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レオヤナギさん!どちらへ?

ニュース、サッカー、音楽、etc..。自分自身のメモ帳がわりに書いて行くつもりです。転記の際、自分自身が内容を理解する為また記憶する為に、下線や色分けを独断でしております。


田中良紹氏の「ニッポン維新」より



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2013年1月14日(月曜日)

ニッポン維新(175)「09年政権交代を総括するー3」

アメリカは泥沼化したベトナム戦争を終わらせるために共産主義の中国と手を結びました。密使として秘密外交を行ったアメリカのキッシンジャー大統領補佐官は、中国の周恩来首相に対し、日米安保条約は日本の暴発を防ぐ「ビンのふたである」と説明し、アメリカが日本の領土に基地を置き自由に使う事は、日本を「封じ込める」戦略だと言ったのです。


またアメリカは金本位制からの離脱を表明し、1ドル360円の固定相場制を終わらせました。輸出主導型の経済成長を続けてきた日本経済はそれからの円高によって大打撃を受けます。そしてアメリカ国内では「反共主義からの脱却」が唱えられるようになりました。共産主義との戦いを正義と信じて戦場に赴いた米軍兵士が見たのは民衆の支持を失った「反共親米」政権の姿でした。「反共イデオロギー」に疑問が生まれます。アメリカは「反共」ではなく「民主主義」を旗印に掲げるようになりました。

それが「反共親米」を掲げたフィリッピンのマルコス政権や韓国のチョン・ドゥファン政権をアメリカが追い落とす事につながります。長期単独政権の自民党も安泰とは言えない状況が生まれました。

特に80年代に日米貿易摩擦が激しくなり、85年に日本が世界最大の債権国にアメリカが世界最大の債務国に転落すると、アメリカの日本批判は激しくなります。その頃、アメリカ議会は二度に渡って調査団を日本に派遣し、日本の政治制度を研究し始めます。政権交代のない政治構造がなぜ続いているのか、それがアメリカに好ましい事なのかを検証し始めたのです。


さらに91年の湾岸戦争日本を見る目決定的になりました。湾岸戦争はその後のイラク戦争と違いアメリカの戦争ではありません。国連が武力行使を認めた国際社会対イラクの戦争です。当時の小沢一郎自民党幹事長は自衛隊派遣を主張しましたが党内から反対に遭い、代わりに日本は1兆円を超す巨額の資金を提供する事になりました。しかもその決定に国会は関与せず国民的な議論もありませんでした。

アメリカは日本の姿勢を侮蔑の言葉を発します。「資源のない日本にとって経済の生命線は中東の石油である。その中東で戦争が起ころうとしている時に国会も開かず、国民的議論も行わず、ひたすらアメリカに資金提供を申し入れてきた日本は大国になりえない。所詮はアメリカの属国である」と。


冷戦期に「反共の防波堤」としてアメリカの庇護下にあった日本が、高度経済成長を成し遂げると、アメリカは日本経済をソ連の軍事力に代わる「脅威」として「仮想敵国」扱いするようになりましたが、「仮想敵国」どころか「属国」にすぎない事が分かると、具体的な行動に乗り出しまします。

クリントン大統領が「大蔵省、通産省、東大」を「日本の三悪」と名指しで批判し、経済成長の司令塔であった官僚機構の弱体化を図ると共に、「年次改革要望書」を日本政府に突き付け、日本に国家改造強制するようになったのです。(続く)






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田中良紹氏の「ニッポン維新」より




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2013年1月14日(月曜日)

ニッポン維新(174)「09年政権交代を総括するー2」

日本に戦後初めての政権交代をもたらした第一の要因は米ソ冷戦構造の終結です。米ソが対立した時代に対峙した自民党と社会党の間では、政権交代が国際的な枠組みを超える事になり、戦後日本を占領支配したアメリカが認める筈はありませんでした。しかし冷戦が終わるとアメリカの姿勢変わります。

