政治的責任がある。説明責任がある。道義的責任がある。 | レオヤナギさん!どちらへ?

レオヤナギさん!どちらへ?

ニュース、サッカー、音楽、etc..。自分自身のメモ帳がわりに書いて行くつもりです。転記の際、自分自身が内容を理解する為また記憶する為に、下線や色分けを独断でしております。

小沢一郎氏に対して、政治的責任があるので「政倫審に出ろ」「証人喚問を要求する」と国会でマスコミで騒いでいます。


政治的責任があるから説明責任がある、という訳です。おまけに、同義的責任もあると叫ばれています。



政治責任とは?(知恵蔵2010の解説)


政治責任という言葉には、為政者がなすべき任務という面とその任務を果たさなかった際に受けるべき非難制裁という面の2つの使われ方がある。政治家が選挙の際に具体的な約束をし、権力の座に就いたらそれを全うし、仮にできなければ国民から責任を追及され、権力の座から放逐されるという形で国民が政治を統御することが、民主政治の理想である。その時々の必要に応じて政策を進める際にも、政府は国民に対して何のためにどのような手段を用いて行動するかを十分に説明するべきだという考え方が今や常識となっている。そのような責任を特に説明責任(アカウンタビリティー)と呼ぶ。説明責任の重視は、政府と国民の間に、情報提供に基づく合意(インフォームド・コンセント)が必要だという理念に基づいている。政府の指導者は、議会において、マスメディアを通して、政策の狙いやその効果と費用について十分説明する義務を負う。その点で、最近の国会論議が説明責任を果たしているかどうか、大いに疑問といわねばならない。 ( 山口二郎 北海道大学教授 )



では、旧政権や現政権の政治家は、政治責任を果たしてきたでしょうか?果たしているでしょうか?過去は置いておいて、現政権はどうでしょうか?


民主党は、「官僚主導から政治主導へ」「コンクリートから人へ」「税金を役人から国民に取り戻す」...etc を約束し、政権交代を果たしたのではなかったでしょうか。小泉純一郎の様に、「マニフェスト違反など、大した問題ではない!」とブチ切れれば良いのですか。


政治責任とは、国民に約束した事を、真摯に果たす努力を意味しているのではないでしょうか。その点で、政治責任を果たしている(果たそうとしている)民主党議員は、小沢一郎議員と199名の議員しかいないと思えてなりません。


現政府はマニフェストを、チリ鉱山より深いマグマ層に埋めてしまい(たぶん燃えてしまった)、旧政権よりダメ政権に落ちぶれてしまった。迷走、お詫び、無責任ぷりを恥とも思わない菅政権。政治的責任を真剣に考えていただきたいものです。



政治家の説明責任


田中良紹氏は(http://www.the-journal.jp/contents/kokkai/2010/04/post_215.html

 「政治家には説明責任がある」と言う人たちがいる。これも「利益誘導は汚れた政治」と同じで、官僚政治に洗脳され、信じ込まされた「もっともらしい嘘」である。政治家は本人が「説明する必要がある」と判断した事を説明すれば良いのであり、何でも説明しなければならない「責任」などない。選挙の洗礼を受ける政治家には「ノーコメント」を言う自由がある。(中略)

 経営方針を決める会議をガラス張りにするような企業はすぐ潰れるに違いない。ライバル会社に手の内を知られたら競争に勝てない。仮に従業員がどんなに透明な経営を求めても、むしろ従業員を守るため、経営陣は表に出す情報と出せない情報を識別し、タイミングを図りながら公開していく。そこを間違うと命取りになる。企業には企業秘密がつきものである。

 国家の経営は企業のそれより遙かに複雑で競争も熾烈である。どんな政策を実現するにも、国の内外の至る所に敵がいる。敵は味方のような顔をして近づき、手の内を探り、手の内を知ると、包囲網を構築して潰しにかかってくる。従って政治家には味方のような顔をする敵を探り出す必要があり、そのため言を左右に炙り出しをかけ、最後の最後まで誰にも手の内は明かさない。政治こそ秘密が強力な武器になる。


と述べています。

野党議員や政権側の民主党議員やマスコミが、政倫審や証人喚問を声高に叫ぶ理由は、まさに「潰し」以外の何者でもない。小沢氏が自分自身の政治理念を貫く為にも、政治責任を全うする為にも、偽政治家や偽記者たちの策略にはまる必要はありません。


西松建設事件では、この人たちは?

