く消極的なことばかり
 

そんな心の状態で、成功した人なんかいない

※「成功とはお金持ちになる」という誤解

だけど、実際に常に前向きでいるというのは、本当に難しい
 

人生には「こんなことがあって前向きになれるか!」と思うようなことが必ず起こる
 

それも頻繁に
 

そう考えると、ものすごい災難を思い浮かべるかもしれないけど、人の心を強くするのは、案外小さなことだったりする
 

たとえば、順番待ちをしている自分の前に誰かが割り込んできたり、急いでいるときに事故渋滞に巻き込まれたりとか
 

つまり多くの人は、ほんの些細な出来事で、心の明るさや美しさや積極性をなくし、自分の人生を成功から遠ざけてしまっている
 

人生の成功を手に入れたいと考えるのならば、まず心の持ちようが人生をつくるということを理解する
 

そしてそれだけでは足りない
 

ちゃんとそれを理解した上で、多少のことでは明るさや前向きさ、積極性を失わないだけの心の強さを身につけなければならない
 

心は生まれつきではない


簡単に聞こえてしまうんだけど
 

本当に心の中からあらゆる消極的な考え方を捨てることなんて出来るのか?
 

実際に前向きな生き方をしたいと心から願う人は、必ず出来るようになる
 

素晴らしく鍛えあげられた肉体を見たときに、「あの人は、生まれつきすばらしい筋肉がついている」とは思わない
 

均整のとれた肉体、きれいに割れた腹筋は、生まれつき備わっているものではなく、毎日の訓練の賜物であることを誰でも知っているから
 

その人と同じだけの努力をすれば手に入るが、自分はそれをしてこなかっただけだと分かっているから
 

だからその人の努力を賞賛する

※時間という財産を投資する

ところが、これが心ということになると、すぐに「生まれつき」という言葉で片付けてしまう
 

意志の強い人を見ると
 

「私もあの人みたいに、生まれつき意志が強ければ…」と言い訳をし
 

「私もあの人みたいに、くよくよしない性格を持って生まれていれば、どんなに楽だろう…」と嘆く
 

でも「筋トレ」を続ければ誰もがきれいに割れた腹筋を手に出来るように「心をトレーニングする」ことによって、心を強く、明るく、美しくすることは、全ての人が出来る
 

心というのは日々の生活の中でつくられ、変わってゆく
 

だから、昨日までは弱々しく、悲観的で、後悔ばかりしていた心であっても、変わることが出来る
 

どんなことも恐れず、毎日をいきいきと生きる心に
常に前向きなことだけ考える心に
自分の夢に向かって、常に努力を続ける強い意志を生む心に
いつも笑顔を絶やさない明るい心に
すべての人に愛を与える美しい心に変わることが出来る
 

ただし、すぐにというわけにはいかない
 

心も鍛えられる


例えば、「美しく割れた腹筋をつくりたければ、一日2百回は腹筋しなさい」と言われて、さっそく、その日に二百回やってみた人がいるとしよう
 

ところが、まったく見た目は変わらない
 

それどころか、翌日からひどい筋肉痛に悩まされて、運動を続けるどころじゃなくなった
 

そうなると、人はこう言う
 

「一日2百回も腹筋やったのに何も変わらない」「筋肉痛もひどくて、やっぱり自分には無理だ」と
 

誰だって話が「筋トレ」なら、この話がいかに馬鹿げた話であることがわかる
 

今まで何の運動もせずに、何年もの間、太るがままにしてきた人が、美しく割れた腹筋を手にするまでには、相当長い年月と苦労を要するのは当然のこと
 

これまでに蓄えてきた脂肪の量があまりにも多い人は何年もかかるし、少ない人でも数か月は必要
 

ましては、一日のみの努力で達成できるはずもないことは、誰が考えてもわかる
 

気が付いた時にやるというやり方が、何の効果も生まないことも、志半ばにして努力をやめてしまったら、リバウンドで以前にもまして太ってしまうことだってある
 

さらには、固い決意のもと沢山の時間をかけ、理想の体型を手に入れたとしても、また何もせすに放っておいたら、一年もしないうちにだんだん醜くなり、元にもどってしまうということもある
 

これらのことは、心を鍛えるとき、つまり「心のトレーニング」に全て当てはまる
 

だから「一日やってみたけど効果がないから、やはり前向きになるのは無理」なんて考えてはいけない
 

今まで身につけた余計な考え方の量が多い人は、理想の心の状態を手に入れるまでにそれなりの時間がかかるし、少ない人なら数か月で理想の状態になれるかもしれない
 

いづれにしても、一日で変えられるはずはない
 

気がついたときだけ実行するというのも意味がないし、志半ばにしてやめてしまったら、自分はダメな人間だという思いにさいなまれて、以前にも増して心が消極的になる恐れもある
 

さらには、並々ならぬ努力で理想の心の状態を手に入れたところで、積極的な考え方を維持するための努力を怠れば、結局もとの状態に戻ってしまう
 

そのことは決して忘れてはいけない
 

まずは、消極的な考えや、後ろ向きな考えになるような出来事や悩みは、これからの自分の人生の為に必要な、必ず超えることの出来るステップだと考えよう
 

一花を見ていると根拠のない強い自信と、根拠のない消極的な面の両面があり、とにかく自信とポジティブな考え方が出来るように、全てを笑いに変える努力をしているパパより
 

一花はいつも自分の時間を何に使っていますか?
 

