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レオヤナギさん!どちらへ?

ニュース、サッカー、音楽、etc..。自分自身のメモ帳がわりに書いて行くつもりです。転記の際、自分自身が内容を理解する為また記憶する為に、下線や色分けを独断でしております。


武田邦彦(中部大学)氏のブログより



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平成25年6月24日

              反日日本人の性癖(2)
       白人の本質を知らずに崇拝


  「han2ariatdyno.274-(9:55).mp3」をダウンロード


白人はアーリア系どう猛民族。紀元前2000年。紀元前1200年。紀元1600年に拡大。

白人の学問は自己正当化の手段。

白人は植民地にした有色人種の女性を無制限に乱暴する。

日本の知識人の頭脳は白人の論理に歯が立たずにごまかされてしまった。

最近、ある戦後のまとめを読んでいたら、その厚い本の8割がギリシャから始まるヨーロッパ文明がまとめられていて、それを元にあるテーマを考察している。このような状態だから白人支配の根は深い。




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武田邦彦(中部大学)氏のブログより



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平成25年6月20日

    反日日本人の性癖(1) 戦争に対する無知

   「han1nankintdyno.273-(12:22).mp3」をダウンロード

中学校社会科用「新編新しい社会 歴史」(東京書籍)p.188より
『女性や子どもをふくむ中国人を大量に殺害しました(南京事件)」(注:この事件は、南京大虐殺として国際的に非難されましたが、国民には知らされませんでした)』

・・・女性や子ども大虐殺自体、国際的な非難・・・など項目自体が完全なウソが教科書に載っているけれど、一体、誰が書いたのだろうか?

「虐殺」という定義や「戦争」の現実から離れている人の感覚かも知れない。戦闘には国際法があり、敵の兵士、形式を整えない投降兵士、軍服を着ていない兵士、戦闘現場にいる市民は殺して良い。戦争とは「殺すこと」であり、日常的な常識は通用しない。殺人数が多いほど英雄なのだから戦場では「殺すことが正義」なのだ。

日本軍だけに「日常的な常識」を戦場で求めるのはフェアーではない。日本軍にも「国際法上の戦闘の規則」を適応すべきだ。南京で日本軍が殺害したのは多く見積もって10万人ほどで、そのほとんどは敵兵であり、僅かに偽装投降兵、便衣兵(軍服を着ない敵兵)、逃げられるのに逃げずに戦場にいた市民がいた。

国際法上では殺しても良いが戦闘以外だったという数は、最大で1000人程度である。これは戦場においては罪ではないし、まして虐殺ということはまったく言うことはできない。

当時、国際的にも日本軍がもっとも「規律正しい軍隊」であることは認められていて、それが日英同盟の基礎にあった。

アメリカ軍が日本本土を爆撃し、殺害した婦女子を中心とした非戦闘員80万人で、これは国際法上の違法行為である。反日日本人の性癖として戦争というものや、戦時の国際法を知らないで、ただ「日本を批判したい。アメリカは神様だ」という意識で子どもたちに間違った歴史を教えるのも止めたいものである。

実はこの南京事変の前にあった上海事変の「中国と日本の戦い」ではなく「白人の代理としての中国と日本の戦い」であった可能性もあり、これも歴史を詳細に調べないとわからない問題だ。

南京事変も上海事変もこのぐらい小さな問題になると、軍事の常識や事実を詳細に調べなければならない。ところが「侵略かどうか」というのはもっと大きな視点の方がよく見える。「木を見て山を見ず」と言うことにならないようにしたい。




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武田邦彦(中部大学)氏のブログより



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平成25年6月20日

        反日日本人・発生の経路と原因(7)
          与謝野晶子の詩


   「han7yosanoakikotdyno.264-(9:36).mp3」をダウンロード

日露戦争の時の与謝野晶子の詩・・君死にたもうことなかれ

旅順口包囲軍の中に在る弟を歎きて・・・

    ああおとうとよ 君を泣く
    君死にたもうことなかれ
    末に生まれし君なれば
    親のなさけはまさりしも
    親は刃(やいば)をにぎらせて
    人を殺せとおしえしや
    人を殺して死ねよとて
    二十四までをそだてしや


親は刃を握らせて人を殺せと教えていない。でも、目の前で強盗が自分の子どもを殺そうとしている時、親はどうしろと教えただろうか?

この世には矛盾というものがある。「責任ある人」というのは「矛盾と事実を認めて評価する」と言うことでなければならない。この詩はその後も日本の反日日本人に大きく影響をし、反戦運動の一つのシンボルになった。

でも、私が「それはそうだ。でも強盗が侵入したらどうするの」と言うと答えがない。それが今でも続いている。女性でも「世の中の一部だけを理解していれば良い」という時代ではないと思う。自分の娘が乱暴され、自分の息子の両手首を切り落とされた方がよい、それでも戦争をしたくないと思うのだろうか?


「今日が良ければ明日は考えない」という考えを、「明日が良ければ今日は考えない」という人が理解するのは難しい。しかし、それも錯覚ではないだろうか? 与謝野晶子の詩を少し変えてみる。

旅順口包囲軍の中に在る弟を思いて・・・

    ああおとうとよ 君は盾
    君逃げたもうことなかれ
    末に生まれし君なれば
    父のなさけはまさりしも
    父は命を惜しむとて
    国を捨てろとおしえしや
    母を見捨てて逃げよとて
    二十四までをそだてしや


弟が逃げれば母は殺される。そのためにこそ命がある。





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