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レオヤナギさん!どちらへ?

ニュース、サッカー、音楽、etc..。自分自身のメモ帳がわりに書いて行くつもりです。転記の際、自分自身が内容を理解する為また記憶する為に、下線や色分けを独断でしております。


真剣に考えなければならないのは、桜宮高校での体罰や、親が子供を殴り殺すほどの体罰や、柔道や相撲の体罰ではない。これらは考えるまでも無く、犯罪である。

家庭で躾けられていない子供(幼児、児童、少年、青年)たちを、どのように教育するか、社会に送り出すかである。

親及び社会は子供を放置し、学校での子供の不始末は教師の責任にする。しかも勉強もさせろと言う。

今、学校がアメリカ式を取り入れたら、親や社会はどのような反応になるのか、興味はあるが...。

文科省と教育委員会は「百害あって一利なし」。消滅させよう。



武田邦彦(中部大学)氏のブログより



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平成25年2月3日

体罰考(12)「赤ちゃんになぜおしめが必要か?」

  「taibatsuosimetdyno.68-(11:19).mp3」をダウンロード

テレビを見ていたら「教育に体罰はゼッタイにダメ!」と叫んでいる女性がいました。私は小さい声で「ウソつくな!」と叫びました。先日のブログに書いたように「お母さんが、言っても言っても聞かない子どもの手のひらをピシッとうつ」ことをその女性は「仕方が無い」と言うでしょう。ご自分でもその経験があるかも知れません。

座禅で「ビシッ」と肩を叩くのも同じです。「教育上の体罰」ですが、それは「ルール化」されています。なぜ座禅の時に体罰がルール化されているかというと、「体罰は必要だ」という合意があるからルールができます。ところが学校では教育をするのに体罰が認められていないので、ルール化できずに、行きすぎが生まれます。

それでは、家庭や座禅での教育は体罰が許されるけれど、学校では許されないということになると、学校での教育はもっぱら読み書きそろばんであって、イジメやそんなことが起こっても「知らない」ということになります。

学校やクラブ活動が「子どもの全人格的教育の一環」である以上、家庭や座禅などに体罰が必要なら学校教育にも同様に体罰が必要ということになります。もし家庭で礼儀や誠実さを十分に教育できるなら、学校は体罰はダメと言うことになります。

親ができないことを先生に求めるのは無理で、もし学校でイジメなどを無くす責任があるなら、体罰を認めて「体罰のルール」を作ることができます。

私の感じでは、現在の日本社会の常識や日本文化から言って、「教師が口で言っても子どもが聞かなければ、携帯電話で警備員を呼ぶ」とか、「学生が実験でこぼした薬品をそのままにしたら、掃除のおばさんに来てもらって薬品を拭く」ということは賛成が得られません。

まだ日本文化はそれほどドライでは無く、またそれが日本の良いところと思います。

つまり、教育は先生が行うというのは日本文化の一つであり、それなりに愛情も育ちますし、素晴らしいことです。そしてスポーツでも、「お金のためにスポーツをする」という外国なら、体罰もいりませんが、柔道、剣道の伝統からいえば、スポーツはお金では無く道を究めるのですから、やはり何らかの体罰が必要かも知れません。すべて外国流が正しいのでしょうか?


たとえば、次のようなルールはどうでしょうか?

 1) 子ども同士がいじめたり、暴力を振るったりしていたら、「力」でその子どもを学校の外につまみ出す(学校は暴力を振るったり、いじめたりするところではないから)、

 2) 学校の中で未成年がタバコを吸っていたら、先生は力で取り上げ(私の経験では注意しても10人に2人は聞かない)、外につまみ出す、

 3) 授業中に携帯、雑談、ゲームなどをしている子どもはつまみ出す、

 4) つまみ出しが3回続いたら、保護者に連絡して引き取りに来てもらう、

 5) チームプレーのスポーツで、キチンとした態度で練習をしなければ、つまみ出す、クラブ活動では3回、つまみ出した時点で「レッドカード」となり、退部にする、



このような方法が良いように思いますが、疑問もあります。「つまみだし方式」は日本流に言えば「教育の放棄」になり、教師としては抵抗があります。日本は単一民族ですから、他の国のように「ダメな奴はどこかに行け」という文化は無いのです。教師が苦しむのは「何とかしてあげたい」と思うからです。

私も日本人の教師なので、一応はつまみ出しても、やはり教育を放棄する気にはならず、かならずその学生を立派にしたいと思います。それが日本の教育でした。これは病気の治療もそうで、日本はお金持ちも貧乏人もほぼ等しく治療を受けられるシステムですが、アメリカは貧乏なら治療は受けられないという制度です。