というわけで、今回は「時間という財産を、頭と心を鍛えるために使う」というテーマの続きで話します
 

百獣の王でいる理由


「時間は財産」という考え方はだいぶ理解出来たとして、ではその時間という財産を具体的に何に投資すればいいか?
 

これまでにこの世に生きた成功者たちは、特に2つのことに時間を投資してきたという点で共通している
 

一つは、「頭を鍛えるため」
そしてもう一つは、「心を鍛えるため」

 

世界的みて日本の大学生の多くは、残念なことにあまり勉強をしていない
 

彼らは長い受験戦争の末に大学生になると、勉強することを避けようとする
 

まるでそれが苦しいことであるかのように
 

本来、勉強というのは楽しいもの
 

だから大学というのは、勉強が楽しくてたまらない人が、楽しいことを続けたい為の場所であるべき
 

ところが実際はそうではない
 

勉強は苦痛であり、忍耐であり、我慢の連続だと若い人達は思っている
 

若い人たちだけじゃない
 

その親もそう思っている
 

「合格すればあとが楽になるから」
 

という間違った常識を子供に押しつけて勉強させている
 

全ては大学に進学するために、我慢しなければならないことであり、一流と言われる大学に進学しておけば将来は安定した職にありつけると
 

ところが、こういう人が人生において成功を手に入れることは難しい
 

ここで少し話を変えて、ひとつ質問です
 

ライオンはどうして強いかわかる?
 

鋭い爪と牙を持ち、走るのが速くて、力も桁外れに強い
 

ライオンは何百万年もかけて、他の動物より強くなるためにそう進化してきた
 

そう進化してきたから生き残ったという説もあるけど、いづれにせよ、そうなったからこそ百獣の王として現在に君臨することが出来ている
 

強い者が生き残る
 

これが自然界の掟だ
 

ライオン同士であっても同じことがいえる
 

他のライオンよりも、これらの面で優れているということが、ライオン社会における強さの証なんだ
 

それが劣るものは生きてゆけない
 

たとえ生きることはできても、その社会の中でいい思いなんて出来ない
 

せいぜい、おこぼれにあずかるぐらいにしか…。
 

人間の最大の武器は「頭脳」


人間に話を戻してみる
 

人間は他の動物よりも強く、生物界の頂点に君臨している
 

では、人間の強さの定義は何だと思う?
 

他の動物より何が優れていて、頂点に君臨しているのか?
 

それは、「頭脳」
 

人間は頭脳が進化してきたらこそ、万物の霊長として全生物の頂点に君臨することができるようになった
 

あるライオンがこんなことを考えたとしよう
 

「いやー、今まで食うか食われるかの世界だったから、爪と牙を使ってきたけど、もうそんな時代じゃないよね」
 

「ちょっと頑張りすぎたから、爪と牙をはずして、しばらく楽に生きていこうと思う」
 

「たてがみも黒く染めてお洒落にして、見た目重視で」って
 

もちろんこのライオンは、爪と牙をなくしたことを後で後悔することになるだろう
 

当の本人にしてみれば、食うか食われるかの毎日は、本当に大変だったと思うけれど、今までそれがあったからこそ百獣の王として君臨できていた
 

ところが、それを手放してしまったら、ライオンとして生きていくことは出来ない哀れな生涯が待っている
 

生き残る為には、強いライオンの下について、一生かけて守ってもらうしかなくなる
 

主人のために自分の生涯を捧げてね
 

運悪く自分を守ってくれる群れを見つけることができなければ、生きてゆくことすらできない
 

だからこそ、ライオンがその強さの象徴である、爪や牙を放棄することは一時たりともありえない
 

自然界はシビアだということを彼らはよくわかっているから
 

ところが多くの人は、同じぐらいシビアな人間界に住んでいながら、それをやる人が多い
 

誰かに守ってもらう生き方を何の疑問もなく選び、人間として一番の力を磨くのをやめて、その誰かに一生を捧げて生きる
 

「自分は安定している」と信じながら…
 

このことは、組織の中に入ることを否定しているのではない
 

自ら武器を放棄した者が、守ってもらうためだけに組織に依存していることが問題
 

本当に成功を手に入れたいと考えているのなら、どんなに面倒であっても、頭を鍛え続けることを放棄してはいけない
 

それを手放してしまったときから人生は、守ってもらうために支配される側になってしまう
 

絶対に忘れてはいけないこと
 

それは、一生自分の好きなことをやって生きてゆく強さが欲しければ、人間の持つ一番の武器である頭を鍛え続けなければならない
 

もちろん学校の勉強だけが頭を鍛える方法ではないよ
 

いつも一花が想像力豊かな絵や作品を作るのを見ていて、相当なクリエイティブ頭脳を持っているなと、感心しているパパより

一花は今、どれだけ投資に回せる財産を持っているかな?
 

というわけで、今回は「時間という財産を、頭と心を鍛えるために使う」というテーマで話します
 

投資と消費


今どれだけ投資に回せますか?
 

