一花はご飯屋さんに行ったら、お支払い後に店を出る時に、ちゃんと「ごちそうさま」って言う?
 

パン屋さんに行って、買ったパンをレジの店員から受け取る時、「ありがとうございます」って言う?
 

ということで今回は、「お金の正体はありがとう」というテーマで話します
 

「ありがとう」は得をする


お店でこちらから「ごちそうさま」とか「ありがとう」と言うと、必ず店員さんから余計に「ありがとうございます」って言われる
 

これは実はものすごく得をしている
 

例えば、友達から180円の胡桃パンを貰ったら、一花は何ていう?
 

「ありがとう」って言うよね
 

では、友達からすごく欲しかった、大好きなアイドルのグッズをもらったら?
 

この時もパンと一緒の「ありがとう」になる?
 

ならないよね?
きっと「ありがとう」の質も量も変わってくるはず
 

でも「ありがとう」の質と量は直接、本人に伝えないと伝わりにくい
 

だから人は、「ありがとう」って言う代わりに、それに見合ったお金を払っている
 

少し難しいから説明します
 

もし、胡桃パンを自分一人で材料を作るところから、始めるとどうなる?
 

パンを作るために小麦をそだてなければいけない
 

それだけでも1年以上はかかるのに、胡桃も育てて収穫しないといけない
 

これらを全部を自分で作らないといけないなんて、とてもつなく大変なことだよね
 

でも一花は実際に、その大変な作業の集合体の胡桃パンを簡単に手に入れることが出来る
 

これを作るのに関わった人達に、少なからず、ありがとうって気持ちになるよね
 

でも、実際には一人ひとりに会って「ありがとう」と言うことは出来ない
 

そこで代わりに一番最後にあなたに届けてくれている人に、まとめてお金を払っているという状態
 

つまり胡桃パン180円=「180ありがとう」ということ
 

そして一花から出た、「180ありがとう」が、胡桃パンを作るのに関わった一人ひとりに届けられることになる
 

胡桃を育ててくれた人に直接「ありがとう」と感謝を伝えることは出来ないけど、その人は感謝を形に換えたお金を受け取ることになる
 

つまり人は、欲しいものを手に入れるためにお金を払っているのではなく、それに携わった人に「ありがとう」を届けている
 

つまり、ありがとうを沢山言ってもらえる人は、得をしていることになる
 

もっと言うと、仕事をしてお金を儲けるということは、沢山の「ありがとう」を集めるということなんだ
 

だから、人よりも余計に「ありがとう」をもらえる人であることは、喜ばしいことなんだ
 

「ありがとう」を集める


一花も近い将来アルバイトをすることがあると思う
 

その時の時給が1,000円だとして、一花がアルバイトで100万円稼ぐには、何時間働かないといけないと思う??
 

計算すると、1,000時間
 

これを週2日で、5時間づつ働いたとすると、100週必要ということなので、1年は52週だから、100万円稼ぐのに約2年必要となる
 

もちろん稼いだお金に一切手を付けないという条件でだ
 

当然少しでも使っていたら、もっともっと時間がかかる
 

そこで、さっき「円」=「ありがとう」って話をしたよね?
 

では、1時間に1,000ありがとう貰っている人が、100万ありがとうを集める為には、どのくらい働かないといけない??
 

実はこれは、計算出来ない
 

人からもらえる「ありがとう」は日によって、または人によって違うから
 

1時間に1,000ありがとうのまま、2年間過ごす人もいれば、1ヶ月で100万ありがとうを生み出す人もいるから
 

ところが多くの人はこのことに気づいていない
 

時給1,000円のアルバイトをしている人のほとんどは、8,000円必要なれば、8時間働くしかないと考えてしまう
 

でも本当に大事な考え方は、
 

1時間に10倍のありがとうをもらう方法はないか?
 

この考え方に一生気づかない人が多い
 

今の収入の倍欲しいとなると、倍働くしかないって考えてしまう
 

アルバイトは、社会勉強の側面もあるけれど、その時給というシステムを経験することで、将来の成功が妨げられることもあるってことを理解しておこう
 

だから、仕事やアルバイトを選ぶ基準として、お金のためでなく、純粋に誰かのためになりたい、誰かを喜ばせたいって考えながら仕事を選ぶと良い
 

そうすれば、あと何時間働いたら○○円もらえる、なんて思いながらいやいや仕事することには絶対にならない
 

むしろ同じ時間働いても、「もっと人のためになる方法はないかな」「もっと喜んでもらえる方法はないかな」って、どんどん自分の仕事に工夫をしていくことになる
 

それによって、自然と将来同じ一日を過ごしても、多くの人から「ありがとう」を言ってもらえる人へと成長出来ている
 

つまり成功している人になっている
 

将来、どんなアルバイトや、どんな仕事をすることになるかはわからない
 

仕事じゃないかもしれないけど
 

自分の大切な時間(資産)を、「ありがとう」を沢山集められる人になってほしいと思っています



 

パパは一花にいつも思っていることがあります
 


ママとパパのところに産まれてきてくれて



ありがとう
 

一花は一人でこの世の中を生きていけますか?
 

この世の中は一人では生きていけないし、一人の力では成り立たない
 

というわけで、今回は「人を動かし活かす人」をテーマについて話します
 

行動には理由がある


世の中には、残念ながら罪を犯す人が沢山います
 

人を騙したり、物やお金を盗んだり、人を殺めたり、、、。
 

そういった罪人が収容される、ある刑務所の所長がこんなことを言っていた
 

受刑者や犯罪者で、自分自身のことを本当の悪人だと考えているのは、ほとんどいない
 

これは何を意味しているかわかる?
 

犯罪者の多くは、自分自身が犯した罪は理解しているものの、自分は本当の悪人ではなく、罪を犯さなければいけなかった自分なりの正当な理由があるということを意味している
 

つまり自分は、根っからの悪人ではなく、本当は良い人間なんだと思っている
 

例えば、世の中が戦争中だったとする
 

そこで自分の目の前で、自分の親が敵から銃で撃たれて殺されたとする
 

そうするとどうだろう?
 