「自民有力議員側に6千万円 裏献金、西松関係者が供述」

    http://www.47news.jp/CN/200903/CN2009030601001177.html


他にも、石原伸晃(日歯蓮、4000万の迂回献金) 小池百合子(受注企業献金疑惑、事務所費) 小泉純一郎、進次郎親子(事務所費三重計上、6億円使途不明金)等数え上げればキリがありません。このキリがない政治家たちにも、政治責任や説明責任や道義的責任がある訳です。政倫審、証人喚問が必要です。



本当に説明責任や道義的責任があるのは?


小沢氏は推定無罪であり、罪人ではありません。しかも公の場で何度も「騒ぎの原因は自分にあり、大変申し訳ない」と謝罪している。立派に道義的責任をはたしています。


では、本当の意味で説明責任があるのは、誰でしょう?

小沢氏に容疑をかけ、強制捜査し事情聴取したのに、嫌疑不十分で2度も不起訴処分に終わったにも拘らず、胡散臭い検察審査会で「起訴議決」した検察と、それに同調し小沢幹事長を金権政治家として世論誘導したメディアに、必要以上の説明責任がありますね。だって一年以上、30億円以上かけた捜査で、2度の不起訴でしょう?一回なら「?」だけど、二回ですよ。無罪ですよね。


道義を辞書で調べると「人としてふみ行うべき道。道徳。道理。」とあります。


検察のやっている事は道義的ですか?政治家のある者は見逃し、ある者は証拠が無くても潰しにかける。同じ検事が「検察の裏ガネ」を告発しようとしたら、事件発覚を隠すために逮捕、起訴、投獄してしまう。人としてふみ行ってはいけない事でしょう?小沢氏の容疑を不起訴としたのなら、十分にその理由を説明すべきではないですか。検審会で「起訴すべき」の議決が出たのなら、せめて議事録くらい出すべきではないですか。それとも説明すればするほど、「平均年齢事件」の二の舞になるので、責任を果たせないのでしょうか。


マスコミはどうですか?記者たちが政治家からお金を貰うのは、あたりまえだったようですね。「マスコミと金」問題を、きっちりと説明してください。しかも記者クラブは検察の言葉を、嘘と知りながら流しています。その意味で詐欺師より悪質です。一人を念入りに騙すのではなく、同時に何千万もの人々を、いとも簡単に騙します。

検察にとって都合の良い記事ばかりで、都合の悪い記事は書かない。検察を監視して説明責任を全うさせるのが、マスコミに課せられた重要な使命です。それで説明責任が果たせているのですか?

ところで、10月24日(日)東京で、小沢一郎支援者によるデモを行いましたが、新聞にもTVニュースにも出さなかったですね。道理にかなっていますか?


まずは、国会に参考人招致すべきは、無実の者を検察ストーリーで罪に陥れた検察であり、検察リーク情報など、関係者しか知りえない情報を報道したマスコミです。

説明責任を十分に果たしてもらいたいです。


それから「政倫審!」「参考人招致!」と叫んでいる政治家さんたちも、御自分の説明責任を十分に果たしてくださいね。




今日の僕の落書きでした。(^^)v


新井白石『折りたく柴の木』(桑原武夫訳)


[六代将軍徳川家宣の] 御治世のはじめに、落書が多かった。延宝の時(家綱の時代)にも落書があったが、こんどほどのことはなかった。だから、老中の人々が、「落書が日に日にさかんになることはよろしくない。はっきり禁止すべきである」と言われたのに対して、上様は、「世間の人はこうした手段によって、はばかることなくおもうところを言うのである。だから、こうした落書の中から、余の戒めとすべきところもまた採用すべきこともあろうと思うので、たとえどんなことが書いてあっても、写し取って差し出せと近習の若侍たちには言った。みなもまたそれを集めて見るべきである。これらのことを禁止して、世論の道をふさぐことは、もっともよろしくない」と仰せられた。