こういう質問に対して多くの方は、貯蓄がいくらあるとか、不動産を持っているとか、株があるなどと考え始める
 

一花のように、これから世の中にでていく若者にとっては、「そんなのまだない」と思うかもしれない
 

もしそう思ったのなら、残念ながらお金を基準に人生を、そして世の中を見ているということだ
 

まず「投資」とは何かをよく考えよう
 

今ある財産を今使う
 

これは「消費」
 

今ある財産を今は使えないものに変えて、将来大きくなるのを待つ
 

これが「投資」
 

そういう投資に回せる財産は、実は全ての人が沢山持っている
 

でも多くの人は、その財産を「投資」せずに「消費」してしまう
 

それは「時間」
 

別の言い方をすれば、「人生そのもの」
 

多くの人は、自分の持っている貴重な財産である「時間」を、すぐその場で「お金」に換えて生きている
 

近い将来、一花も何かのアルバイトをすると思う
 

1時間という一花の財産をその場でお金に換えたら、1,000円もらえる
 

これが時給
 

月給だって、その場でお金に換えるという意味ではまったく同じ
 

多くの人は知らない
 

実は「時間」そのものが財産で、投資出来ることを
 

この貴重な財産のほとんどすべてをその場でお金に換えて生きた人は、大きな成功を手にすることなんて出来ない
 

でも、この貴重な財産である「時間」を投資すれば、それこそ大きなものとなって返ってくる
 

たとえば、5時間の暇があるとしよう
 

アルバイトをしてこの「5時間」という財産をお金に換えると、5千円ほど手にすることができる
 

多くの人は労働を将来の自分のための投資だと考えているけど、それは大きな間違い
 

その場でお金に換えているのだから、今の自分の欲求を満たす行為になる
 

ところが、この「5時間」という財産を別のことに費やしたとしよう
 

たとえば、何かの本を読むことに費やしたらどうか
 

もちろんその場では1円も手に入れることは出来ない
 

だけど、今後の人生において手に出来るものは、どんなに少なく見積もっても五千円以上の価値になるはず
 

さあ、どっちを選ぶ?
 

これが「時間を投資する」ということ

※成功する人生の投資方法
 

成功するためには投資が必要


自分の欲しいものを手に入れるために払わなければならない犠牲のことを「代価」と言う
 

世の中には、お金で買えるものと、そうでないものがある
 

車にしても、家にしても、お金を払えば買うことができる
 

お金で買えるものの代価は「お金」
 

ところが「成功」なんてどこにも売っていない
 

日本全国、どこを探したって、「成功、○○○円」なんてものが売っているところはない
 

つまり、「成功」の対価は「お金」ではないということ
 

それじゃあ、「成功」の代価は何だと思う?
 

それが「時間の投資」
 

それを「努力」という人もいるけど、やっぱり「時間の投資」と言ったほうがイメージが合う
 

いずれにしても、成功の人生を求めて行動しようと思うなら、その代価についてちゃんと考えないといけない
 

テストで良い点をとるために毎日3時間勉強すると決めたとする
 

そして良い点がとれたら、その代価は「毎日の3時間の勉強」
 

そして今度は彼氏が欲しくて、それを手に入れる為に、更に2時間勉強したとしたらどうなる?
 

彼氏なんて当然出来ない
 

その時間や努力をどれだけ増やしたところで、目標を達成することは出来ない
 

馬鹿なたとえ話のように思うけど、多くの人がこれと同じことをやっている
 

ある事柄を達成するには、それ相応の正しい代価があり、万能な代価なんてこの世にはない
 

もちろん「お金」があらゆるものの代価になることだってない
 

あと、欲しいものに対する代価は正しくても、釣り合いがとれていなければ、自分の欲しいものを手に入れることは出来ない
 

手に入る成功というのは、代価として払う「時間の投資」と釣り合っている
 

だから人生において、小さな成功を手に入れたいと考えているのなら、少しの時間の投資が必要
 

だけど大きな成功を手に入れたいのなら、多くの時間の投資が必要
 

だから、誰よりも成功した人生を送りたいと考えているのなら、それに釣り合った時間の投資が必要ってことになる
 

ここまでで「自分の財産=時間」について理解できたかな?
 

誤解のないように言っておくけど、一花の持っている財産は時間だけではないよ
 

他にも色んな財産を持っている
 

それを育てていくことによってきっと誰よりも幸せな人生をおくることが出来る
 

というわけで、今回は「時間という財産を投資する」というテーマで話しました
 

次は、その時間を何に投資すればいいのかについて話します

※時間という財産を、「頭」を鍛えるために使う

※時間という財産を、「心」を鍛えるために使う
 

今は大きな結果は出ていないかもしれないけど、いつもコツコツ家で勉強している一花を見て、どうやら一花は「時間投資」の達人になるのではと期待しているパパより

一花は自分のやりたいことを出来ているかな?
 

「お金がないから出来ない」って思ってたりしない?
 

ということで、今回は「成功とはお金持ちになるという誤解」というテーマで話します
 

始めることにお金はいらない


「何かを始める資金がなければ、自分がやりたいことは出来ない」
 

成功者になれなかった人は、みんな共通してこう考えていることが多い
 

しかし面白いことに、成功者は誰一人としてそうは考えない
 

ということは、多くの人にとってこの常識は、成功者にとっては非常識ということになる
 

多くの人は、お金を貯めてから何かをやろうと考える
 

しかし、もしその人達がそれをやるのに十分なお金を手にしていたとしても、何も始めることはしない
 

なぜだかわかる?
 

成功する人というのは、今この瞬間からでも、やりたいことを始める人だから
 

ところが多くの人は、その瞬間が訪れない
 

それはやりたいことを始める瞬間には、お金が必要だからと考えているから
 

しかし成功する人はお金がないという理由でやりたいことをあきらめたりはしない
 

彼らは、はじめにお金がなくたって成功できることを知っている
 

ここで一つ想像してほしい
 

もし誰かに「明日から会社をつくれ!」って言ったら、その人達は何て答えるだろう?
 

たぶんこう答えるだろう
 

「無理です」と
 

その理由は何かな?
 

