庭の大きなぐみの老木に背を持たれかけ、

近くで遊んでいる近所の子たちを目で追いながらも

答えの出ない宇宙に思いを馳せていた。

 

  

この日も

思いは自分の生まれてきたことに対する疑問だった。

 

 

「なぜ自分は地球に生まれてきたのだろうか?」

「宇宙にはいっぱいの星があるのに、

なぜ地球でなければならなかったのか?」

 

「もし、自分が地球に生まれていなかったら・・・?」

「地球は存在していないのでは?」

「私が生まれたから地球は存在するのかもしれない」

 

 

今思えばかなり自己中心的な自問自答をしていたのだが、

小学生のジュンヌにとってはとてつもなく大きな疑問だった。

 

 

それは、自分が存在する意味に対する最初の疑問であり

生涯を通して持ち続けている好奇心の始まりでもあった。

 

 

そんなジュンヌの好奇心は、太古の昔や無限の宇宙に遊び、

今を生きていなかったのかもしれない。

 

 

近所の子供たちと遊ぶことより

自分の中の自分と遊び、

絵を描いたり、

一人の世界にいるほうが好きな小学生だった。

 

好きだと思っていた・・・

 

 

 

常に無力感に襲われ、

いつこの世からいなくなっても構わない。

 

 

ただ「死ぬのは怖い!」

けど、このまま消えて無くなれるのだったら

いつ消えても構わないと冷めた思いがあった。

 

 

無邪気に遊ぶ子供達を冷めた目で見ている

大人びた小学生のジュンヌがいた。

 

 

  

雨の日が好きだった。

 

本当に好きだったのだろうか・・・?

 

 

心の何処かで

家の中にいる理由と

外で遊ばなくていいという許可を

自分に出したかったのではないだろうか?

 

 

その奥には、

皆のように遊びたいと言う気持ちがあるのに

それができない自分を認めたくない・・・

 

そんな気持ちの隠れ蓑だったのかもしれない。