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レオヤナギさん!どちらへ?

ニュース、サッカー、音楽、etc..。自分自身のメモ帳がわりに書いて行くつもりです。転記の際、自分自身が内容を理解する為また記憶する為に、下線や色分けを独断でしております。


武田邦彦(中部大学)氏のブログより



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平成25年2月1日

緊急論述:「原子力発電の安全基準とは?専門家の見解 その4」

  「comment04tdyno.66-(7:06).mp3」をダウンロード

最後の決定的に重要な問題は、事故で多くの人が低線量被曝をするが、この領域の被曝と健康への影響がわかっていないということである。そのもとで原発を稼働するというのはどういうことか、もう一度、考えなければならない。

これについて私は「日本の法令で定められた1年1ミリシーベルトという限度を守れ」と言ってきているが、アメリカの雑誌やICRP(外国のNPO)を根拠に「日本の子どもたちにもっと被曝させて良い」という意見が絶えない.

なぜ、日本の子どもたちを白人の雑誌や任意団体の判断にゆだねて、日本の法令すら無視しようとするのか、到底考えられることでは無い. 現実に事故による被爆が起きたら、法令よりアメリカの雑誌記事を優先するのではダメなことは言うまでも無い.

その点では「日本の子どもたちの健康を、日本の法令によらず外国の意見に従え」と言う日経新聞、温暖化報道を続けるNHKなどは不買運動を展開しなければならないだろう。ある程度の誤解やミスは仕方が無いが、これほど組織的で長期間、法令を破る行為を続ける「準公的組織」を認めるのは、アウトローを容認するのとほぼ同じである。

「インテリ・アウトロー」とも言える。どのぐらいの被曝でどのぐらいの健康被害がでるかは「学問的に不明」な状態にある。医師が一人一人の患者に照射した場合、かなりの線量まで大丈夫そうだということと、集団が低線量を被曝したときに障害が出るかどうかは別の科学的事象である。

すでに肺のレントゲンを使った児童の集団検診が、白血病を増大させたとされていて、レントゲン検診は選択するようになっている。またウクライナ、ベラルーシの人口が、事故後に、死亡率の増大と出生率の低下で見られることも明らかである。

せっかく原子力安全委員会を廃止して規制委員会を作ったのに、ここに示したように、全く従来の手法やいい加減な論理のもとで原発再開が議論され、基準が作られているのは日本の将来にとって最悪の状態である.

ところで、このシリーズでお話をしたことは専門的なので、本来は「日本のために専門家が」議論しなければならないが、日本の専門家は崩れてしまっている。たとえば、今回の規制委員会でも政府の人選で委員が決まり、検討する委員も「体制派」ばかりである。

そこには「学術的」、「レベルの高い」議論はすべて排斥され、自由で学究的な雰囲気はまったくない。それは日本の「科学の力が弱い」ことによる。私は専門家の一人として何とかこのような状態を教育の改革と技術者の良心に訴えて改善していきたいと思うけれど、再開問題は間に合わない。

相変わらずほぼ「密室」で「推進派」だけで決定し、それを「パブリック・コメント」を求めて、形式を整え、どんな非科学的なことでも強引に通してしまい、事故が起こったら、隠蔽するというプロセスが続いている。

活断層の議論などはまさに「素人だまし」のものであり、このような枝葉末端のことに目を奪われていたら、原発はまた事故を起こすだろう。断固、日本のためにも、子どものためにも、経済のためにも、誠実な社会のためにも一人一人が立ち上がらなければならない。





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武田邦彦(中部大学)氏のブログより



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平成25年2月1日

体罰考(11)「先生も苦しみ、子どもも辛い」

  「kodomogawaruitdyno.67-(12:14).mp3」をダウンロード

(今回は学校の平均的授業や活動の場面を取り上げています。スポーツ部は次の機会に考えます。)

広島・尾道の先生が自殺し、「どんなときでも先生が悪い」ということで先生を自殺に追い込んだ生徒はなんのおとがめもありませんでした。そこで先生の奥さんがたまりかねて裁判に訴え、生徒が自殺の原因になったということで「業務上の死」になりました。

それほど子どもの状態は悪いのです。家庭で礼儀を一つも教えられず、それを先生がすべてを受け止めるのは無理です。尾道の場合、悪いのは家庭なのです。

大阪の体罰による子どもの自殺が起こると、先生の自殺とは全く違う反応を社会はします。「悪いのは先生、子どもはよい子」という建前だけで事実を見ないようにしています。


滋賀県大津の子どもによる子どものイジメと自殺も「学校が悪い」という事ですが、子どもがいじめたのですから、子どもが悪いに決まっていますし、次に悪いのは家庭です。


23才の先生が実験に失敗した子どもに塩酸を飲ませました。明らかに行き過ぎですが、この先生は23才ですから、子どもとあまり変わりません。


私は「子どもが悪い」とも言いたくないのですが、事実は事実として受け止めないと解決にならないと思います。

私も教室に行くことだけがイヤだった時もありました。また、あのうるさい、講義を聴かない学生に真剣に教育をしなければならないのは辛いのです。人が一所懸命話していても、メール、ゲーム、私語、ジュースですから、先生が冷静でいろというのは無理なのです。