お金がない
スキルがない
コネがない
事務所がない
働き手がいない
経験がない
できることもない

 

出来ない理由が他にもあるかな?
 

それらを出し尽くしたところで、もう一回想像してみてほしい
 

「それなら、その方々よりお金がなく、コネも事務所もなく、働いてくれる人もいない、経験もない人は、絶対に会社をつくることが出来ないと断言できるかな?」って
 

どうかな?
 

「それでもやっぱり成功する人はいるかもしれない」って、思わない?
 

事実そういう人は存在する
 

そう考えると、会社をつくり、成功させるために必要なものは、そういうものではないということがわかる
 

出来ない理由を挙げればきりがない
 

でも、それらすべてがなくても成功する人はいる
 

やりたいことがあって、それをゼロから始める勇気があって、ゼロからでも始められる方法をつくり出す頭脳さえ持っていれば、誰だって会社をつくることは出来る
 

それこそ今、この瞬間にでも
 

ところが多くの人は、まずやりたいことがない
 

たとえ、やりたいことがあっても、それをやるには手元に一千万円なければ出来ない等と考えている
 

だから貯まるまでは考えてもしかたがないことだと、後回しにする
 

そしてお金がある程度貯まってくると、今度はやりたいことが決められなくて困る
 

その繰り返し
 

もちろん、やりたいことも、それに必要な資金も手に入れる人だっている
 

では、そういう人なら必ず自分のやりたいことに挑戦するのかというと、案外そうでもない
 

それは、人生を動かす行動の基準が違うからなんだ
 

人生の基準はお金で決めない


世の中の多くの人はお金を基準に生きている
 

どういうことかと言うと
 

「お金の為に生きている」といった感じ
 

何かをやる、やらないを決めているのもお金
 

やりたい、やりたくないではなく
 

多くの人が全ての行動をお金を基準に考えられていて、人生そのものがお金を中心に動いている
 

持っているお金によって、やるかやらないかを決める
 

これから入ってくるお金のことを考えて、買うか買わないかを決める
 

お金があれば、やりたいことが出来る
今はそのお金がないから、やりたいことが出来ない
 

そのお金をつくるために毎日働く
 

お金がたくさんある人を成功者だと思って、それを目指す
 

自分で会社を興したいと思う理由も、会社を大きくしてお金儲けをしたいという理由が一番多い
 

とにかく行動の基準がすべてお金
 

そして、それを何の疑いもなく常識だと思っている
 

そういう人の多くはこう考える
 

月にいくら入ってくるから、こういうのを買って、こういう暮らしをすると
 

そして、「それが少なくなったらどうする?」という話をすると、自分の生活スタイルそのものをお金に合わせようと考える
 

みんな真剣にお金持ちになりたいと思っているけど、これではお金持ちになることなんか出来ない
 

お金を上手く扱うのではなく、お金に自分の人生を扱われてしまっているから
 

ここまで延々、お金の話をしてきたのは、お金にすごく興味があるからでもなければ、お金持ちになってもらいたからでもない
 

お金は、生活していくには必要なものではあるけれど、お金を行動の基準にして生きる人生が、いかに自分らしい、素晴らしい人生から遠ざかってしまうのかを伝えたかったから
 

お金持ちになることや、社長になることを目標にする人生にするのも、それは自分で決めればいい
 

ただお金持ちになりたいとしても、一度成功とお金というものを切り離して考えなければならない
 

成功者になるということは、お金持ちになるということではない
 

この誤解をとくことが本当に難しい
 

この誤解をとくようにするには、面倒だけれども「成功=お金持ち」と考えて生きている人達の人生を客観的に観察して、それがいかに自分らしい人生を奪っているのかを学ばなければいけない
 

それは本や、映画や、パパやママの話だったり、このブログで
 

どういう生き方をしようとも、この誤解をといて自分の人生を見つめることをしなければ、生きていることがうれしくてしかたがないほど幸せな人生は訪れない
 

ここまでで、「成功=お金持ち」の誤解はとけたかな?
 

多くの人がお金を行動の基準にしているという事実を疑っているかもしれない
 

それは仕方がないことだと思う
 

志の高い若者はそういう生き方を、自分がすることになるとは思っていないからね
 

でも自分でも気づかないうちに徐々にそうなっていってしまう人が多いということを忘れないでほしい
 

お金はお金で人生においては大事なものではあるので、別の機会で考え方や具体的行動は書くことにするとして、今回は「成功=お金持ち」ではないということを伝えたくて、「成功とはお金持ちになるという誤解」というテーマで話しました
 