私は冷戦が終わる直前の1990年から2001年の同時多発テロまで、アメリカ議会で繰り広げられた日本に関する議論を日本に紹介する仕事をしてきました。そこではアメリカを脅かすほど経済成長を成し遂げた日本を様々な角度から分析し、如何にコントロールしていくかが議論されていました。09年の政権交代とその挫折にはアメリカの存在が大きく影響しているのです。


戦後GHQ(連合国軍総司令部)に占領支配された日本が独立したのは1952年です。米ソ冷戦構造の中でアメリカは日本を欧州の西ドイツと並ぶアジアの「反共の防波堤」と位置付け、日本は日米安保体制を軸に西側の一員として歩み始めました。

占領当初のGHQは日本に軍事力を復活させない事を目的に、徹底した「民主化=アメリカ化」を図ろうとしました。公用語に英語を使わせ、工業力を廃して農業国に作り替え、日本を東南アジア諸国と同レベルの経済力に抑えようと考えました。

ところが冷戦の始まりでそうした考えは一変します。朝鮮戦争の勃発により、日本はアメリカ軍の出撃と補給基地としての役割を担うことになり、工業化が急務となりました。工業化のためには安価な労働力を農村から吸収する必要があります。日本を農業国にするアメリカの考えは農業を自立させずに労働力の供給地にする方針に変わりました。

それは農業大国アメリカの利害とも合致します。学校給食などで日本人の食生活をパン食に変え、日本をアメリカの農産品の輸出先にする政策が採られました。自民党の農業政策の基本は、公共事業によって農村に金をばらまく事でした。自立できない農家は公共事業の予算に頼るようになり、予算の権限を持つ自民党が農村に強固な選挙地盤を築く事になりました。

鉄道、道路、港湾施設、ダム、空港などが地方に作られていきました。敗戦から復興する過程で社会資本を整備する公共事業は必要な政策課題でした。しかし回り始めた歯車は次第に限度を超えていきます。必要のない鉄道、道路、ダム、空港などが作られ、赤字路線が国鉄や航空会社の経営を圧迫し、日本の財政を歪めていきます。

政権交代があればその歯車を修正する事も可能です。しかし冷戦時代の日本には政権交代の仕組みありませんでした。自民党に対抗する野党として二大政党の一角を占めた社会党は、1958年の総選挙で過半数を超える候補者を擁立し政権獲得を狙いましたが、獲得議席数が3分の1を超えた程度に終わると、それ以後の選挙に過半数を超える候補者を擁立しなくなりました。社会党は政権交代を狙わない野党になったのです。

代わりに3分の1を超える議席数を確保して憲法改正を阻むことが社会党の目的になります。こうして与野党が政権交代を巡って対立するのではなく、憲法改正を巡って対立するという独特の政治体制が生まれ、日本には半永久的に政権交代が起こりえないかに思われました。

それはアメリカに好都合な構造でした。自民党に憲法改正を促して再軍備させ、アメリカの安全保障戦略に従属する道を選ぶよう要求した時期もありますが、アメリカには日本の自立を警戒する心理もあります。憲法改正が日本の自立を促す事になれば望ましい事ではないのです。アメリカが作った憲法を守らせることもアメリカの利益なのです。


こうして冷戦期は自民党長期単独政権の時代となりました。それが変わるのは、アメリカが建国以来初めて戦争に敗れたベトナム戦争からです。万年与党と万年野党の政治構造がアメリカにとって好ましいものではなくなりました。(続く)





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田中良紹氏の「国会探検」より




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2013年1月23日

             「オバマの挑戦」

 オバマ大統領の2期目の就任演説に、アメリカの「伝統的価値観」に対する挑戦を感じた。議会との「ねじれ」でオバマ政権の2期目は厳しい政権運営が予想されるが、しかしオバマは共和党とは異なる「価値観」を打ち出す事で政権の総仕上げを考えているようだ。