きっとその敵を心の底から恨み、一生かけても許すことはなく、恨みを晴らすために敵の誰かを殺す
 

その時、人を殺したことには変わりはないが、こう言うだろう
 

「自分の親が殺されたから、その報復なんです」と
 

例えば、ある子供が交通事故に合い、重傷を負った
 

なんとか、命はとりとめることが出来たが、担当してくれた主治医が、子供の親に対してこう言った
 

「私たちは全力を尽くしました。そしてあなたのお子さんは、本当に強い生命力で命は助けることが出来ました」
 

「しかしながら、今の状態は脳死状態で、この後目を覚ますことも、会話することも、立ち上がることも出来ません。一生ベッドの上で、この生命維持装置の管に繋がれたままとなります」
 

それを聞いた親はあまりのショックと喪失感で、数日間何もできずに、ただただ管に繋がれた自分の子供のそばにいました
 

その間その子の親は、実際には返事が返ってくることはないが、心の中で自分の子供と会話を続けていました
 

そしてある日、子供が繋がれている生命維持装置のスイッチを、そっとOFFにしました。
 

親として、自分の子の将来を憂いて
 

自分の子供を殺しました
 

どんな罪人でも、その人なりの理由が必ずある
 

このことは犯罪にかぎったことではなく、皆の周りで日常的に起っている
 

「”あんなこと言うなんて”」
「”あんな態度をとるなんて”」
 

それには、必ず理由がある
 

大事なことは、人を非難する代わりに相手を理解するように努めること
 

どういう理由で相手がそんなことをするに至ったかをよく考えること
 

人を非難しても何のメリットもなく、むしろ敵をつくることになることを理解すること
 

人間も動物
 

動物には心があり、心は自分を認めてくれる方に動く
 

世界的に有名な心理学者のB・Fスキナーさんが証明した実験が非常に有名
 

スキナーさんは、動物の訓練において、良いことをした時に褒美をやった場合と、間違った時に罰を与えた場合を比べると、前者の方がはるかによく物事を覚え訓練の効果が上がったことを実証した
 

人が動きたくなる理由


人に動いてもらう秘訣は、ただ一つ
 

自らが動きたくなる気持ちを起こさせること
 

しかし多くの人はこの事実に気づいていない
 

もちろん、相手の胸にピストルを突きつけたり、脅したりすることで、一時的に動かすことは出来るかもしれない
 

でもそれは、一時的なものにすぎない
 

では、人が動きたくなるには、どうすればいいか?
 

それは、人が欲しがっているものを与えることが唯一の方法
 

健康、食事、睡眠、お金等、人が欲しがっているものは沢山あるが、もっとも人が動きたくなる大事な欲求とは
 

自己の重要感
 

人は自分が認められ、賞賛を与えられると動きたくなる生き物
 

このことを理解しよう
 

例えば、「〇〇さんはクラスで一番優しいね」と言ってあげると、その子はクラスで一番優しくなろうとする
 

逆に「〇〇さんは性格が悪いね」と言うと、その子は性格が悪いと感じるような行動をとるようになっていく
 

一花も心当たりないかな??
 

これをパパは「称号を与える」と言っている
 

人は、重要感を感じる「称号を与えて」あげることで、その称号にあった行動をとるようになっていく
 

だから一花がこれから出会う人には、出来るだけ良い称号をプレゼントしてあげよう
 

「優しい」「頼りになる」「面白い」「落ち着く」「賢い」等々
 

そうすることで、称号を与えられた人達は、与えられたとおりに一花を助けてくれるようになる
 

でも、時には与えた称号と、違う行動をとってしまう人もいる
 

称号とは、こちらが勝手につけた称号なのであって、約束されたものではない
 

他人が自分の思い通りに動いてくれないほうが当たり前なので、そういった時は過度な期待を持つことなく、優しい心で見てあげて
 

そして、どんな人にもその人なりの言い分があることを理解し、重要感を持ってもらうための最適な称号を与える為に、最も必要なことがある
 

それは、相手の立場に身を置くということ
 

相手の立場になり、相手は何を考えているのか、何を一番欲しているのかを考えることが最も重要
 

これが出来ることで初めて、相手の言い分を理解し、最適な称号を与えることが出来る
 

どんなに対立する相手がいたとしても、相手側に立って考えると、必ず解決策は見つかる
 

ここで質問です
 

右利きの人と、左利きの人がいます
この人達に自分の利き手で握手して下さいと伝えます
どうやったら、自然に握手することができるでしょうか?
 

どうだろう?
 

答えは、同じ方向を向く
 

同じ方向を向くことで、恋人のように手を握ることが出来る
 

相手と同じ方向を向くことで、相手が見ている同じ景色を見ることができるし
お互いにぶつかることなく、同じ方向に協力して進むことも出来る
 

人生の成功者はこのことを良く理解している
 

まず相手の立場に立ち、相手の言い分に耳を傾け、そして相手が特別の存在だという称号を与える
 

これを出来る人が、大きな夢も叶えられ、世の中に必要とされる存在になっていけることを
 

人は決して一人では生きてゆけない
 

だから人を動かし活かせる人というのはとても重要な存在になるんだ
 

最近の一花の成長を見ていると、この子はきっと人を動かし活かす人になるんだろうなと感じている
 

一花に素晴らしい人生を送ってもらいたく、必死に一花に称号を与えているパパより
 

人の人生において、運が劇的に変わる時がある
 

ということで今日は、「運の貯め方・使い方」というテーマで話します
 

運は後払い


人は運が変わる時に、それを捕まえられるアンテナを持っています
 

そしてその運のアンテナの感度は、上機嫌の時に最大になる
 

逆に機嫌が悪いと、アンテナは働かない
 

最高の運気がやってきていても、機嫌が悪いと、アンテナがまったく働かず全ての運が逃げていくことになる
 

機嫌が悪い人は、最高の運気がやってきている場にいても、それに気づかないでイライラして、早くその場を立ち去りたいと考える
 

その結果、このあとの人生を大きく変える大逆転のチャンスすら、気づかずに逃してしまう
 

どんな仕事をしている人でも、不機嫌な人が成功したことなんてない
 

逆に、上機嫌でさえいれば運が好転する場面が自分でもわかる
 

ここで質問。一花は運がいいと思う?
 

実は、運には良いも悪いもない
 

だから運がいい人なんていないし、運が悪い人もいない
 

なんだそれって思うかもしれない

 

現に、運が悪く、ついてないことばかり起こる人もいれば、運が良く、ついてることばかり起こる人がいるって思うかもしれない
 

では、ついてることばかり起こる人は、何もしないでいいことばかりが起こってると思う?
 

運というのは、後払い
 

何もしていないのに、いいことばかりが起こったりすることはない
 

貯金もしてない人が超高額の腕時計を買える?
 

ポイントを貯めていない人が、何かタダでもらえると思う?
 

誰もそんなこと思わないし、期待もしない
 

でも運となると、貯めていない人ほど過度な期待を持つ
 

ポイントカードを使えるのは、ポイントが貯まっているから
 

ポイントカードをもらった瞬間に、ポイントを使って、後からポイントを貯めるなんてことはない
 

運も同じ
 

多くの人は、「運がいい」と言う時、その前のことをまったく無視して、突然いいことが起こることのように期待している
 

運は、良いか悪いかで表現するのではなく、貯めるか使うで表現するもの
 

だから、先に貯めるがあって、ある程度貯まったら使うことが出来る
 

少し貯めてすぐ使う人もいれば、大きく貯めてから大きく使う人もいる
 

それは人によって違う
 

ついてるように見える人も、その前に貯めていた運を使っているだけ
 

貯まった運を使う時に、周りから”ついてる人”って見えているだけ
 

頑張っても報われない時というのは、運が貯まっている状態
 

努力をしてすぐ結果が出たり、何かいいことが起こったりする人は、貯めた運を小出しに使っているだけで、他の人より取り立てて運がいいわけではない
 

同じだけ努力しても結果が出なかった人は、その分の運を貯めたことになり、あとでもっといいことが起こる
 

だからその貯めた運を、使うきっかけを知っておかないといけない
 

上機嫌が運を引き寄せる 


そうしないと運はただただ通り過ぎていくばかりで、奇跡を起こす種すら手に入らない
 

そのきっかけを生む方法とういのが、「上機嫌でいる」ということ
 

道を歩いていて機嫌悪そうな人に話しかけたりする?
 