一花には自分にとっての成功、人生を楽しんでほしいと思っているので、一花が突拍子もないことを言っているのも、半分心配で半分嬉しく聞いているパパより
 

一花は比較的、好きなものを食べ、好きな洋服を着て、好きな物を買ってもらっているよね
 

それは我が家が、まだ経済的に安定しているから
 

ということで今回は、「今ある安定は将来まで続かない」というテーマで話します
 

安定は不安定の上にある


世の中の多くの人が「安定」だと思って頼って生きているものは、実際はとても脆い
 

実はその「安定」は、ほとんどの場合「みんなもそうだから」ということ以外、何の根拠もない
 

職種が何であれ、会社の規模がどうであれ、時代が変われば状況も変わる
 

この事実から逃れられる会社、職種はない
 

ちょうどこれを書いている今もコロナで、世の中はとんでもないことになっている
 

十年もたてば世の中が大きく変わるのは、いつの時代も同じこと
 

安定していると思って選んだ会社が、ある日突然なくなってしまうことだってある
 

原因は何も時代の変化だけじゃない
 

とりわけ今の時代は、たった一人の不祥事が原因で、会社そのものがなくなってしまうことだってめずらしくない
 

そして、それはある日突然やってくる
 

このとき、多くの人が人生の歯車をくるわせてしまう
 

そしてこう思う
 

「こんなはずじゃなかった…」と
 

こういう話をすると、誰もが「自分は大丈夫だ」と他人事のように思う
 

でも実際は他人事なんかじゃない
 

実に多くの人が、ものすごく不安定なものの上に乗っかっていながら、まるで安定した人生を過ごしているかのように錯覚し、その錯覚が続くことを前提に人生を設計している
 

パパも例外ではない
 

例えば一花が将来留学することになり、海外で一人暮らしをすることが決まったとする
 

そうすると、新しい生活には何が必要で、月々どれくらいの仕送りが必要で、そこから食費や学費を払って、足りない分は、語学習得も含め、現地でアルバイトして稼ぐということを家族と一緒に決めたとする
 

しかし、そういった約束は留学中の期間、何があっても変わることなく果たされる絶対的なものだと決め込んでない??
 

もしかしたら、ある日突然パパがこの世から去ってしまうことだってあるかもしれない
 

そんな大事でなくても、パパが急に「もう一円も払わないから、自分の力で生きろ!」と言い出すかもしれない
 

留学して一ヶ月もたたないうちに、その日がやってくるかもしれない
 

もちろん、そんなことをするつもりはない
でも、可能性はゼロではない
 

誰でもそうだが、始めから裏切るつもりで約束する人なんていない
 

でも約束を守ることが出来ない、どうしようもない理由が生じることだって長い人生の中ではある
 

つまり多くの人は「毎月○○万円は絶対に入ってくるから」というのをベースに、何処に住み、何を食べ、何を買い、どういう生活をするかを決めている
 

でもよく考えて欲しいのは、世の中の多くの人は、自分の力では変えられないものをあてにして、それが安定しているという前提のもとに人生設計をしている
 

それが安定しているうちは、自分の人生も安定している
 

ということは、裏を返せば
 

その安定がなくなったら、自分の人生は不安定になる
 

これはとてもわかりやすく、とてもシンプルなんだけど、皆そのことには気づかないふりをしている
 

もしかしたら気づいているからこそ、固く念じているかもしれない
 

「絶対にそんなことにはならない」と
 

どうしてみんなそんな生き方をしていて、平気な顔をしていられるのかわかる??
 

それは、他のみんなもそうだから
つまりそれが常識だから
 

誰だって最初から色んなことをあてにしているわけではない
 

言い方は悪いが、むしろ若いうちは、その色んなものを自分のために利用してやろうと思っている
 

会社も、アルバイト先も、親でさえも
 

ところが、人生において家族を持ったり、大きな買い物をしたり、ローンを組んだりすることによって、どんどんどそれをあてにする期間が長くなっていく
 

よほどまずい状況でなければ、半年後に会社があるか、親がいるかどうかを心配する人はいない
 

だからこそ、半年先までの給料や、仕送りをもらえることが決まったかのように錯覚する
 

そして、それをあてにしてものを買う
人生設計をする
 

そうやっていくうちに、それが当たり前になってしまう
半年が一年になり、五年になるような買い物や選択をする
 

ところが三十年ともなると、誰だって自信がなくなる
 

今をときめく企業で働く人だって、向こう三十年間その会社があるかと聞かれて、自信を持って答えられる人なんかいない
 

自分の健康だって怪しい
 

半年後の自分の健康を疑わない人も、三十年後の自分となると、自信を持っている人のほうが少ないんじゃないかな
 

世の中の状況だって大きく変わる
 

十年前はいい思いもをしていた人が苦しくなったり、その逆もあったりする
 

現在のコロナ禍も、まさにその状況だ
 

安定を自分で制御する



そんな中で、何かがうまく生き続けることをあてにして、人生の成功を目指しても、うまくいくはずがない
 

長い人生の間には、会社が倒産することや、給料がへること、地位が下がってしまうことなど、状況が悪くなることが多々あるもの
 

むしろそのほうが普通
 

なぜなら日本は資本主義社会だから
 

資本主義社会というのは、常に変化し続けるもの
 

何も起こらずに予定通りにすべてのことが運ぶなんで、ありえない話だ
 

それなのに、ちょっとでも予想と違うことや、自分にとって不利な出来事が起こるたびに「だから、思いどおりの人生にならなかった」なんて考えているようでは、誰の人生の話をしているかわからない
 

他の誰でもない、自分の人生なのに
 

意外に思われることが多いけれど、安定というのは何かを手に入れた時に得られるものではない
 

自分の力ではどうしようもないものに依存したときに得られるものでもない
 

安定も幸せと同じように、あくまでも心の状態
つまり、何も手に入れなくても得ることができる
 

本当の安定というのは、「自分の力で変えられることを、変えようと努力しているときに得られる心の状態」のことをいう
 

さて、そうなると、安定だと考えていたものが不安定になってしまう前に何とか手を打って、なんでも始めてしまえばいい、ということになるんだろうが、そう単純ではないのが人生だ
 

その理由の多くは
 

一つは、やりたいことを見つけられなかった
もう一つは、十分な資金がない
 

実はこの二つの理由は、人生を成功させたいと思っているのにうまくいかない人の共通点なんだ
 

逆に、成功者と呼ばれる人たちにとってこの二つは理由は、まったく感じていない
 

つまり成功するためには、この二つの理由は壁ではないということ
 

ここまでを整理すると
 

今ある安定は決して安定してはいない
とても脆いものの上に成り立っている
ということ
 

本当の安定を手に入れるには
 

資金などとは関係なく、やりたいことや、自分の力で変えられることを、変えようと努力すること
 

ということで今回は「今ある安定は将来まで続かない」というテーマでした
 

一花には安定した人生を生きてほしくて、必死にいろんな伝え方で努力しているパパより
 

一花は友達が持っているものや、産まれ育った環境を羨んだりしたことはあるかな?
 