 1期目のオバマ政権に立ちふさがったのは草の根保守の「ティーパーティ運動」だった。彼らは、リーマン・ショックで経営不振に陥った自動車産業や金融機関を救済し、国民皆保険制度を導入したオバマを「社会主義者」と非難し、財政赤字が将来世代の負担を増やすとして「小さな政府」を要求した。

 また「建国の父の思想に立ち戻るべきだ」と主張し、キリスト教の信仰に基く「伝統的価値観」を重視する中絶禁止や同性婚の反対を強く訴え、不法移民にも厳しい姿勢を見せた。この「ティーパーティ運動」が3年前の中間選挙で民主党を惨敗させ、オバマ政権は「ねじれ」に苦しむ事になった。

 昨年の大統領選挙でもオバマは獲得選挙人数では大勝したが、総得票数では僅差であった。共和党との接戦を制したのは移民、女性、同性愛者などの支持を獲得したためで、いわば「伝統的価値観」に対する「新しいアメリカ」を取り込む選挙戦術が功を奏したと言える。

 この選挙結果を意識したかのように、オバマは草の根保守が必ず言及する「建国の父の思想」から演説を始めた。そしてそれを「伝統的価値観」とは逆の方向に利用した。「アメリカの独立宣言はすべての人間に自由と平等の権利を与えている。それを現実にするために我々は終わりのない旅を続けている」と語り始めた。

 そして「建国の精神への忠誠は、新しい事に挑戦する事である」と言い、共和党の政策とは異なる考えを次々に打ち出したのである。いわく、「米国民は今日の世界の要求に単独では応えられない」単独行動主義を否定し、「米国の繁栄は台頭する中間層の肩にかかっている」格差社会を否定し、「高齢者や貧困層に対する社会保障制度の仕組みは我々を強くする」福祉社会を肯定し、さらには産業界から反発される地球温暖化問題についても「将来世代を裏切らないために対応していく」決意を示した。

 外交・安全保障問題では、「海外の危機に対処する能力を刷新していく」としながらも「絶え間なく戦争をする必要はない」「他の国々との紛争を平和的に解決するよう試みる勇気を示そう」戦争路線からの転換を表明した。

 そのうえでオバマは演説の最後に再び「終わりのない旅路」の課題に言及する。それは女性、人種、同性愛など様々な差別撤廃運動を継続し、銃規制社会を作る事への決意表明であった。それこそがアメリカ建国の理想を現実にしていく行動なのだとオバマは訴えた。

 18分と短いが、国論を二分する問題あえて挑戦する演説で、共和党を支持するキリスト教保守派の「伝統的価値観」に真っ向から挑戦した。これに保守派がどう反応し、共和党が議会でどのような対応を見せるかはまだ不明だが、演説を聞くとアメリカの「価値観」を転換させる事が政権の仕上げだとオバマは考えているようだ。

 レーガン政権が種を播いたアメリカの保守主義はブッシュ政権時代に完成されたと言われる。ブッシュ政権は国連を軽視する単独行動主義でイラク戦争を強行したが、その時代に国民レベルでも「伝統的価値観」を信奉する「ティーパーティ運動」が生まれた。

 その草の根運動が中間選挙でオバマの民主党を惨敗させ、共和党支配の下院を誕生させた。ところが共和党が議会を握ると、草の根運動の批判が共和党の議会運営にも向かい始める。穏健派が極端な保守化に反発する事を共和党が怖れたからである。共和党は穏健派と草の根との融合を模索し、草の根では「真の保守とは何か」の論争が始まる。保守派の分裂が始まった。

 昨年末の大統領選挙でのオバマの勝利は保守派の分裂に助けられたとも言える。その状況を突いて「伝統的価値観」に代わるアメリカの「価値観」をオバマは2期目の就任演説で提示したのではないか。そこには自らの政権の後、民主党政権を引き続き継続させる狙いがあるようにも見える。

 その狙いが成功すれば初の黒人大統領オバマのレガシーは完成するが、国内的には根強い反発が出てくることも予想され、「ねじれ」議会への対応や、混とんとする国際情勢への対応と共に、今後のアメリカ政治の展開は要注意である。




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