武田勝頼は、父信玄の遺言『信勝成人までの後見人』、『風林火山』の旗は使用できないなど、制約の多い中で、『9年持ちこたえ』ました。

代表権のない副社長が社長不在で会社を仕切るようなものです。大変な苦労を抱えたと思います。

これだけでも、充分優秀ではないでしょうか。

意外に思われるかもしれませんが、武田家の領国は勝頼の時代が一番広かったのです。

土地が広い=動員につながります。
駿河の上野を捨てて甲斐と信濃に立てこもれば、勝機があると言ってますが領土を狭めて勝算などないでしょう。

外交、交渉がうまければ、少しは変わったかもしれません。

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『強すぎる大将。勝頼』
(2014年月日記事)