ないほうが良さそうだけど、もちろんあるよね?
 

ということで今回は、「幸せを人との比較で決めるな」というテーマで話します
 

他人との比較


世の中の多くの人は、自分の人生を成功させたい、幸せになりたいと考えている
 

だけど、その成功だったり幸せの基準を、驚くほど馬鹿げた方法で決めている
 

あまりよく考えることもしないで、皆がそうだから自分もそれでいいと思っている
 

これが変えなければいけない、人生を失敗させる考え方なんだ
 

どいうことかと言うと
 

成功とか幸せというものを、自分で決めるのではなく、他人との比較で決めている
 

嘘のような話だけど、それがほとんどの人の中で常識になっている
 

例えば、一花が大学を卒業して就職するときのことを想像してみて
 

自分以外の同期の給料が20万円で、自分だけが40万円もらえる職場と、自分は50万円もらえるけど、自分以外はみんな100万円もらえる職場がある
 

さあ、どちらのほうが幸せな毎日を送れると思う?
 

おそらく前者になる
 

後者の場合、多くの人は幸せを感じることが出来ない
 

なぜなら、周りと比較して少ないことが我慢出来ないから
 

このままでは周りの人がどんどん手に入れているものを、自分は手に入れることが出来ないと思ってしまう
 

実際に今の日本人の多くは、世界で類を見ないほど裕福な生活をしている
 

それにもかかわらず世界で最も幸福を感じることの出来ない
 

それは、周りの人と比べることで幸せかどうかを決めているから
 

自分の周りに、自分よりもたくさん持っている人をわざわざ見つけて羨ましがるからだ
 

幸せの基準を他人との比較によって決めようとする人は、他の人は持っているけれど、自分は持っていないものを探し、それがないから自分は幸せでないと考える
 

そして、自分もそれを手に入れたら幸せになれると思い、それを追い求める
 

他人がブランドバックを持っていれば羨ましくなり、自分もそれを手に入れるのが幸せだと思う
 

ところがそれを手に入れたときには、周りには高級なアクセサリーを身に着けていたり、一着何十万円もする洋服を来ていたり、1年に何回も海外旅行に行っている人が出始める
 

それを羨ましく思い、また無理をしてでもそれを手に入れようとする
 

その繰り返し
 

バックやアクセサリーだけでなく、洋服や娯楽等あらゆるものにおいて、とにかく他の人よりも多くを持っているほうが幸せな気がして、そうなろうとする
 

その結果、疲れ果て、無気力になっていく
 

これは、例え話ではなく、多くの人の人生そのものなんだ
 

売る側も、それがある幸せを必死に提案してくるので、他の人と同じものを持っていないと、自分や家族を幸せに出来ないと思っている人すらいる
 

幸せの基準は自分


自分のこれまでの人生はどうか??
 

自分の幸せや喜びの基準を周りとの比較によって決めてない?
 

物を欲しいと思うことも、お金が多いか少ないかということも、とにかく基準は他人がどうしているかで、決めてない?
 

そういう人生は、自らの幸せを追求する人生ではなく、他人が持っているものを追い求める人生になってしまう
 

「幸せの基準は、自分自身が決めるもの」
 

これだけは絶対忘れてはいけない
 

他人との比較の中に自分の人生をうずめて、他人の持っているを「自分も」と買い求める人生は、たとえそれら全てを手に入れたとしても、絶対に幸せを感じることは出来ない
 

むしろ自分の人生をつまらない、苦痛に満ちた、不幸なものにしていくことになる
 

他人が持っている物を手に入れるために、我慢を重ね、本当に欲しくないものを手に入れて、無理やり自分を安心させている
 

そして、自分の行動を正当化する言い訳を何度も自分にしなければならない
 

そういった状態を幸せとはいえない
 

他人との比較の中でしか幸せを見つけ出すことの出来ない人は、その考え方を捨てない限り、ますます人生に苦しむようになる
 

なぜなら、どれだけ頑張って自分の欲しいものを手に入れても、常に自分よりも多くを手にしている人がいるから
 

幸せな人生を送るためには、自分だけの価値観を持って、それに忠実に生きなければいけない
 

他の人が持っていても、自分の人生に必要なければ追い求めない
 

逆に誰も持っていないものであっても、自分の人生に必要ならば、何としてでも手に入れる
 

そういった自分なりの価値観を持つ必要がある
 

他人となんか比べなくても、「昨日の自分よりも一歩でも前進しようと努力しているとき、人は幸せを感じる」ように出来ている
 

どう?理解できた?
 

このことを理解して、納得できたなら、それだけで素晴らしい人生を送れる可能性が高い
 

その考えが理解出来たら、もう一度想像してみて
 

他人との比較で幸せかどうかを決め、人のもっているものを羨ましがって、それを追い求める生き方をしている人達を
 

「そりゃ、成功なんて出来ないよ」と思うんじゃないかな
 

人の価値観で生きるほど、つまらない人生はない
 

「自分の価値観で選び、比較は昨日の自分と」
 

ということで、今回は「幸せの基準を他人との比較で決めるな」というテーマで話しました
 

小さい頃から、「一花はこうなの!」という独特の価値観を、いつもニヤニヤしながら見ていたパパより
 

一花は挑戦が好きですか?
 

