新潟県見附市の田舎から -37ページ目

新潟県見附市の田舎から

定期的に更新することのたいへんさを感じます。

昨年は開始時間まで日差しが強くたいへんだったけれど、今年は曇り。

雨も降らず花火見物日和。


今年の初日は、東北震災で亡くなられた方々への黙とうをし、いきなりフェニックスが打ち上げられました。


新潟県見附市の田舎から

当然カメラのアングルには収まりません。


新潟県見附市の田舎から

次から次と矢継ぎ早に上がります。


新潟県見附市の田舎から

でっかいバスドラムのような発射音が体中に響きます。


クライマックスは近い。


新潟県見附市の田舎から

圧巻。


新潟県見附市の田舎から

フエニックスが長岡の空を舞いました。


二日目も イガンバナラネーローネー。


早朝から会場の清掃を近隣の中学生や住民の方々、ありがとうございます。


ごくろうさまです。



7年前の7.13新潟・福島水害の後の刈谷田川改修工事の結果、

今回の新潟・福島水害の被害から救われた者のひとりです。


川底、川幅の拡幅、堤防の補強やかさ上げなどの成果なのでしょうが、

流域の田畑に濁流を引水して刈谷田川の流量をコントロールする遊水地の効果も大きかったのではと素人ながら感じました。


新潟県見附市の田舎から


今回の私たちの地区の増水は、刈谷田川の水位上昇が直接の原因ではありませんでしたが、

支流の石地川などによるものでした。


刈谷田川からの流入を遮断するため支流の排水水門を閉めた。結果支流の水があふれだしたのです。


下の写真中央左にグレーの水位をしめすゲージの頭が見えます。

表示帯を遥かに超えてしまいました。


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川上の水位があがり、川下に流れ出し地盤の低い田畑に流れ込みました。

今回は左手の畑と右手の田んぼとの落差がなくなるところまでで終わりました。


様々な改修工事や治水計画の成果なのでしょうが、田畑の貯水効果を実感しました。


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水が引いたあとも泥は乾かず、なぎ倒された稲や畑の野菜が泥をかぶっている光景を見ると

家庭菜園をやっている一人としてはなんともやるせない気持ちになります。

そして思わず「ありがとう」の言葉が浮かびました。


新潟県見附市の田舎から

乾かない泥の中を歩いて野菜に水をかけている人も居られるようです。

頑張ってください。

6時前に起きて家から歩いて刈谷田川の水位を見に行って驚いた。

4時頃はもっと上がっていたことを後で聞いた。


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29日。これでも驚いたのですが。


新潟県見附市の田舎から
 

更に1m近く上がっており音を立てていた。


家に戻ったら、西隣の家の前に水が溜まっていた。

そしてその水が20分後には濁流になった。


なんどもテレビで見た東北の津波に比べればまだ大したことはないと思っていたが、

徐々に水かさが上がって行く、そんな光景が目の前で起きているので恐怖感が頭の中をよぎった。


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このあとには音を立てて流れ込む。流れる方は実は川下にあたります。


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確実に道路、家の前の駐車スペースを呑み込み迫ってきました。


一時は1階のモノを2階に移そうかと考えました。


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しかし、この位置まで達すると落ち着きました。


水の中に沈没した県道を歩き刈谷田川の堤防上から様子を何度も見に往復しました。

雨が止んでから、10時半過ぎからこころなし水位が低下してきました。


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改修工事の結果、一定の水位以上に達すると堤防わきの水田に水を取り入れるようにしています。

遊水地と言われていますがそこに溜った水が刈谷田川に流出し始めたのです。


家に戻る頃にはあれだけ氾濫していた水の流れはおさまっていました。


見附の実家では何度か水害を経験していましたが、改修工事後の水の動きは予想外でした。


そして前回の7.13水害では我が家を含め集落の半分以上が床上浸水しましたが、今回は床下浸水で済みました。


堤防のかさ上げや川幅の拡張などの成果だと感じました。


危なかった。良かったー。




その後のニュースで見附市杉沢町に住む若者が犠牲者となったと聞いて驚いた。


聞けば、五十嵐川の堤防が氾濫し車ごと流されたらしい。詳しい事情は知らないが、杉沢の住人で三条市内に行くのなら見附市内に出ないで赤坂峠を通り、旧下田町をぬけて行くでしょう。


私も郡山市内へ単身赴任中はそのルートの一部を利用していました。


まだ若いのに・・・。亡くなられた方のご冥福をお祈りしたいと思います。