多くの人は家庭の教育が不十分で、学校で暴れるたり、いじめたり、勉強しない子ども(おそらく1割ぐらい)がいることを知っているでしょう。そしてその原因が「優しく育てる」家庭にあることも知っているはずです。でも自らの非を認めたくないので、学校にその責任をかぶせるのはフェアーではありません。

子どもの人権教育をもっとも強調したルソーは「子どもを甘やかすことが、子どもの人権をもっとも傷つける」と言っています。


この問題が解決しないのは、コメンテーターから責任者に至るまで、「自分がよい子」になるために、「知っている事を知らないことにし、先生に責任を負わせる」と言うことが続いているからです。

学校で授業を聞かず、友達をイジメ、先生が少しでも力で制止しようとすると「訴えてやる」という子どもの存在は誰もがわかっているのです。まずは「当たり前のこと・・・礼儀も誠意もない子どもは学校に出してはいけない」ということを決める必要があります。

それからが改革です。スポーツ部の事件はこのような「まともではない学校」という土壌の上にできたものです。




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田中良紹氏の「ニッポン維新」より



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2013年1月18日(金曜日)

ニッポン維新(176)「09年政権交代を総括するー4」

日本の国家改造を促す「年次改革要望書」には前史があります。貿易摩擦が激しさを増したレーガン政権時代、1984年に設立された「日米円ドル委員会」がその先駆けです。対日貿易赤字の原因を円安ドル高のせいだと考えたアメリカは円の国際化と金融市場の開放を強く求め、その成果を監視するため「日米円ドル委員会」を作りました。

翌85年に日本が世界一の債権国に、アメリカが世界一の債務国に転落すると、「プラザ合意」によってアメリカは人為的に円高ドル安誘導を行います。さらに黒字国の日本と西ドイツに対して内需拡大と協調利下げを要求してきました。要求を受け入れた日本には資産バブルが起こり、バブルが弾けた後には「失われた時代」が訪れました。一方、西ドイツはアメリカに抵抗して利下げに応じませんでした。そして近隣諸国との関係改善に力を入れ、冷戦が終わって東西ドイツが統一されると、欧州連合(EU)というアメリカに対抗しうる経済圏の創設にこぎつけます。冷戦時代に日本と同様「反共の防波堤」であった西ドイツは、冷戦後はそれにふさわしい国家体制を構築しました。

しかし日本は冷戦後も以前のままの体制を引きずります。アメリカは朝鮮半島の分断が終わっていない事を理由に、「アジアの冷戦は終わっていない」として、アジアに10万人規模の兵力を配備し、日米安保体制は以前よりも強化されました。

経済面では「日米構造協議」が始まります。アメリカは円ドル問題を監視するだけでなく、日本の商習慣を「非関税障壁」と位置付け、日本特有の制度の撤廃を要求してきたのです。「日米構造協議」を主導したのは「日米円ドル委員会」と同じくアメリカ財務省で、自分たちと異なるルールで経済成長した日本に対し、自分たちと同じルールを強制して日本経済に勝とうとしました

その考えが民主党のクリントン政権で「年次改革要望書」に形を変えました。それによって日本改造計画は範囲を広げ、経済分野だけでなく、司法制度や医療制度、さらには情報通信の分野まで広範囲に及ぶようになります。冷戦に勝利した事で自らの生き方に自信を持ったアメリカは、それを普遍的な「正義」と考え、世界に波及させる事を考えました。それがアメリカの言うグローバリズムです。

「年次改革要望書」はクリントン政権からブッシュ(子)政権に引き継がれ、一方の日本にもアメリカの要求を積極的に取り入れ、アメリカ型の競争社会を創ろうとする政権が現れました。01年に誕生した小泉政権は自民党内の少数派であった事から政権運営にはアメリカの後ろ盾が必要でした。小泉総理は「構造改革」の名の下に、アメリカの要求を全面的に受け入れます。

しかしアメリカは世界一の格差大国です。競争によって「勝ち組」と「負け組」に分かれ、1%の金持ちが99%の富を握ると言われる国です。しかも「福祉は悪」と教えられ、「自立」を強要されます。「一億総中流」を謳歌し、「福祉国家」を目指してきた日本とは対照的国家です。アメリカ型競争社会に作り替えるため規制緩和が始まると国民からは悲鳴が上がりました。(続く)




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