ということで今回は「先入観が可能を不可能にする」というテーマで話します
 

固定概念


一花が小さい頃、動物を見るのが好きで、近くの動物園によく行った
 

その動物園にいる動物のほとんどは、動物園で産まれて、ずっと人の手で育てられている
 

だから野生の動物と違ってすごく人間に慣れている
 

もちろん暴れたりすることもあるけれど、その時は首輪をつけられたり、脚輪をつけられたりして行動を制限される
 

その動物達も、幼い頃は首輪や脚輪をつけられると、それに激しく抵抗したり、逃げようとしたり、時には自分が傷つくくらい暴れていた
 

ところがそのうち首輪をつけられると暴れなくなり、おとなしくなった
 

なぜだかわかる??
 

動物達にも知恵があり、彼らなりに学習する
 

これをつけられた時に暴れても、疲れて、自分が傷つくだけで、何も得がないと…。
 

何もしないのが一番賢い選択だと学習する
 

これは人間もまったく同じ
 

実は動物は成長してすごく大きくなるから、本気になれば鎖や縄、もっと言うと打ちつけている杭ごと引き抜くことだって出来る
 

でもそうはしないし、絶対に暴れない
 

首輪をつけた瞬間におとなしくなる
 

それは、小さい頃から何度も首輪をつけられて、それを外そうとしても外れないということを繰り返し経験してきたから
 

動物園の飼育員さんは、このことを逆手にとって動物を飼育していく
 

首輪や鎖は、どうせ駄目だっていう固定観念ができるまでは、成長に従って強いものに変えていくけど、一度それが出来てしまえばそれほど頑丈なものにしなくてもいい
 

人間も同じように、「これをつけられたら身動きが出来ない」って思っていることが沢山ある
 

それどころか「自分は賢いから、やっても駄目なことはわかっている。それをいつまでも外そうとするのは学習能力がないバカがやることだ」と考えたりする
 

耳が痛い話に聞こえるけど、実は人間のほうが動物よりその感覚が強い
 

たかが、17、8年生きただけで、人間にはしっかりと固定概念ができあがってしまう
 

ちょっとテストで悪い点数を取るだけで、「自分は勉強が出来ない人間なんだ」と決めつけてしまう
 

勉強だけじゃない
 

人生のあらゆることに対して、たった十数年生きただけで、「自分はこういう人間だから、自分はこんなことは出来ない」なんて勝手に決めてしまう
 

そうなると、どんなに簡単なことだって出来なくなってしまう
 

「どうせそんなの、うまくいくはずがない」「自分には才能がない」と、最初から決めつけてしまう
 

そして何の行動も起こすことなく「自分には向いていない」というラベルを貼って、数々の夢を葬りさってきた
 

どんなことだって同じ、人生のはじめの十数年で出来なかったからと言って、自分には出来ないと決めつけてしまうのは、あまりにも早すぎる
 

数年後には何の苦もなく出来るようになっているかもしれないのに
 

迷ったら挑戦する


でも多くの人は、昨日まで出来なかったことを理由に、自分は一生それが出来ない人間だと決めつけてしまう
 

昨日まで出来なかったという事実が、今日も出来ないという理由にはならない
 

そして尚酷いことに、自分には出来ないと諦めてしまっている自分の近くで、まだ諦めずに挑戦している人のことを馬鹿にしたり、叩いたりして、世間から追い出そうとする
 

なぜ??
 

それは、先入観に囚われず、過去に縛られず、挑戦して成功されてしまうと、どこかの時点で挑戦を諦めてしまった自分自身を否定することになってしまうから
 

ではなぜ人は挑戦を諦めるのか?
 

それは、これまでの先入観でしかない
 

挑戦すると、当然ながら成功もするし失敗もする
 

挑戦の結果、失敗というのは、当初の目標に届かなかったことを意味していることが多い
 

だけど、挑戦するというそのものには沢山のメリットがある
 

今までにない経験や知識が手に入る
今までにない出会いがある
人から応援してもらえる
仲間が増える
人に勇気や希望、感動までを与えることが出来る

 

こんなに沢山のことが挑戦することだけで手に入るのに、当初の目標に届かなかったぐらいで、それを失敗として考え、次の挑戦を止めてしまうのはもったいない
 

なぜなら、もし挑戦していなかったら、何も手に入っていないのだから
 

だからこの先、挑戦するか挑戦しないかで迷ったら、必ず挑戦するほうを選んでほしい
 

だって、明らかに挑戦するほうが得られるものが多いから
 

というわけで今回は、先入観が可能を不可能にするというテーマでお話しました
 

一花の人生にとって少しでも役立てればと思って、初心者だけど先入観を捨ててブログに挑戦しているパパより
 

一花は将来なりたい職業はある?
 

それは必ずなれそうな職業?
 

そしてその職業に就くことが出来れば、幸せになれる?
 

