宇喜多家の出自


宇喜多氏は百済渡来人の末裔、児島高徳の子孫などの説があります。
3代宇喜多能家康は備前の守護代浦上氏に仕えましたが同僚の島村盛実に襲撃されつた、一時期宇喜多氏は没落します。その孫の宇喜多直家な権謀術数で台頭し、主家浦上家を凌ぐほどの勢力になります。

直家は毛利氏の力を借りて浦上氏を滅ぼすと同時に備前、美作と備中の一部を有する大名になります。

直家の死後を継いだ宇喜多秀家は豊臣秀吉に可愛がられ、後に五大老のに抜擢されます。

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短編集の『宇喜多の捨て嫁』がおもしろいです。『梟雄』と呼ばれた宇喜多直家(秀家の父)の娘於葉の心情が描かれています。


為朝は源義朝(頼朝の父)の弟にあたります。

義朝には十人の男兄弟がいます。


兄弟の中で歴史に名前を残したのは長男義朝、八男為朝、十男行家でしょう。

ちなみに、行家が登場するのは平家の専横が進み、『平家にあらずは人にあらず』と言われていたとき。
後白河天皇の第2皇子、以仁王が、平家打倒の兵を挙げます。
全国に潜伏する源氏に、以仁王の手紙を届け、平家打倒の兵を挙げるように説得して回ったのが、この行家です。

八男為朝は、坂東武者の中で、『剛の者』と呼ばれます。背丈が二メートルをこえ、弓をとってはかなうものがいなかったと言われています。

為朝は、『保元の乱』の時には、父為義とともに崇徳上皇につき、夜に敵陣に奇襲することを勧めますが内大臣藤原頼長に、「夜討ちとは卑怯者のすること」と意見を退けられました。


後白河天皇方についた兄義朝が逆に夜討ちという先方を取り、天皇方を勝利に導きます。

敗戦後に捕まった為朝は伊豆に流されます。

しばらくおとなしくしていましたが、のちに朝廷に反抗した為、軍隊を送られて自害して果てたと言われます。


伝説があります。


実は為朝は生き残っていて、沖縄に渡り、琉球王国の国王になったという話があります。




今日の阪神タイガースはヤクルトスワローズに大勝しています。

ルーキー中野選手が大活躍でした。


背番号は、『51』と、チームは違えど左の巧打者イチロー選手を彷彿とさせます。

ショートのスタメンで、タイムリーも打ち、盗塁もしてます。


レギュラーショートの木浪選手のライバルですね。大山選手も3打点を上げました。


このまま、阪神タイガースには快進撃を続けてほしいです。



今の校舎では学生講師が増えてきました。

昨年は5人、今年は7人と教え子が学生講師になりました。

生徒の見送りや保護者対応なども頑張っています。わたしは新卒で入った会社はサービス業でしたのでその経験を活かしてビジネスマナーから指導しています。

学生講師の中には将来、学校の先生になりたい人もいます。
授業のやり方など研修しています。

人間的成長なくして技術的成長なし

財を遺すは下、仕事を残すは中、人を遺すを上とする。


と敬愛する野村克也氏が言っていましたが、わたしも『再生工場』頑張ります。