カフェで機嫌悪そうな人に話しかけたりする?
 

道を尋ねる時も、写真を撮ってもらうのも、機嫌が良さそうな人に頼むはず
 

仕事だって同じ
 

好んで機嫌悪そうな人に頼んだりはしない
 

いつでもどんな時でも上機嫌でいるというのは、少し無理があるかもしれない
 

だけど、基本姿勢が不機嫌というのは、色んなチャンスを逃すことになる
 

確かに人それぞれ、仕事のことや、勉強のこと、家族のこと、友達のこと、色々大変なことがある
 

でもそれも全て自分の基本姿勢が不機嫌だったことから生まれた結果でしかない
 

その大本を正さない限り、運の転機が訪れたところで、人生は変わらない
 

でも世の中の多くの人は、自分では気づいていないが、不機嫌な人が多い
 

それでいて、幸せになれないと悩んでいる
 

そしてそういう人はいつも同じことを言う
 

不幸なことばかり起こるのに上機嫌でいれるわけないと
 

でもそれは間違い
 

基本姿勢が不機嫌な人に、毎日の人生で起こる幸せの種を見つけることなんて出来ない
 

シンプルにそれだけ
 

ではどうやったら、上機嫌でいられるのか?
 

それは、損得からは離れ、人や色んなことに興味を持つ
 

楽しい事や嬉しい事を期待するのではなく、興味を持って起こることを楽しむ
 

運が好転するということは、別の表現をすると、人生のターニングポイントとも言う
 

そのことを起点に人生がどんどん良くなっていくのであって、そこで何かすごいことが起こるわけではない
 

あとから考えれば「あそこが始まりだったな」と気づく
 

だから何もおこらないわけではないが、何か特別なことが起こったように感じられないことも多い
 

人生には幸せの種が沢山落ちている
 

不機嫌でいたらその幸せの種を手に入れられないまま日々を過ごす
 

でも上機嫌でいたら、その幸せの種を沢山手に入れることが出来る
 

報われない努力はない


一花は種から、野菜を育てた事ってあるかな?
 

たとえば、何かの野菜の種を蒔いたとすると、そこから収穫できるのはいつ頃になるかわかる?
 

野菜の種類にもよるけど、それぞれ収穫できるのはしばらく後
 

これは、人が蒔く幸せの種も一緒
 

でも多くの人は仕事の成果とか、努力の成果ということになると、今すぐ結果が出るものと勘違いしている
 

その勘違いから、なかなか結果が出ないと言って苦しんでいる
 

人によっては、自分は運が悪いとか思い始める
 

頑張っているのに報われないって言う人は、種を蒔いてそれを育てているんだけど、ちゃんとした収穫時期の前に「まだ育たない」と言って嘆いている人
 

もっと長い目で見たら、報われない努力なんてない
 

あまりにも短い期間の努力で結果が出ることを期待しすぎているだけ
 

ここまでを少しまとめると、運が好転するターニングポイントというのは、あとから考えれば「あそこが始まりだったな」と気づくことが多い
 

そして努力や幸せの種は、蒔いてからちゃんど育って収穫までには少し時間がかかる
 

ここまでは大丈夫かな
 

では、運はどうやったら貯めることができるのか?
 

方法は二つある
 

一つはこれまで言ってきたとおり、上機嫌でいること
 

上機嫌でいることは、運を良くするきっかけにもなるし、決して大きく運を貯めることはできないかもしれないが、少しづつコツコツと運を貯めることが出来る
 

ちりも積もれば山となる
 

少しづつかもしれないけど、不機嫌で生きていることに比べると、どうあがいていもひっくりかえせないほどの差になる
 

そして、もう一つは
 

誰かの幸せのために、自分の時間を使う
 

誰かの幸せのために自分の時間を使うと、それによって何かを得る
 

その時してあげたことと、してもらったことの差が「運」
 

例えば、一花がお休みの日にママの家事のお手伝いをしたとしよう
 

これは、ママのために自分の時間を使っていることになるね
 

その後、ママが手伝ってくれたご褒美として、好きな文房具を買っていいよと言われたらどう?
 

まあ、妥当だよね
 

そうすると、運は使ってもいないし、貯まってもいないということ
 

でも、ご褒美にと言って、最新のI phoneを買ってくれたらどうかな?
 

少しもらいすぎだよね
 

この時は、運を使ったことになる
 

だから、ご褒美が何もなかった時は?
 

そう運が貯まったということなる
 

つまり、誰かの幸せのために相当すごいことをやってあげたのに、何ももらえなければ運が相当貯まったということ
 

そして繰り返しになるけど、その運を使えるきっかけは、上機嫌でいること
 

せっかく運を貯めても、上機嫌でいることを忘れていて、せっかく貯めた運を使えない人が多いのが事実
 

さあこれで、運の正体がわかったかな
 

運は貯めてから使うもの
 

運を貯めて、育てた運と、種から育てた幸せを収穫するには
 

誰かの幸せのために、自分の時間を使うこと
 

そして出来る限り、上機嫌でいること
 

これを理解していれば、一花の人生は素晴らしく
 

幸せの人生をおくることが出来る
 

応援してるからね
 

一花の幸せのために、自分の時間を使ってこの記事を書いて、上機嫌でいるパパより
 

最近、一花は人に何かを与えたことをはあるかな?
 

ということで今回は「与える人が成功する」というテーマで話します
 

与える側になる


自分の人生において欲しいものを手に入れる為には、一番何が必要だと思う?
 