最近のテレビのコメントを聞いていると、まるで「アメリカは素晴らしい」と言っているように思いますが、世界で学校が成功しているといえば日本です。日本で失敗しているのは学校の教育では無く、家庭と社会の教育なのです。

だから、「日本の教育の良いところを残す」ということを前提として、「体罰」というのを「必要だ」としないとルールを決められないので、前進しません。一度、体罰を正面から考えた方が良いと思うのです。

そして、現在の学校では修身を教えることはできませんから、礼儀、目上の人への尊敬、誠意、ウソをつかないなどは家庭の教育とする必要もあります。この際、日本社会で「ウソをつかずに真面目に教育の体罰を考える」ことをしてはどうでしょうか?

赤ちゃんにおしめはなぜ必要なのでしょうか? もともとウンコはトイレでするものですが、それを口で言っても理解できないか、できないからです。これと同じように18才になるまでの子どもは「言ってもできないこと」があることを認めることが大切です。その時に、どのようにするか「おしめを着けさせるのか」、「高校生のおしめとは何か」を考えなければならないと私は思います。





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田中良紹氏の「国会探検」より



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2013年2月 4日

      「権力者は担いでくれた恩人を切る」

 政治を見ているとつくづく権力とは非情なものだと思う。党内基盤の弱い権力者が長期政権を目指すためには、自分を権力者に担ぎ上げた恩人を必ず切り捨てる。それが出来ない権力者は短命に終わる。

 戦後の日本で長期政権を実現したのは、吉田茂、佐藤栄作、中曽根康弘、小泉純一郎の4氏だが、吉田、佐藤が強い党内基盤を持っていたのに対し、中曽根、小泉の二人は弱小派閥にもかかわらず権力者となり、しかも長期政権をものにした。二人に共通するのは自らを権力者に担ぎあげた「恩人」を切り捨てた事である。

 自民党傍流で少数派閥の中曽根氏が総理に就任したのは何よりも自民党最大派閥を有する田中角栄氏の支援を得たからである。ロッキード事件で無罪を勝ち取ろうとしていた田中氏は、この事件で大きな「貸し」のある中曽根氏を総理に据え、その政治力を利用して復権を果たそうとした。

 「田中曽根内閣」と言われたように、中曽根総理は田中氏の操り人形となり、人事も政策も田中氏の言う通りにした。しかし中曽根総理はただの操り人形ではなかった。総理就任以来、田中氏の力を削ぎ自らが自立する道を虎視眈々と狙っていた。そのための一つが戦後の日本をコントロールする「横からの力」アメリカに取り入る事であり、もう一つは田中派を分断する事であった。

 前任の鈴木善幸政権が「平和主義」を唱え、アメリカとの間で摩擦を起こしていた事を奇禍として、中曽根氏は「日米は運命共同体」、「日本列島を不沈空母化する」などの発言でレーガン大統領の歓心を買った。かつて「民族自立」を訴え、日米安保体制を批判した政治家とは思えぬほど中曽根氏は「日米同盟強化」にまい進した。

 そして中曽根氏は、田中派の中でも中曽根嫌いで有名な金丸信氏に総理就任直後から接近を図る。銀座の料亭で土下座をし「あなたを必ず幹事長にする」と約束して、田中氏に対する秘かな造反を促した。3年後に金丸氏は竹下登氏の背中を押して「創政会」を結成、田中派が分裂含みになる中で田中角栄氏は病に倒れ政治生命を失った。

 こうして中曽根氏は自らを総理の座に就けてくれた田中角栄氏を切り捨てた。田中支配から脱した中曽根氏は5年に及ぶ長期政権を実現する。しかし金丸氏は中曽根総理のために「田中切り」に協力した訳ではない。金丸氏は田中支配を終わらせ、日本政治の「世代交代」と、政権交代可能な「政治制度」の構築を目指した。

 従って田中なき後の金丸氏の矛先は中曽根総理に向かう。さらなる長期政権を目指した中曽根総理だったが竹下氏に禅譲せざるを得なくなった。こうして竹下政権は誕生する。金丸氏はいわば「生みの親」である。すると長期政権を目指した竹下氏はその「生みの親」を切り捨てるのである。

 竹下総理の就任直後、金丸氏が激怒する事件が起きた。金丸系列の県会議員が汚職事件で摘発されたが、摘発を知っていたはずの竹下総理が自分に連絡してこなかったと言うのである。それからすぐに金丸氏は突然「政治家は一代限り。世襲は認めない」と発言する。誰かが地元で「金丸引退。息子に世襲」の噂を流したと言う。

