徳川家康の旧姓である『松平姓』の初代は親氏です。親氏は湯行僧であったと言われていまし、氏素性ははっかりしませんし、女性好きで、放浪癖がありました。

親氏は松平家に婿養子の形で入ります。

後に、松平の家督は弟の泰親が跡を継ぎますが、3代目信光は親氏の次男です。

3代目信光は室町幕府政所別当の伊勢貞親に臣従して力をつけていきます。息子親忠の氏名は、貞親から『親』の偏名でしょう。

松平家は三河に土着していき、7代目当主清康、8代目広忠が若くして亡くなるものの、家中の結束は強く、後年の徳川家康を誕生させます🌱

松平からの徳川への改姓は新田一族の分家につながるように系図を改編させたとも言われています。

江戸幕府は、『松平姓』を譜代の重臣や外様に与えていきます。

松平姓を与えられた有名な大名は、加賀の前田家3代目利常です。因みに兄利長は秀吉から、『羽柴姓を与えられました🍀

利長が早くに隠居したのは徳川の時代になったので豊臣家に近い自分では幕府から警戒されるので弟に家督を譲ったと言われています。

薩摩の島津家にも松平姓を与えられますが、「徳川姓ならいざ知れず、松平などどこの馬の骨かわからない姓は不要。」と言ったと言われます💠

島津家の初代は源頼朝の庶子とも言われ、プライドも高かったのでしょう薩摩藩が鎌倉にある墓を守ったとも言われています。

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『松平姓を断った。島津。その②』
(2020年7月30日記事)

【この記事は2020年5月30日、7月11日、7月30日、9月16日にアクセスがあり、加筆修正をしています。】