それは、自分の手に入れたいと思うものを与える側になるということ
 

例えば、感動や感謝されることの多い人生を送りたければ、感動させてもらう側、感謝される側ばかりにいては、本当の感動の半分も手に入らない
 

感動させる側、感謝する側になって初めて、真の感動や感謝を十二分に味わうことができる
 

このことは、感動や感謝に限った話ではない
 

例えば、勇気を手に入れたければ、それをくれる人や物を探し求める側ではなく、人に勇気を与える側に
 

何かを身につけたければ、それを教わる側ではなく、教える側に
 

人から認められたいのなら、認められるのを待つ側ではなく、認める側に
 

そして、人から愛されたければ、愛されるのを期待する側ではなく、愛を与える側にならなければ、本当の意味で欲しているものを手に入れることは出来ない
 

多くの人は、それらをどうやって手に入れるかということばかり考えている
 

だけど、本当に手に入れたいものであればあるほど、どうやって人に与えるかを考えなければならない
 

もちろん、与える側になるということは、単に受けとる側でいるよりもはるかに大変な苦労を強いられる
 

しかしながら、そうしてでも、どうしても手に入れたいものならば、与える側になる必要がある
 

その時に味わえる感覚は、単に人から受け取った場合と比べものにならないほど大きな喜びになる
 

その喜びの大きさは、自分の欲しいものを心から人に与えようとしたことがある人のみに与えられる特権
 

感動や感謝されることの多い人生は、間違いなく幸せな人生
 

そういう人生にしたいなら、それを与えてくれるものや、そういう人を待っているような生き方をしても、決して満たされることはない
 

人に感動を与える生き方や、感謝することが多い人こそ、本当に感動的な生き方になり、感謝される人になる
 

誰よりも多くの人に感動を与えた人こそが、誰よりも感動的な生き方をしている
 

誰よりも多くの人に感謝を伝えた人こそが、誰よりも感謝される生き方をしている
 

だから人生を素晴らしいものにするためには、とにかく感謝の言葉を多く口にする毎日を送らなければならない

 

ありがとう


人間は誰一人として、一人で生きてはいけない
 

今日一日を生きていられるのも、幸せな一日であるのも、沢山の人が生きる手助けをしてくれているから
 

その恵みに感謝しなければならない
 

自分と出会うすべての人や出来事に対して、心から思わなければならない
 

「ありがとう」と
 

そして大切なことは、それを伝えなければならないということ
 

そうすれば、毎日が新しい感動の連続になる
 

自らが恵まれているということに気づき、それに対してありがたいと心から感じる心の素直さを持つ
 

ただそれだけで、何気ない出会いさえ、見慣れた景色でさえ、自分の人生においてかけがえのない素晴らしい瞬間に変えることができる

※与える人が成功する
 

成功した人生とは、幸せな人生を送ること
 

幸せな人生とは、人生における限りなく全ての日を幸せで満たすこと
 

全ての日を幸せにするということは、今日を絶対的に幸せにしなければならない
 

その為には今日一日を感謝で埋めること
 

自分の周りにある全ての恵みに対し、出来る限り多くのことに「ありがとう」と言うこと
 

新しい発見、出来事、人の出会い、自然の恵み、今日一日を生きていることに…
 

とにかく全てに対して「ありがとう」と言える生き方をすること
 

これが今日一日、自分だけでなく自分の周りにいる人を幸せにする方法であり、自分を含めた多くの人の人生を、この上なく素晴らしいものにする最も効果的は方法
 

人生の成功者や、幸せな人生を送っている人は、このことを良く知り、誰よりも多くの「ありがとう」を伝えている人だということ
 

もうわかったよね??
 

この世界で最も、全てを幸せにする言葉は
 

ありがとう
 


いつも一花にに与えることばかりを考えているパパより
 

一花は言葉にこだわりを持っている方ですか?
 

ということで今回は「言葉は人生そのもの」というテーマで話します
 

人生において成功を手にするとはどいうことか?
 

それは自分が成功したと認めること
 

どんなに他人から成功していると言われても、自分でそう思えなければ、自分の人生を成功したとは決して言えない
 

それとは逆に、他人が何と言おうとも、自分の人生は成功の人生だと認められる人は、人生における成功を手に入れてることになる
 

幸せも同じ
 

他人から幸せだと思われていても、自分が自分のことを幸せだと思えなければ、幸せではない
 

また他人から不幸だと言われたとしても、自分が幸せだと思っている限り、誰が何と言おうと自分は幸せになる
 

だから自らを幸せだと思い、自分の人生を成功させるために知っておかないといけないことがある
 

それは人生を創っているものは何か?ということ
 

それは、「言葉」
 

人生を創っているのは行動や、選択だと考えている人が多い
 

それは間違いではない
 

だけど、人間はまず「言葉」で考えて、選択し、行動する
 

行動も選択や決断も、結果的に起こるものでしかない
 

「言葉」で選択し、「言葉」で決断し、「言葉」で行動を生む
 

まずは、日頃使っている「言葉」が、人生を創っているということを理解しよう
 

そして言葉はあらゆるものを導く
 

例えば、「お前は裏切り者だ」と言われ続けると、そうでない人も、必ずどこかで裏切るようになる
 

逆に「お前は、ものすごい才能を持っている」と言われ続けて育った子供は、そのとおりの人生を送るもの
 

人の命を奪うものを兵器と呼ぶのであれば、「言葉」は兵器を身体の中に創ることも出来てしまう
 

例えば、どんなに健康な人が、名医と呼ばれる先生に診察されたときに、先生がしばらく考え込んで「これは、相当ひどいな」と一言発するとする
 

それだけで、気分が悪くなったり、頭痛や吐き気を引き起こしたり、ひどい場合には胃に穴が開いたりして、健康でなくなってしまうことがよくある
 

この体調の変化を生んだのは病気ではない
 

「言葉」
 

人は病気によって生きる希望を無くすのではなく、言葉によって生きる希望をなくす
 

逆はもちろん、上手に使えば、生きる気力・勇気を与えることだって出来る
 

多少の病気でも、先生に「大丈夫、すぐ治るから」と言われれば、どんな薬よりも効果がある
 

人間の心は、日頃耳にするすべての言葉の影響を受けて創られている
 

気づかないうちに、取捨選択することなく、全ての言葉を
 

言葉はあらゆるものを導き、人間は言われたとおりの人間になる
 

その人が好む、好まざるにかかわらず、ずっと繰り返される言葉どおりになってしまう
 

それは人間の心は全てを受け入れてしまうから
 

そうやって創られた心で、あらゆる決断をして、どんな行動をするのかを決め、自分の人生を創っている
 

そう考えると自分の周りをどういう言葉で満たすかが、自分の人生を創るうえでとても重要だとわかる
 

そして言葉の種類は大きくは二つ
 

ひとつは音として口から発せられたり、耳から聞いたりすることが出来る言葉
 

もうひとつは外に出てこない、自分の心の中だけで発せられる言葉
 

ということは、人生を通して、圧倒的に一番多く、そして強く影響を受けているのは誰の言葉かがわかる
 

自分自身の「言葉」
 

自分の言葉を一番聞いているのは自分自身
 

そして、誰の言葉よりも自分自身の言葉に強い影響を受けて、人生を創っている
 

実際に口にする言葉も、心の中で考えている言葉も、自分は全て聞いている
 

つまり自分の周囲を満たす言葉の大部分は、自分自身の言葉
 

だから、学びが大事
 

学びによって、「言葉」が変わるから
 

「言葉」によって、人生が変わるから
 

ここまでで、人生が何によって創られているか、十分に理解できたかな?
 

