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レオヤナギさん!どちらへ?

ニュース、サッカー、音楽、etc..。自分自身のメモ帳がわりに書いて行くつもりです。転記の際、自分自身が内容を理解する為また記憶する為に、下線や色分けを独断でしております。


武田邦彦(中部大学)氏のブログより



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平成25年6月16日

       反日日本人・発生の経路と原因(3)
           明治天皇の嘆き


   「hannitiromeijitennoutdyno.253-(10:44).mp3」をダウンロード


鎮海湾に軍港を作られると日本は植民地になることが決まるので、日本は戦争を決意します(玄関先でドアを叩く強盗と決死の覚悟で戦う決意をした状態)。当時の日本の主要な人の言葉は・・・

明治天皇:「朕は開戦を望まぬ。が、もはやいかんともしがたい。もし敗北した場合、どのようにして祖先に詫び、国民に説明したら良いのか」(苦悩と絶望の中)

伊藤博文:「もし陸軍、海軍が全滅し、ロシアが九州、山陰に上陸してくることになれば、この伊藤、生命、財産、地位、名誉、すべてなげうって一兵卒として鉄砲を担いで戦う覚悟である。」

井上馨(元老):「万が一、高橋是清(日銀副総裁)の外債募集がうまくいかなかったら・・・おおお・・おお・・・」(言葉がでない・・日本滅亡が頭をよぎった)

こんな中、アメリカに仲介を依頼しに行く金子堅太郎、外債発行の高橋是清は決死の覚悟で渡米、渡欧する。陸軍、海軍、首脳、外交、財政のどの一つでも掛けたら日本は滅亡する運命にあった。

まっても植民地、負けても植民地、日本は2000年の歴史の中で最大の危機にみまわれたのだった。これが日露戦争であり、乃木将軍の二○三高知の奮闘、東郷平八郎司令官の日本海海戦に勝ち、ようやく日本は植民地化を免れたのだった。

このことによって日本はアジア、アフリカ諸国とは全く違う「有色人種として唯一の発展した国」になり、その恩恵を私たちは受けている。これを「侵略戦争」という人はいないだろう。でも歴史的事実を韓国が教えいなていないのは仕方が無いとして、反日・日本人は日露戦争の歴史も学校で教えることに反対している。その理由は、日本が正義であったり、苦心惨憺して勝利した記録などは聞きたくない!!という気分なのだろう。



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武田邦彦(中部大学)氏のブログより



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平成25年6月16日

       反日日本人・発生の経過と原因(2)
         ロシアの侵略


   「hanrosiasinsyututdyno.252-(10:05).mp3」をダウンロード


20世紀の初め、ロシアは雪崩のごとく極東に勢力を伸ばし、モンゴルの領地を取って、さらに満州北部に来て、「ウラジオストック(東の支配)」を建設した。その後、満州を南下して旅順に軍港を作り、さらに現在の韓国・釜山の近くの鎮海湾を軍港にすると宣言した。

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地図でわかるとおり、モンゴル(韃靼)、中国(清)、朝鮮の領土を次々と侵略していくロシア・・・今では考えられないことだが、それが20世紀初頭の白人のやり方だった。そして有色人種は圧倒的な白人の軍事力に屈していた。中国(清)は戦わずして満州をロシアにあげ、ロシアが鎮海湾に来るのも間近になった。

もともと鎮海湾は自然の良港で日本に蒙古が襲来したときに軍船が出航した場所である。ロシアは、鎮海湾に軍港を作ったら、ウラジオストックから新潟へ、鎮海湾から佐世保港へ、さらに台湾に進出する計画だった。

今では考えられないことだが、「侵略」とはこういうものだった。ロシア陸軍は最強だったから、陸伝いに韓国の南まで進出するのに妨害できる国はなかった。

当時、ロシア皇帝はニコライ二世だったが、あまりに強引なやり方にドイツ皇帝が「やり方が乱暴ではないか」と注意をしたとき、ニコライ二世は「東洋のサルなど反抗してくるはずはない。余が戦争を為ないつもりなので、戦争など起こらない」と言った記録がある。

日本は日清戦争で朝鮮を独立させ(当時、朝鮮は独力では独立できなかった)、共同でロシア進出を止めようとしたが、朝鮮は戦うことは嫌ったので、鎮海湾にロシアは軍港を作る計画を示したのだ。

