高校生の時、

ファッションデザイナーを辞めた後は、

パリに住むと決め、何も考えることもなく、

オートマティックのようにパリに居を構えた31歳の春。

 

 

 

その後もファッションデザイナーの仕事をすることは

予定外であったが、

そのお蔭で、パリと東京のデュアルライフという現実を引き寄せた。

 

 

東京にいる間、

部屋を空けておくのはもったいないという考えから、

又貸し(本来は許可されていない)をすることになり、

デュアルライフを続けられた。

 

 

なぜ20年もの間続けることになったのか、

そこには何の意図もなかった。

 

 

仕事は東京にあり、

だんだんとパリの滞在が少なくなり、

最後の頃には5ヶ月東京、1ヶ月パリ、

つまり5ヶ月、1ヶ月、5ヶ月、1ヶ月になっていた。

 

5ヶ月は人に貸していたことになる。

ありがたいことに、毎回借り手がいてくれたことで、

デュアルライフは続くことになった。

 

 

 

 

 

父から

「何のために毎年パリに行っているのか?」と問われた。

私にもわからなかった。

 

 

「パリが好きだから!」

としか答えられなかった。

 

 

ジュンヌにとっての1ヶ月間のパリ生活は、

現実を離れてのリフレッシュ期間であり、

好奇心のまま生きられる期間でもあった。

 

 

しかし、いつそれに終止符を打つのか決められないまま、

惰性的になっていたことも否めなかった。

 

 

自分で終止符を打てないジュンヌに変わって、

終止符を打ってくれる出来事が起きた。

 

 

 

不動産屋さんを通して連絡が入った。

 

「大家さんが部屋を売りに出したいと言っている」

「あなたが一番長く住んでいるので、

あなたに買う権利がある。」

「買う意志はあるか聞きたい」

ということだった。

 

 

ジュンヌがお部屋を借りた時、

大家さんは60代だったが、

20年経って80代になっていた。

 

不動産を処分したいと思ったのだろう・・・

 

 

ずいぶん長くお世話になったものだと感慨深かった。

 

 

もちろん8桁の不動産を買うお金はないが、

住み慣れた住居を手放すことで、

自分では決められなかった終止符を打つことになった。

 

ステージ変化のときだったのかもしれない。

 

 

部屋の中のものを売ったり、

友だちにあげたりして

撤収準備に入った。

 

 

不動産屋さんが公証人を連れて部屋のチェックにやってきた。

敷金が全額銀行に振り込まれることになった。

 

 

当分はパリに来ることもないだろうと思うと

故郷を去るような寂しさを感じた・・・

 

 

20年間支えてくれた友達やパリに

心から「ありがとう♥」とつぶやいて

部屋を後にした。

 

 

 

♥バックナンバーはこちらから♥

 

3章:パリ&東京デュアルライフ

第3章-1 終わりは、まりの一歩【第2の夢・パリ留学】

第3章-2【引き寄せで手に入れたアパート生活】

第3章-3 パリ&東京デュアルライフ【プチ大家の始まり】

第3章-4 ストーカー「恐怖の3ヶ月」

3章-5 オペラ座の舞台裏【好奇心が招いた現実創造!】

3章-6 異国で知った両親との絆♥

3章-7 パリコレの舞台裏・デザイナーが投げかけた一言【なぜそんなに働くの?!】

第3章-8 パリのおまわりさんとマルセイユへ【TGVでの衝撃体験】

3章-9 37歳の秋【癌宣告!】なぜ私が・・・!?

3章-10 パリ⇒トルコツアー【集合はイスタンブール!?】