理解が出来ている人は、たとえ手元に何も手に入れていなくても、自らが成功し、幸せであると認め、そういう言葉を心の中で繰り返す
 

結果としてその人は、自分のその言葉を聞いて、強く美しい心が創られ、さらなる成功の人生を創る
 

それでも、今の自分が成功していると、どうしても信じられなかったり、幸せだと感じることが難しかったりする時もある
 

その時は、こう考える
 

成功している人間ならどういう言葉を使うか
 

なりたい自分だったら、どんな言葉を使うかを
 

その言葉によって、うまくいっていない時も、真の成功が引き寄せられる
 

せっかく持って生まれてきた心と口
 

世の中の人や自分の中に良いものばかりを生む言葉を発することも出来れば、悪いものばかりを生む言葉を発して生きることも出来る
 

どうせ言葉を使って生きるなら、人や世の中に、勇気、元気、感動を与えたり、良いものを生み出すために使ったほうが幸せになる
 

もちろん自分の為にも
 

さあ、自分自身にとびっきりの言葉を、毎日聞かせてあげよう
 

一花の幸せを願い、一生懸命に言葉を選んでこの記事を書いているパパより
 

一花は幸せを見つけることが出来ていますか?
 

ということで、今日は「幸せの探し方」というテーマで話します
 

幸せに出来る人を探す


世の中の人は誰もが幸せになりたいと願っている
 

それゆえ、自分を幸せにしてくれることを探して生きている
 

何かいいことないかな、楽しいことないかな、幸せになれることないかなと
 

自分を幸せにしてくれる何かを探して生きている
 

そしてそれは人間なんだから当然
 

ところがそんな便利なものは、そうそう見つけられない
 

だから多くの人がなかなか幸せになれずに、苦しむことになる
 

だけどその一方で、世の中にはごく少数だけど、別のものを探して生きている人達がいる
 

それは世の中の人を幸せにしたいと願っている人達
 

そういう人達は、自分が幸せに出来る人を探して生きている
 

何かいいことをしてあげられないかな、楽しませられる人はいないかな、自分が幸せにしてあげられる人はいないかな
 

そんなことを考えて生きている
 

それがどういう人たちかというと、人生において大きな成功を手に入れた人々のこと
 

人間は社会と共に生きている
 

社会にはルールがあり、社会に生きる者はそのルールを守らなければいけない
 

それに従わない者は、社会から放り出されてしまう
 

それが社会的ルール
 

見えない社会ルールの真実


ここからは、少し例え話をします
 

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あるところにAという社会がある
 

そこには800人の住人がおり、日々の生活を過ごしている
 

そのAの社会に住むためには、社会Aのルールを守らなけれいけない
 

そのルールとは、「自分の幸せのみを切に願うこと」
 

ひたすら自分が楽しく、過ごしやすく生きられるように、自分を幸せにしてくれるものだけを探して生きる
 

それがルール
 

社会Aに生きる人々は、全員このルールに従って生きている
 

住人は、他人への迷惑なんてまったく考えない
 

とにかく自分がやりたいことをやり、他の人が使いやすいようになんて考えない
 

自分が使いやすければそれでいい
 

お金も自分が一番儲かるようにと、とにかく何から何まで自分にとって一番都合のいいものを探そうとして必死
 

そういうふうにして社会Aの800人の住民は皆、自分の幸せのみを考え、それを追求して生きている
 

一方、別のところにBという社会がある
 

社会Bは、200人の住民が住んでいる小さな社会
 


社会Bに住むためのルールは、「他人の幸せを切に願うこと」
 

ひたすら他人が楽しめ、他人が過ごしやすく生きられるように、他人を幸せにすることができることを探して生きる
 

それが社会Bのルール
 

自分が住むならどちらの社会がいい?
 

おそらく社会Bだよね
 

きっと社会Aは、街は汚れていそうだし、人間関係をつくるのも難しそう
 

結果として、生き辛い毎日を送らなければいけなくなりそう
 

一方社会Bは、他の人のために頑張らないといけないけど、街は綺麗だし、友達をつくることも簡単にできそう
 

結果として、平和に生きやすそう
 

幸せになろうと思えば、社会Bに住んだほうが良さそうだよね
 

社会Aに住めば、800人の中で自分のことを幸せにしてくれようとするのは自分一人しかいない
 

社会Bに住めば、自分のことを幸せにしてくれようとする人は、自分も含めて200人もいることになる
 

だから社会Bに住むほうが、絶対幸せになる
 

ここで質問です
 

これだけ考えの違う社会は、一つの社会になれると思う?
 

以外かと思うかもしれないが、答えはYES、一つの社会になれる
 

意見や考え方が違えば敵対するというのが正しいように思うかもしれないけど、
 

これが案外上手くいく
 

それは需要と供給の関係が出来てしまうから
 

社会Aでは、とにかく800人全員が自分の幸せのみを考えて生きている
 

そんな中で自分を幸せにしてくれるものを探すのは本当に大変
 

そこで社会Aの人は、お金を払ってでも自分を楽しませてくれるものを手に入れようと探すが、そういったものは社会Aにはない
 

何しろ他人を喜ばそうという人がいないから
 

だから、社会Aの住民にとって、社会Bの住民は非常に魅力的
 

何しろ自分を幸せにしてくれようとしているから
 

ある人は歌やエンタメで楽しませてくれ、ある人は病気や怪我を治してくれたり、美味しい食事を作ってくれたりする
 

とにかくお金を払えば、自分のことを幸せにしてくれようとする人が揃っているから、我先にとそこに殺到する
 

このことは、逆に社会Bにとっても大きな魅力になる
 

何しろ社会Aは、幸せにして欲しいと願って、自分たちのことを心待ちにしてくれている人がたくさんいるから
 

すると結果としてどうなったかというと
 

社会Aには、200人分の金銀財宝の財産が貯まり
社会Bには、800人分の金銀財宝の財産が貯まる

 

これは人数の配分と逆
 

それでも社会Aの住民は、社会Bの住民のことを重宝し、常に指折り数えて待って過ごし
 

そして社会Bの住民は、常にどうやって社会Aの人を幸せにしようと考えて今日も生きている


以上
 

※与える人が成功する



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他人の幸せを願う社会に生きる


自分たちが住むこの世界には、このようなルールはない
 

しかし、実は見えないだけでこのルールは存在している
 

そして、どちらの住民の生き方をするかを自分で選ぶことができ
 

人間は自然とどちらかを選んで生きている
 

自分を幸せにするものか、他人を幸せにするもののどちらかを
 

この世の中には境界線はないけど、確実に社会Aと社会Bが存在している
 

このことは、社会の全財産のうち、ほんの一部を多くの人で奪い合い、大部分の財産をたった2割の人で仲良く分け合っているということ
 

これは財産に限った話ではなく、幸せという漠然としたものも同じ
 

この世の中は、自分の幸せばかりを願う者にとっては、辛いことが多く思うようにいかず、楽しいことが少ない苦しい世の中になる
 

しかし、他人の幸せばかりを願う者にとってはこれ以上ないほど、楽しいことが多く、そしてチャンスに満ちた素晴らしい世の中である
 

そしてどちらの社会で生きるかを、自分で決めることができる
 

それを決めることによって、同じ考えをもった人が集まり、関わり合いを持って生きていくことによって、固い絆で結ばれ、素晴らしい社会を創っていく
 

どうだったかな?
 

