「ファッションデザイナーになる!」と決め

専門学校へ行かせて欲しいと両親にお願いした。

 

 

即刻「今、お前を学校に行かせてあげるお金はない!」

その一言で眼の前の夢が煙のように消えそうになった。

 

 

ジュンヌが行きたい学校はデザイナーとして卒業するまでに3年、

場合によっては4年かかる。

 

私立の大学並みの授業料のうえ、

洋服を創る教材費もかかる。

その上、地方の者にとっては住居費も必要だ。

 

 

両親にしてみれば

家を建てたばかりで、そんなお金はないということが理由だった。

 

 

どう考えても無理なのはわかるが、

でもファッションデザイナーになると決めてしまったのだから、

なるしかないと思っていた。

 

 

 

いろいろ思考を巡らせた結果、

学校へ行くことが目的ではないということに気がついた。

 

ファッションデザイナーになる方法は他にもあるかもしれない・・・?

 

 

そして閃いた。

「そうだ!デザイナーのところに手紙をだそう!」

「お針子さんからでもなれるかも!」

 

 

早速、何人かのデザイナーに手紙を書いたところ、

一人のデザイナーから返事が来て

面接をしてくれる事になり東京まで出かけていった。

 

 

ところが、お針子さんといえども経験のない子を雇うはずもなく

「家に帰って花嫁修業をしたほうがいいよ!」

と体よく断られた。

夢は消えてしまいそうなくらい薄くなった。

 

 

しかし、

他に選択肢のないジュンヌは諦めきれず

絶対に何か方法はある筈と

またもや考えた続けた結果

 

「そうだ!働いてお金を貯めよう!」

またしても閃いた。

 

 

そして、

両親にお金を貯めるために2年間だけ働くことを伝えた。

ただし、条件付きの就職のため

両親との交渉が必要だった。

 

 

なぜならお金を貯めることが目的なので、

働いたお金はすべて貯金をしたい。

そのため、仕事をしている間の生活費は出してもらうことをお願いした。

 

 

さすがにその願いだけは承諾してくれたので、

地元の東京三洋電機の一員になった。

 

 

大きな会社だったこともあり、美術クラブが存在していたので

仕事をしながらも絵を描く楽しみは持ち続けることができた。

 

 

 

2年が過ぎ、会社を辞めた時、

貯金額は入学金の3分の1にも満たなかった。

 

 

両親は、やはり、無理だといった。

「2年も頑張ったのに!」泣きそうになった。

今度こそ風前の灯火となった夢・・・

 

 

ジュンヌはファッションデザイナー以外の選択肢もなく、

全てやり尽くし万策が尽きた様に思えた。

 

 

 

そんなとき

東京からおばさんがやってきた。

 

おばさんは、私の思いを知ると

両親の説得にかかってくれた。

 

 

おばさんが帰った後、

両親は二人で話し合ったようだ。

 

母は和裁の仕事を増やし

夜なべしてでも行かせるしかないと決心してくれた。

 

そして、両親から

「学校に行かせてあげる」と言われた。

 

夢が手元に戻ってきた瞬間だった。

 

 

涙がでるほど嬉しかった。

2年越しのジュンヌの思いは実を結ぼうとしていた。