ということで今日は、「職業は目標達成の為の一つの方」法というテーマで話します
 

職業は夢ではない


幼稚園から今までで、「将来何になりたいですか」って質問や、将来なりたい職業を書かされる機会って結構会ったと思う
 

自分の夢や希望を書いたり、人に話したりすることはとても良いことだと思う
 

そしてその夢に対して努力したり悩んだりすることも、とても大事なことだと思う
 

でも現実は残酷で、努力だけではどうすることも出来ないことが実際にある
 

例えば、それは才能であったり、年齢だったり
 

具体的な例としては、男の子の多くは小さい頃、野球選手や、サッカー選手になりたいって思って、沢山練習や努力を重ねる
 

でもどんなに頑張っても、自分より上手な人は沢山いるし、体格的に向いていなかったりする場合もある
 

もちろん年齢的な問題もある
 

パパが今からサッカー選手を目指して練習を始めても、絶対に無理だよね
 

じゃあ実際に、自分の夢が叶いそうに無いと思った時はどうすればいいの?て話なだんだけど
 

そういう場合は、素直に考え直して、夢を書き変える!
 

そんなに簡単に?って思うかもしれない
 

しかもそれって当初の夢を諦めるってことになるんじゃないの?って思うかもしれない
 

男の子の多くは小さい頃、プロ野球選手や、サッカー選手になりたがるって話をしたよね
 

じゃあどうして、そういったプロのスポーツ選手になりたいの?って質問すると
 

だいたいその答えはこんな感じ
 

「かっこいいから」、「好きなことやって沢山お金をもらえるから」、「有名にもなれるから」、「憧れ的な存在にもなれて、女の子にもモテそうだから」みたいな理由
 

でも実はそれってよく考えると、そういうことが出来る人になりたいってことであって、プロのスポーツ選手になりたいってことではないんじゃないかなって思う
 

例えば、ある少年が子供の頃からの夢だったプロのスポーツ選手になれたとしても、その子が手に入れようとしていたものが満たされるわけではないよね
 

もう少し具体的に言うと、大事なのはプロのスポーツ選手になることそのものよりも、その人の人生や生活のほうがもっと大切であること
 

現にプロスポーツ選手の大部分は、別にかっこいいと思われてもいないし、無名であまりお金もなくて、無名であるがゆえに憧れの的でもない
 

まして女の子にもモテない(涙)
 

全てにおいて成功しているのは、プロのスポーツ選手のなかでも、ほんの一握りの人たちだけ
 

しかも相当活躍している時期だけで、翌年にちょっとでも成績が下がるとすぐに状況は変わる
 

だから、プロのスポーツ選手になるのが夢だった少年が、実際になれたとしても、夢が実現したとは言えない
 

逆に職業がプロスポーツ選手でなくても、手に入れたいと思っていたものを、全て手にしている人が世の中には沢山いる
 

その人達は皆、プロスポーツ選手にはなれなかったけど、自分の夢を実現出来たと満足している
 

どういうことかわかる??
 

つまり職業を夢だとは考えないほうがいいということ
 

職業=夢ではない
 

ある職業に就くということは、自分の夢を実現するための一つの手段でしかない
 

例えば、沖縄旅行を計画する時、ほぼ全ての人は、飛行機に乗って沖縄にいくことを考えるよね
 

ところが何らかの理由で飛行機では行けないことになったら、どうする??
 

途中まで、電車とか、それから船とかって考えたりもするよね?
 

でも多くの人は、沖縄に行くこと自体を諦めてしまう
 

最初に想像したとおりにならなかったという理由だけで
 

でも沖縄に行く方法は、実際にはいくらでもある
 

電車でも、船でも、車でも、なかには自転車で行こうとする気合の入った人もいる
 

つまり飛行機が目的地に到着するための一つの手段でしかないように
 

職業も夢に到達するための一つの手段であることを理解してほしい
 

だから本当にどうしても到達したい場所(夢)ならば、誰もが絶対に到達できるもの
 

はじめに計画した方法で辿り着けないのなら、別の方法を探せばいい
 

シンプルにそれだけの話
 

学歴は就職の選択肢を増やすため?


そしてもう一つ現実問題として理解しておいてほしいことは、だいぶ変わってきているものの、世の中はまだ学歴社会という、少し古い社会システムで動いている
 

この社会システムの為、学校の勉強が出来る人に対して、職業という手段の選択肢が増えるように出来ている
 

そして多くの人はこの職業という手段を手に入れるためだけに、必死で勉強し、その時の条件の良い職業を選び、就職する
 

しかし、しばらくすると気づく
 

目的からではなく、手段から選んだ職業なので、自分が手に入れたかった夢や理想とは違うと
 

そしてそれに気づいた時は、自分の夢や理想ではなく
 

家のローンや、生活費や教育費等、守らなければいけないことの為に働くことになっている
 

それが幸せと感じるならば、それでもいいと思う
 

でも、忘れないでいてほしいことは
 

職業というのは、夢を実現するための一つの手段であって、それがダメだからと言って全てがダメになるというわけではない
 

また、別の手段を使って自分の夢を実現する方法を考えればいい
 

それだけのこと
 

そして人生において大きな成功をおさめる人は、早いうちから一つの方向に進むことを決めた人ではなく、自分の夢や理想に向かって、手段や乗り物をかえながら進んでいる人ということを
 

学歴社会という少し古い社会システムの中では、学生の間に沢山勉強をしないといけない理由は?という質問をすると
 

「将来の職業の選択肢を増やす為」という答えがほとんど
 

これは全てが間違いではないと思う
 

だけどそれよりもっと大事な勉強をする理由は、
 

自分の将来の夢や、成りたい自分になる為の方法を、自分自身で責任を持って選び、夢に向かって進んでいける人になる為
 

今勉強が辛かったり、将来どんな職業に就くか迷ったりした時は、今日の話を思い出して頑張ってください
 

自分のことより、これから一花がどんな職業に就くかに興味深々なパパより