ここまで読んで、どちらの社会のルールで生きるか決まっているよね
 

他人を幸せにする社会の住民になって生きよう
 

但し、一つ気をつけてほしいことがある
 

それは、社会A(自分の幸せのみを考える人々)の人間のほうが、社会B(他人の幸せを考える人々)の人間より何倍も多いということ
 

この先、沢山の社会A(自分の幸せのみを考える人々)の住民に出会います
 

その時に、周りの皆がそうだからと言って、社会Aの人間にならないでください
 

理由はもうわかるよね
 

それだけは注意して、他人を幸せに出来ることを一途に探して、幸せな人生をおくって欲しいと願っています
 

※与える人が成功する
 

一花の幸せばかりをいつも探しているパパより
 

突然だけど、一花は投資というとどんなイメージをもっているかな?
 

そして投資をしたことがあるかな?
 

投資とは「今ある自分の財産を使って、将来大きなものを手に入れる」ものだと、パパは考えています
 

といことで今回は「成功する人生の投資」というテーマでお話します
 

自分の財産とは


世の中の多くの人は投資というと、お金をこれから価値が上がりそうなものに換えて、価値が上がったら売り、利ざやを儲けるというイメージが一番多いかな
 

この考えは決して間違ってはいない
 

ただ、価値が上がるということは、価値が下がることもあるということ
 

価値が下がる確率があるということは、どんなに上がる確率が高くても、それはギャンブルの類とあまり変わらない
 

世の中の人が投資と思っているだけで、それは投資ではなくて、実際に増える確率が少し高いギャンブルでしかない
 

人生の成功者達の多くは、自分の財産が減るかもしれないギャンブルではなく、失敗など決してなく、必ず大きな成功を引き連れてくる投資を知っている
 

その投資は「時間」
 

「時間」という財産を投資するということ

※時間という財産を投資する

※時間という財産を、「頭」を鍛えるために使う

※時間という財産を、「心」を鍛えるために使う
 

多くの人は一攫千金を狙って投資を行う
ところがその投資も、元手がなければ出来ない
 

そこでこう考える
 

もう少しお金があれば、土地を買ったり、株を買ったり、会社をつくったり出来るのに、その資金がないから投資が出来ないと、、、
 

そこで投資の資金をつくるために働きはじめる
 

お金こそ、投資をするための資本であり、財産であると考えて
 

でもこの考えは、先にも言ったようにギャンブルのための資金を作っているだけなので、うまくいかないことが非常に多い
 

この考え方のそもそもの間違いは、財産とは何かという認識を間違えていること
 

財産とは、まとまったお金や土地等のようなことではなく
 

誰しもが平等で、莫大な量を持っていて、どんな価値があるものにも換えることの出来る「時間」こそが本当の財産
 

でも多くの人は、この貴重な財産(時間)を投資に使わず、お金を稼ぐために労働に使っている
 

自分では財産をつくっていると思っているけれども、それは財産をつくっているのではなく、財産(時間)を浪費していることになる
 

では働くことは、投資にはならないのか?という疑問がでる
 

その答えは、なるとも言えるし、ならないとも言える
 

整理すると、多くの人は自らの貴重な財産である時間を使って働き、働くという作業によって、時間をお金に換えている
 

だけど自分の財産(時間)を即お金に換えることを、投資とは呼ばない
 

投資になる働き方


投資とはどういうことだったかな?
 

投資とは、「今ある自分の財産を使って、将来に大きなものを手に入れる」だったよね
 

その場で財産をお金に換えてしまう労働を投資とは呼ばない
 

だけど、その場でお金を手にする為ではなく、お金以外の為に働くのは投資になる
 

例えば、1日8時間働いて、8時間分のお金に換えただけだと、投資にはならない
そのうち、お金以外の為に働いた分が2時間あったとすると、その2時間は投資になる
 

世の中の多くの人は、働くことに関して大きな誤解をしているし、自分たちの子供にも何の疑いもなくそう教えている
 

「しっかり働いて稼ぎなさい」「沢山働いて稼ぎなさい」「稼げる仕事に就きなさい」と、、、
 

何度も言うように、稼ぐことが悪いわけではない
 

財産(時間)を使って働き、すぐに自分の為のお金に換える行為を投資とは言わない
 

働くということは、自分の貴重な財産(時間)を使って、世の中の役に立つ考動をすること
 

その結果、将来の自分に、信頼、人望、人脈、名声、技術、知識、経験等、想像もしないとても大きなものとなって返ってくる
 

これは、働くことだけではなく、勉強や、趣味や、体を鍛えること等も同じ
 

自分の貴重な財産(時間)を、将来手にする大きなものの為に使う
 

これを「投資」という
 

そしてもうわかってると思うけど、この財産(時間)は何をしても、何もしなくても必ず減っていく
 

今も減っていくこの財産(時間)を、将来の大きなものの為に使うか、ただただ減っていくのを見ているか、または浪費につかうのかは、
 

全ては、自分が決めること

※時間という財産を投資する

※時間という財産を、「頭」を鍛えるために使う

※時間という財産を、「心」を鍛えるために使う
 

これからもっと勉強が忙しくなったり、アルバイトをしたり、時間が足りないと感じることが多くなってくると思うから、自分の貴重な財産(時間)の使い方はしっかり覚えておいてほしい
 

一花が将来、幸せな人生を送れるように、今自分の財産(時間)を使ってこの文章を書いているパパより
 

一花は「今」を生きている実感はありますか?
 