日本としては、鎮海湾から佐世保港、台湾、それに新潟を取られるか、それとも戦うかの選択を迫られたのだった。ちょうど、玄関に強盗が来て扉を叩き、あと10分もすると玄関が破られて強盗が家の中に入ってくる・・・家には幼い子どもや女がいる・・・という状況に至ったのだった。

これはアジアの植民地となった他の国とまったく同じだった。植民地になると女性は乱暴され、優れた若者は両手首を切り取る・・・それが当時の白人のやり方だった。

反日日本人はロシアはもちろん、女性を自由に乱暴したポルトガルも、手首を切り落としたイギリスも非難しない。




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武田邦彦(中部大学)氏のブログより



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平成25年6月14日

        反日日本人・発生の経過と原因(1)
        開戦を罵倒する日本人


   「hanmakkasatdyno.255-(11:00).mp3」をダウンロード


実に不思議!? 世界を旅しても日本ほど自分の国を悪く言う国民に会うことはない。多くの国民は自分の国に誇りを持ち、祖先を敬い、国旗や国歌に尊敬の念を示す。

それに対して、日本では日本のことを悪く言う人、日本の歴史をことさら学びたくないと思っている人、国旗や国歌を軽蔑している人が多い。なぜだろうか? 明らかに異常でもあるし、「正しい歴史認識」にはこの問題を解決しておかなければ正しい認識に到達することはできない。

これほど深い先入観があるのだから、ちょっとでも「日本人が日本からみた見方」をすると批判されるが、それにもめげず、真実を目指したい。まず、もっとも中心的なところから踏みこんで見たい。それはほとんどの反日日本人が「大東亜戦争を開戦したのは悪だ!」と叫ぶ理由はどこにあるかということだ。

反日日本人は、「日本が大東亜戦争を始めたのは悪だ」と言い、「アメリカの真珠湾攻撃やイギリス東洋艦隊への攻撃は不当だ」、「軍部の暴走だった」と強調する。しかし、敵将でアメリカ軍の司令長官で日本占領軍のトップだったマッカーサー将軍は、後にアメリカ議会で証言している。

「日本は絹産業以外には固有の天然資源はほとんど何もない。彼らは綿が無い、羊毛が無い、石油の産出が無い。錫が無い、ゴムが無い。それら一切のものがアジアの海域にあった。もし、これらの原料の供給を断ち切られたら1000万から1200万の失業者が発生するであろうことを日本人は恐れていた。したがって、彼らは戦争を始めた動機は大部分が安全保障に迫られてのことだ」(下はマッカーサーが話した英語)

“"There is practically nothing indigenous to Japan except the silkworm. They lack cotton, they lack wool, they lack petroleum products, they lack tin, they lack rubber, they lack great many other things, all of which was in the Asiatic basin.

They feared that if those supplies were cut off, there would be 10 to 12 million people unoccupied in Japan. Their purpose, therefore in going to war was largely dictated by security."

(昭和26年5月3日米国議会上院・軍事外交合同委員会)

マッカーサーの証言そのものを示したが、日本が「侵略」を目的として戦争をしたのではなく、「自衛(安全保障)」だったと言っている。日本と戦った敵の司令官が「日本の開戦はやむを得なかった」と言っているのに、日本人が「侵略戦争を始めた」と言って日本を非難するのは実に奇妙だ。

さらに、マッカーサーはアメリカ人だから失業というのを重視しているが、日本人の私には「日本が破滅するのを防いだ」のではないかと思う。それは、当時の日本にとってアメリカが石油を禁輸したのがもっとも衝撃的だったからだ。

アジア・アフリカ諸国の中で完全な独立を保っていたのは当時は日本だけだったが、もし石油が入らなくなったら、7ヶ月以内に日本は実質的に軍艦も戦闘機も使えなくなる。そうなると他のアジア諸国と同じく植民地になる可能性が高かった。

植民地になると、女性は乱暴されるのを防ぐことはできないし(ポルトガルの支配例)、優れた人は両手首を切り落とされる(イギリスの統治)。それは日本人にとって耐えがたいことだったに相違ない。

もちろん、アメリカは日本に対して石油を禁輸することによって日本が戦争をせざるを得なかったことを知っていた。マッカーサーはアメリカ議会でそこまでは言わず、日本が「自衛のために戦争をせざるを得なかった」という理由だけを述べている。

反日日本人はなぜ、大東亜戦争を「侵略戦争」と呼ぶのだろうか? そこには深い歴史の闇がある。




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