小田原北条を討伐し、住み慣れた三河を中心とする本領から、江戸に移されます。

『左遷』とも『関東の抑え』とも言われていますが、当の秀吉にすればどちらでもよいと考えてたのではないでしょうか。

肥後熊本を任せた佐々成政は治世に失敗し、切腹させられますが、同様に家康も北条残党がいる関東の治世に失敗すれば、処罰しようと思っていたでしょう。

一方で当地に成功するならそのまま収めさせようとしたのではないでしょうか。

東海道をいつでも進軍できる家康をその領地から引き剥がし、追いやったのでしょう。

信長次男信雄は、秀吉から家康の旧領を与えられますが、加増はいらないので織田の領地である尾張と伊勢から離れたくないと言い、逆鱗に触れて下野に追放されます。

 
大河ドラマ『どうなる家康』7話は
『瀬名奪還作戦・続』です。
 
桶狭間の戦いで今川義元は大敗し、人質生活を送った今川氏を裏切り、織田信長についた元康。
 
その妻子は今川の重臣関口氏につながるため、殺害されることなく幽閉されます。
 
2代目服部半蔵一族が活躍し、瀬名と竹千代の子供達を救い出します。

服部一族は後に本能寺の変を知り、堺から本国三河に帰るまで、付き従った武将です。
 

 

大河ドラマ『どうする家康』おもしろいです。

 

三法師信長が竹千代と呼ばれた幼き家康を「白うさぎ」

といじりながらも、かわいがります。

 

信長と織田の人質になった竹千代との交流は山岡荘八氏の著作内にあります。

 

今年の大河ドラマはさらにドラマ仕立てになっています。

 

織田信長の妹お市の方と元康と呼ばれた家康が結婚しそうになったりしてます。


史実では、幼き日の信長と家康は会ってないと言われています。

 

実際は信長が屋敷の中で家康を見ているぐらいのことはあったでしょう。

 

家康の軍師本多正信が、登場します。

登場シーンでは他の松平家臣団に

止められます。

 

本多忠勝からは、『同じ本多でも違う本多』と呼ばれます。

その本多正信が服部一族を活用して今川に取り残された家康の妻子を

救う作戦を進言します。

 

第五話では服部一族が集まり、人質となった元康の妻を取り返そうとしますが事前に

露見し、失敗します。

 

まさに『どうなる家康』です。