正式には『設楽原の戦い』です。

織田・徳川連合軍が用意した3千の鉄砲により、『馬防柵』により、無敵の騎馬隊は突撃するは塞がれます。

狙い撃ちにあいますが、実際は鉄砲の音に驚いた馬が混乱し、陣形が崩れたのです。

音と黒煙で前が見えなかったのが実情でした。

司令官自らが、前線に出る必要がありました。
武田の重臣クラスの指揮官の多くが馬防柵付近で討ち死にしているのはこのためです。

織田徳川連合軍から、6千の脱落者が出ます。