阪神タイガースと広島カープの試合を見ています。
ルーキーでドラフト2位の伊藤投手が先発で投げています。今日は雨で中止のようです。

2021年今年は、広島カープは1番に菊池が入っています。2番を打つことが多かったですが、今年は1番でチームを引っぱっています。

阪神タイガースは20勝一番乗りをしています。
打撃陣もよいですし、今年の阪神タイガースは優勝を狙ってほしいです。

この冊子では足利尊氏の子孫が語られています。

足利家27代当主浩平氏は、足利尊氏の4男基氏を祖先とします。

戦時期に、足利尊氏は北朝を立てましたが、明治維新後は後醍醐天皇が開いた南朝を正統とする説が主流になりましたので、足利=悪役に祀り上げられます。

豊臣秀吉による小田原征伐


小田原征伐時に、豊臣秀吉は足利家(=鎌倉公方)が衰退するのを嘆き、保護します。喜連川氏と称して、安土桃山時代、江戸時代を生き延びた足利氏。

喜連川氏は豊臣秀吉の客分として扱われ、江戸時代でも同様でした。10万石の大名でしたが特権がありました。

江戸時代の喜連川氏



喜連川氏に参勤交代はなく、諸役軍役はなし。荒川などの堤防工事の負担もありませんでした。

江戸城での扱いは、御三家と同様の扱いでした。清和源氏嫡流の毛並みの良さが幸いしました。

幕末に、水戸徳川斉昭の11男縄氏が養子に入ります。同時に喜連川氏から足利に改姓します。


澤田瞳子さんと今村さんの対談です。

平安京は山を一つ超えれば、琵琶湖があります。南を向けば巨椋池があり、宇治川、木津川があります。交通の要衝でした。

平安京』は奈良の平城京と地理的に近いものがあります。九州からの一定の距離がありますので海外の軍隊から都に攻め込まれる可能性も低いことも。

平安京遷都した桓武天皇が亡くなった後には、『薬子の変』が起きます。

平城京都へ戻ることを主張した平成天皇が負けてしまいます。平成京に戻ることを主張した側が負けます。

平安京に長く続くと愛着もでます。 

経済的理由から、遷都がしにくくなった経緯もあります。平清盛の遷都に従わない公家もいました。

源平合戦の頃から、都の中で合戦をせず、洛中で行うようになります。

応仁の乱の時もしだいに山城国でやるようになったと言われています。

今の校舎に復帰してからは生徒が増えてきました。昨年生徒数が、大幅に減ったので再度立て直しです。


学生講師が授業後の生徒の見送りやポスティングがんばっています。4月に生徒が増えてきましたし、近畿ブロックの幹部やエリアマネージャーからは褒めて頂きました。