最近はマインドフルネスだったり、瞑想等が流行っていて、「今」や「瞬間」というような言葉が良く使われているなと感じます
 

というわけで今回は、「今の生き方」をテーマについて話します
 

過去にも未来にも生きない


みんなもそうかも知れないけど、とりわけ人間は過去に生きがち
 

良い記憶があれば、それを思い出して浸るために今日という日を使い、悪い記憶が思い出されたら、それを後悔したり自らを責めたりするために今日という日を使う
 

人間の過去なんて、それぞれ良いこともあれば、悪いこともある
 

その隅から隅までほじくり返して、悩み忙しい一日を送ってしまっている
 

それでは、今日一日を無駄にしているばかりか、自分の将来すら価値のないものに、変えてしまっている
 

良く知ってのとおり、過去は決して戻ってこない
 

それをあれこれ思い悩んだりしても、これからの人生のプラスになることは何一つとしてない
 

過ぎてしまった昨日とはサヨナラして、今日一日を精一杯に生きよう
 

多くの人生の成功者は、こういう心がけを持っている
 

未来だってまったく同じ
 

ちょっと過去に成功したことや、安定を手に入れてしまったりすると、今度は未来を恐れるようになる
 

ああなったらどうしよう、こうなったらどうしようと、将来のことが不安になって気が気じゃないという状態に、今日という一日を変えてしまっている
 

大切なのは昨日までの人生と、明日からの人生に心を囚われることなく、今日一日に集中して生きるということ
 

ここまでは大丈夫かな
ついてきてね
 

自伝を書くように1日を過ごす


では、今日という一日に集中して生きなければならないことがわかったとしたら、大切なのはその過ごし方
 

今日一日をどう生きるか
 

人間の一生というのは、自らの伝記を書いているようなもの(自伝)
 

ある偉大な人の伝記を読むとする
 

そうするとその物語の中で、どこかでその人の将来が成功するのが当たり前のようなエピソードが必ず出てくる
 

それは貧しい幼少期のエピソードかもしれないし、苦労を重ねた青年期かもしれない
 

とにかくその後の大きな成功を手にする前に嫌でも納得させられてしまう
 

「こういう人が将来大きなことを成し遂げるんだな」とか
 

「こういう人なら、絶対成功する。成功して当然だ」という具合に
 

その時の状況が不運であるとか、貧しいとかは全く関係ない
 

例えばどんなにその時、貧しかろうが、この人は「こうだから成功できたんだな」と納得できるエピソードが必ずある
 

そう必ず
 

逆にそれが無い人が、成功する伝記などは見たことがない
 

こんな生き方をしていると今に失敗するぞ思いながら読まれる者は、必ず失敗の人生を送り、こういう人はきっと成功するよ、と思える人だけが成功する
 

人生は自分の伝記を書いているようなものと伝えたよね
 

そして今日一日を過ごすことによって、自らの伝記にまた新たに1ページを書き加えることになる

※大切な一日を人に期待しないで過ごす
 

書くことが出来るのは、今日一日分だけ
 

ということは、自ずと出来ることは
 

ただ一つ
 

その伝記を読んでいる人が、今日のページを読んでいる時に、
 

「これは成功して当然だ」「この人は、絶対成功する人だ」と確信できるような一日にすること
 

人生という伝記は、過去を書き直すことも出来ないし、未来を先取りして書くことも出来ない
 

そう、今日しか書き足すことが出来ない
 

そして書き足す方法というのも一つしかない
 

それは「行動」

※夢を叶える「行動」
 

伝記というのはエピソードでつくられている

 

どんなときに、どういう行動をとったのか、窮地に追い詰められたとき、何をしたのか、そういう積み重ねで出来ている
 

もし自分の人生の伝記を素晴らしいものとして完成させたいとしているならば、今何を持っているとか、いないとか、状況が有利であるとか不利であるとかは、全く関係ない
 

自分の伝記を読んでいる人間が、この人は将来絶対成功する人間であると確信できるような一日にすればいいだけ
 

そういう一日をすごしてゆけば、人生は成功出来るかどうかということではなく、成功することがわかっている人生に変わる
 

多くの人は、人生において何を手に入れ、どんな成功を手にするかということに必死になるが、自分がどんな人間だと思われているかにほとんど注意を払っていない
 

今何を持っているか、どんな状況にあるかはどうでもいいこと
 

長い人生において、そういうことは刻々と変化する
 

大切なのは、自分が将来成功する人間だと思われるかどうか
 

もし、周りからそう思ってもらえていたら、たとえ今何も持っていなくても、周りがそう予想するように、手に入れたいと思っているすべての成功が向こうからやってくる
 

逆に、どんなに今成功していても、「こういう人間は今に失敗する人間だ」と思われるようなら、それは本当に全てを失う人生になる
 

今、今日一日の過ごしかたについて、わかってくれたかな?
 

大事なので繰り返し
 

この人は将来絶対成功すると思われる一日を、今をすごすこと
 

この人は将来絶対成功すると思われる行動を、言動をすること
 

最後に
 

くれぐれも、もう書いてしまった自伝のページを何度も読み返して後悔したり、まだ書かれていない白紙のページをめくっては不安になったりすることに、この貴重な一日を使わないでね
 

昨日、一花からサプライズで結婚記念日のプレゼントをもらい号泣しました
そんな優しい行動が出来る一花の伝記は、将来絶対成功すると確信したパパより
 

一花の人生の目標は何ですか?
 

もうすでに目標に向かって頑張っていてくれていれば嬉しいけど、たぶんまだ見つけれていない可能性もあるよね
 

というわけで今回は、「正しい人生目標の立て方」というテーマで話します
 

何かになるより、どうなりたいか


よくこんな質問をされることがあるよね?
 

「将来どうなりたいと考えていますか?」
 

そうすると、多くの人の答えはこう
 

「私は〇〇になりたいです。僕は〇〇になりたいです」
 

でもこれは、「何になりたいか」であって、「どうなりたいか」ではない
 

ではもう一度考えてみよう
 

「将来どうなりたいと考えていますか?」
 

そう言われると困るかもしれないね
 

では一緒に考えていこう
 

今はコロナ禍で社会が少し不安定だけど、基本的には今は素晴らしい世の中です
 

どんな家に生まれついても、何にだってなることが許されているし、チャンスも沢山あて、チャレンジも出来る
 

しかし多くの人は、何にでもなれるはずなのに、その権利を上手に使えず、多くのチャンスを逃し、逆に苦しい人生を送っている
 

そういう人たちのほとんどは、何になるかばかりを考え、それになることを目標として生きている

※やらなきゃいけない最低限を超えろ
 

その人達の親も同じ
 

親は、何にでもなれるから、自分の好きなものになっていいよと言う
 

そして何になるかを決めることが目標設定であり、それを実現させるのが親の役割だと勘違いして、子供を育てようとしている
 

その教えどおりに、子供はなるべきものを目標にする
 

医者を目指したり、サッカー選手、Youtuber等、何になったら幸せになれるかを考えて、それを目標とし、そうなることが幸せをつかむ方法だと信じて人生を生きる
 

でも、それでは何かになれたとしても幸せにはなれない
 

大切なのは、何になりたいのかではなく、どんな人間になりたいか
 

何になりたいかを考えたり、目標にすることは悪いことではないんだけど、どんな医者になりたいのか、どんなサッカー選手になりたいのか、どんなYoutuberになりたいかを考えなければ幸せを手にすることは出来ない
 