 噂の元を金丸氏は竹下総理と見ていた。総理の座に就くと「生みの親」は煙たい存在になるらしいと金丸氏は言った。二人は子供同士が結婚しているので姻戚関係にある。表面では連携しているように見せながら、見えないところで政治の戦争が始まった。それが最大派閥「経世会」の分裂につながる。

 そうした流れを見てきた私は、「自民党をぶっ壊す!」と叫んだ小泉純一郎氏が総理に就任した時、「生みの親」をどうするのかと思った。自民党内で小泉氏は弱小勢力であり、国民的人気の半分は応援を買って出た田中真紀子氏の力である。その真紀子氏は「変人総理の生みの親は私だ」と発言していた。小泉総理が長期政権を目指すなら必ず真紀子氏を切るはずである。

 そう思っていると、「外務省改革」に熱心になった田中真紀子外務大臣は、外務官僚や鈴木宗男議員と戦争を起こす。その挙句に喧嘩両成敗で退任させられた。すると鉄は熱いうちに打てと言わんばかりに秘書給与疑惑が発覚し、真紀子氏はさらに議員辞職に追い込まれた。それらは一貫した権力行為に私には見え、小泉長期政権の可能性を感じさせた。

 小泉政権の後を受けた安倍晋三総理に私は「権力者になりきれない総理」の姿を見た。盟友の麻生太郎氏を幹事長に起用しようとして派閥のオーナーである森喜朗氏に相談に行き、拒否されて中川秀直氏を押し付けられたからである。しかもその話が表に出た事に私は驚いた。この一件で安倍氏には権力者の片鱗もない事が分かった。案の定、最後は無様な退陣劇を演じる事になった。

 第二次安倍政権は報道だけ見れば順風満帆である。円安、株高に報道の焦点が当たっている事と、参議院選挙までは何が何でもぼろを出さずに行こうとする自民党一丸の総力体制があるためである。しかし私にはまだ安倍総理が長期政権を担える権力者には見えない。

 安倍総理は自民党総裁選挙で自民党員に嫌われた石原伸晃氏と国会議員に嫌われた石破茂氏の消去法によって選出された。連立を組む公明党との間にも隙間がある。いわば吉田・佐藤型ではなく中曽根・小泉型である。長期政権を実現しようとすれば「生みの親」を切るだけの非情さが必要となる。

 第二次安倍政権の「生みの親」を自認しているのは麻生太郎副総理で、現在は緊密ぶりをアピールしている。しかしその緊密さが長く続く保証はない。民主党政権との違いを見せつけるパフォーマンスで安倍政権はここまで乗り切ってきたが、前政権の記憶が薄れてくると、「ロケットスタート」のために受け入れた八方美人的な政策の付けが回ってくる。

 その時に「生みの親」と総理との間に確執が生じるというのが私の見てきた権力者の世界である。総理が「短命でも良い」と言えば問題はないが、自分の政策にこだわればそうはならない。第一次安倍政権での安倍・麻生関係には「脱小泉」という共通目標があって緊密さを維持した。しかし今や党内に敵は見えない。まして野党不在と思えば権力はそのように動き始める。そして「権力者になりきれない総理」であればそれが薄氷を踏むことにつながるのである。





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「兵頭に訊こう」より



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投稿日:2013年2月3日

     「野党の状況と小沢一郎の隘路」

日本の貿易赤字が過去最大に増えた。マスメディアがあまり問題にしないので、見落としている人が多い。

『日経新聞』の1月24日付けが次のように報じている。


「財務省が24日発表した2012年の貿易統計(速報、通関ベース)によると、輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支は6兆9273億円の赤字だった。貿易赤字は2年連続で、赤字額は1980年(2兆6129億円)を上回り、比較可能な79年以降で最大だった」

「特に対中国は3兆5213億円の赤字で、01年(3兆2629億円)を上回り過去最大だった」

(引用終わり)

中国向け輸出が減った原因は、経済的なものではなく、政治的人為的なものである。石原慎太郎野田佳彦が、尖閣問題で外交上の大失敗をしたために起きたものである。

石原慎太郎は、「シナ(中国)になめられ、アメリカの妾(めかけ)で甘んじてきたこの日本」というような発言を繰り返し、ナショナリズムを煽ってきた。その結果が3兆5千億円の貿易赤字である。