実は世の中の成功者や人格者の多くは、このことに気づいています
 

何になるかというのはさほど重要なことではなく、どんな人間になるのかということのほうが、はるかに重要なのだということを
 

良くないのは、まず何になるかを決めようとすること

※将来のやりたいことは、お金が稼げるものから選ばない
 

どうなりたいのかを真剣に考えることをせずに、将来の目標がないからといって、その辺りにあるものを引っ張り出してきて、自分の人生にあてはめる
 

それでは、たとえどんな仕事に就こうとも、人生を成功に導くことはできない
 

何になるかではなく、沢山の人から感謝され、慕われ、尊敬される人になるということを、人生の目標にすることのほうがはるかに大きな意味がある
 

そういう人は結果、何をやっても成功するもの
 

そして、どうなりたいかを目標にすることによって、自分が何を鍛え、何をするべきかというビジョンが自然と見えてくるものなんです
 

ここで少しある昔話ををします


あるところに一人の若者がいました。

その若者は昔から人の話を聞くのが大好きで、暇さえあれば人の話を聞いていました。

その若者もその時が一番の幸せだったので、非常に良い表情で人の話を聞いていました。

そんな調子だから、その若者に話を聞いてほしい人が増え始め、とりわけ独り住まいの老人からは、自らの孫のようにとてもかわいがられました。

そうしていると若者は、自分が話を聞いてあげるだけで、心がすっきりしたり、楽になったり、元気になったりする人がいること、また不思議なことに、長年苦しんでいた病を治してしまうことすらもあるということに気づきはじめました。

そこで若者は医者になりました。

それがたちどころに評判になり、若者のところへは人がひっきりなしに集まり、話をきいてもらえて具合が良くなった人から、お礼のお金や品物をもってくる人が絶えなくなりました。

その成功を見ていた者の中から、その若者と同じような成功をおさめたいと思う者が次々に出てきました。

皆、医者になる為に猛勉強をはじめ、その中から医者になれた人も大勢いたが、その若者のように成功できた者はいませんでした。

それだけではなく、彼らが待っていたのは厳しい経営という現実でした。

彼らは皆、医者になりさえすれば幸せが手に入ると思っていたのでした。

彼らがまず考えなければならなかったのは、何になるかではなく、どういう人間になるのかということでした。

もし、彼らが若者と同じように、人の話を聞くのが好きな人になりたいと思い、それを達成していたなら、彼らはきっと人生においてきっと成功していたでしょう…。
 

さあ、人生目標の正しい立て方は理解できたかな??
 

何になるかよりも、どうなりたいか
どういう人間になりたいか

 

このことが、人生の目標設定において、とても大事なこと

※将来のやりたいことは、お金が稼げるものから選ばない
 

将来進路に迷うことがあったら、一度立ち止まってこのことを思い出してください
 

その際は下記の記事も役に立つので参考にしてみて

時間という財産を投資する


一花がどんな人になりたいかを、いつも気にしているパパより

一花の今後の人生を素晴らしいものにする為に、出来るだけ早い時期に気づいておかなければならないことがあります
 

それが「自尊心」
 

最近では「自己肯定感」なんて言葉でよく使われている
 

ということで今回は「自尊心」と「他尊心」というテーマで話します
 

尊い存在を理解する


「自尊心」という言葉の意味を調べて見ると、こう書いています
 

”自尊心とは、自らの価値を認める自己評価であり、自信を優れた存在・価値ある存在・意義ある存在であると位置づける気持ちのことである。”
 

少し堅苦しい表現で、理解しにくいので、少し説明してみます
 

世の中にあるものは、希少であればあるほど価値が高くつけられる
 

世の中にこれひとつしかないと言われるものは、恐ろしいほど珍重され、高い値がつけられる
 

それが希少価値というもの
 

自然的なダイヤモンドや宝石などはもちろん、人間が創り出したものも、希少価値は存在する
 

だから、この世が誕生してからこれまでにも、そしてこれからも、決して同じものがあろうはずのない一人の人間が、どれほど価値のあるものなのかは計り知れない
 

人はお父さんとお母さんとの間で、一度の愛を交わされるたびに何億もの人間が生まれる可能性が等しくあった
 

実際には、その中からは一人も生まれない可能性のほうが高い
 

その中でも、唯一生まれてきてくれたのが「あなた」という存在
 

そう考えると、お父さんとお母さんにとって、「あなた」がいかに尊い存在であるかわかってもらえるかな?
 

そして自分自身でも、自分がかけがえのない唯一無二の存在であるということを自覚して、人生を過ごさないといけない
 

人は、自らをかけがえのない存在であることを、認めてほしい思っているし、自分でも認めたいもの
 

ところが、生まれてから経験する多くの失敗のために、自信を失い、勇気を失くし、自らを価値のない人間であるかのように思いはじめてしまう
 

人が行う行動に失敗などないということは、ずっと伝えているよね

夢を叶える「行動」
 

忘れてはいけなことは
 

たとえどんなことがあっても、「あなた」のかけがえのなさが失われることはない
 

人はそのことを自覚して、いつも自尊心を高く保ち続けて、人生を過ごすことを約束しないといけない
 

そして、自尊心と同様に高く保ち続けてほしいのが、「他尊心」
 

他人を尊敬する意味


「あなた」がこの世におけるかけがえのない存在であると同時に、この世の中にいる全ての人たちも、一人ひとりがかけがえのない、素晴らしい奇跡の存在であることを忘れてはいけない
 

「あなた」の周りにいる全ての他人を、これ以上できないほど尊重し、尊敬する心、それが「他尊心」
 

この「他尊心」という言葉は本より引用しているので、正式な言葉ではないので、使う時には気を付けてください
 

もう少し「他尊心」の説明をします
 

「自尊心」と「他尊心」は常に同じ高さで存在している
 

自分を他人よりも価値のないものとして卑下してはいけない
自分を他人よりも優れているものとして傲慢になってもいけない
 

自尊心を高めるということは、同じ高さまで自分以外のすべての人間に対する他尊心を高めるということを意味している
 

自尊心と他尊心をこれ以上なく高めることによって、「あなた」は多くの人から好かれ、尊重され、友達として大切にされ、「あなた」はよりかけがえなのない存在として認められていくようになっていく
 

この世に生きる人は、誰一人として一人で生きていける人はいない
 

「あなた」の知る人、知らない人、日本人以外の人まで、とにかく沢山の人の力、支えがあってはじめて今日一日を生きることが出来ている
 

「あなた」の周囲には、自然以外の全てのものは、「あなた」以外の人が創り出したもので埋め尽くされているでしょ
 

人の生活はすべて、自分以外の他人が生み出したもので埋め尽くされている

※手に入れたいものは「物々交換」
 

そのおかげで、今日も一日を幸せに生きてゆける
 

ということは、全ての人がかけがえのない存在であり、もっと尊敬され、尊重されるべき存在である
 

そして「あなた」も同じように、世界中の人々にとってかけがえのない存在であることを、どんなことがあっても決して忘れずに人生を過ごしてほしい
 

パパとママにとって、一花は間違いなくかけがえのない存在だからね