まさに尖閣から始まった慎太郎不況だといっていい。安倍と慎太郎が組んだら日本は終わるといって過言ではない。

わたしは本メルマガで、またツイッターで、「尖閣棚上げ論」が東洋の知恵であり、正しいこと、そしてこの解決策こそが、現時点で国益に適い、経済的にも軍事的にも優れた解決策であると繰り返し述べてきた。

しかし「記者クラブ」メディアは、石原慎太郎、野田佳彦の側に立って、盛んにナショナリズム煽ってきた。

その結果3兆5213億円赤字である。

これをもたらした原因ははっきりしているのに、「記者クラブ」メディアは何も、そして誰も批判しない。いや、批判出来ないのである。自分たちも煽動の片棒を担いだからだ。

あわてた安倍晋三は、公明党の山口代表の訪中に親書を託した。婉曲に事態の沈静化に努めだしたのである。

鳩山由紀夫が訪中して同じ方向で、尖閣諸島が「係争地」である旨を語り、沈静化を図ったとき、自民党の小野寺防衛相は、鳩山を「国賊」とまで罵倒した。それに「記者クラブ」メディアも自民党と歩調を合わせるかのようにして鳩山を叩いた。しかし、山口に対しては実に温和しい。

もし「国賊」という言葉を使うのであれば、石原慎太郎、野田佳彦こそ「国賊」と呼ぶのにふさわしい。日本が尖閣問題で失ったもの(得たもの)は、少なくとも次の4点である。

1 日本の尖閣実効支配の、中国による認定。

2 尖閣の領有権を、武力で解決を図らない、という中国の約束。

3 将来の世代に解決を託した棚上げ論。

4 3兆5213億円の対中貿易赤字

こういった無責任な政治家、メディアが存在する限り、日本はけっしてよくはならないように思われる。


ところで日本の政治状況は、この国の支配層が、精神を病んでいる、狂人より成っている、そう思って間違いないようだ。

2012年4月から健康保険の保険料が11.52%へ増税された。

6月からは、15歳以下の扶養控除が廃止された。

10月から厚生年金保険料の保険料率16.766%へ増税された。

2013年1月から納税額に2.1%上乗せする復興特別所得税は、預貯金の利子や株式の利益、配当金にも2.1%増税された。

これでも飽き足らず安倍は、生活扶助費を総額で740億円(約7.3%)減額する。この下げ幅は過去最大のものだ。

これで最大月2万円減切り下げられる。これに伴い、最低賃金も下げる。

加えて2014年4月から消費税が8%に、15年10月から10%に引き上げられる。

狂っているとしか思えないのは、逆に安倍が物価上昇率の目標を年率2%に設定したことだ。

安倍には、爪に火をともすような、切り詰めた生活をしている国民の姿が見えないのだ。

つまり自分の恵まれた生活感覚で国民を見ているのである。

安倍晋三と国民とは生活のレベルが違う。

安倍晋三にとって5万、10万は、はした金だろうが、その金で食っている人が大勢いるのである。

菅、野田、安倍の政治を見てくると、「国民は死ね。この国では裕福層だけ幸せになる」といっているのと同じだ。


さて、1月29日、生活の党の新代表になった小沢一郎が、鈴木幹事長らとともに、各党に挨拶回りをした。

民主党を訪れた小沢に、海江田が「共闘関係をよろしくお願いしたい」と述べた。

続いて、安倍政権への攻勢を強めるために、国会対応などでの連携を呼びかけた。

これに対し、小沢は「よろしくどうぞ」と応じた。

海江田は、おととし8月の民主党代表選で、当時、党内最大勢力の小沢の支持を受けている。

民主党の代表選は、昨年の8月29日に終わり、野田佳彦が代表に選出された。この選挙の立候補者は、すべて菅内閣にあって、共同正犯の責めを負う者たちで、国民騙しの寸劇だった。

第1回投票で、小沢が支持した海江田が獲得票で第1位になるも、過半数を獲得することが出来なかったので、決選投票になった。

決選投票では、野田は前原の票に加え、鹿野の票も取り込んだ。つまり民主党は反小沢で新総理の野田佳彦を選んだのである。

その結果、野田が215票で、海江田は177票となり、逆転の結果になったものである。

このため民主党内で、あの選挙での小沢と海江田の連携が復活するのではないか、との見方がある。

これは確かに民主党にとっていいことだろう。

ただし生活の党にとっては果たしてプラスになるかどうか。

かほどさように民主党への、国民の不信と怒りは根強い。

わたしがいいたいのは、それほど国民の怒りを買っている政党に接近し、連携して、国民の同じ怒りを買わないか、ということだ。




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加えて、電気代の値上げ、原発再稼動、原発推進 etc...、狂ってるとしか言いようが無い。