90年代半ばから フィクションは衰えた と言われてます
すでに考えうる 「新しい発想」 は出尽くして残ってないのだと
漫画に限らず映画 小説 TVドラマ 全てのフィクションのジャンルが
枯渇し「新しいもの」を「創る力」は残ってないと言われ出しました
その頃はまだ漫画界の居たので ムキになって反論してましたが
あれから20年近くが経ち フィクションの世界はどうなっているのか
映画 の世界からちと考えてみました
今でも映画は世界中で数えきれないほど創られていますが
この場合「新しい発想の作品世界」と言うことです
そして 当然ですが作品として傑作でなければなりません
どんなに新しい発想でも失敗作では意味がありません
ここ数年で観た中で良く出来ていた作品から考えてみます
「宇宙人ポール」 「セラフィーヌの庭」
「オーケストラ」  「僕のエリ200歳の少女」
「猿の惑星 ジェネシス」 「おくりびと」
すぐに浮かんでくるのはそのあたりです
「宇宙人ポール」素晴らしい出来で大好きですが
未知との遭遇 と ET のパロディ 
「猿の惑星ジェネシス」 人間によって産み落とされた
人間の知能を持った唯一の猿の孤独と悲しみ 怒りが
自分の居場所を作り出すための闘いを始めるところが
実にリアルに上手く描かれている傑作ですが
70年代の作品の続編です
「僕のエリ~」はバンパイヤもの
セラフィーヌは実在の人物 つまり歴史もの
オーケストラもソ連時代に迫害された者たちの物語
おくりびと も日本の様式美まで感じさせる見事な作品ですが
「新しさ」はありません
私の世代の人の多くが漫画も映画も
つまらなくなった といいます
半世紀も色々な作品を観てきて
また以前見たよう物語では ただの「焼き直し」に思えるのでしょう
新しさだけを追求してエンターテイメントとしての骨子を
無視すれば多くの人に喜ばれる作品は成立しないでしょう
若い頃 息が止まるかと思うような美しい人との出会いも
時が経つにつれ内面の美しさを探していく
そんな楽しみ方しかフィクションには残ってないのでしょうか



WOWOWノンフィクション「はじまりの記憶 杉本博司」という作品が
劇場用ドキュメント映画になりました
杉本博司さんは世界が注目する現代美術作家です
以前このブログで映画「セラフィーヌの庭」の時に芸術家が
内包する狂気の質量というのを書きました
この場合の狂気とはただ危ない刃物を振り回すだけの狂気ではなく
(行動に突き動かされる情熱)のようなエネルギーの源のことです
ただこのエネルギーは他者には迷惑なだけの場合も多いですし
自己破壊にもつながる表裏一体のものなのでやはり狂気なのです
そして全ての創作者の永遠の答えの無い命題
「人はどこから来て何処へ行くのか」「何故人は生まれたのか」
ということも以前書きました
杉本さんという芸術家はまさにこのことを正面から写真や他の表現方法で
形として現出させている驚くべき才能の持ち主です
26歳の時写真家として芸術活動をスタートしますが最初から他の写真家とは
モチーフのとらえ方が違います
「写真は真実を写すわけではない」
モノクロでシロクマがペンギンに近づく写真ですが剥製を
生きている自然の動物のように撮っています
その後は蝋人形を生きている人間のように
「生者と使者の境界線」を見事に消滅させます
彼が追い求めているものは「はじまりの記憶」
発電機で放電させ雷を写し出します
これだけでは何だか分かりませんが展覧会では三部構成に演出してあり
雷 海 そして命の誕生が写し出されていました
水の惑星地球に飛来した隕石が雷鳴と共に次々と
海に落ちていき温められた海に「命」が誕生します
言葉でいうと陳腐ですが杉本さんの作品は
紛れも無く見る者の心に「何か」をうったえます
心に響く衝撃の振幅は人さまざまでしょうが何かを皆感じるはずです
雷を創り出すにも発電機につける先の放電させる道具も
何年も材質形状など試行錯誤を繰り返し自ら創り出します
金属に放電させるだけではなく塩水にも放電させますが
ヒマラヤの塩でつくります 皆忘れていますが
ヒマラヤ山脈も太古は海底でした
まさに天才の狂気に突き動かされている人です
海は彼の代表作「海景」というシリーズです
モノクロで水平線が写し出されている
ただそれだけの一枚からスタートした作品です
本当にこの一枚は自分の記憶以前
最初の人類が見ていた海と同じものではないか
と想起させる力を持っています
天才の仕事というのはほとんどの人には分かりずらいものが
多いですが杉本さんは解りやすく
あるいは何かを感じとれるように表現できる稀有な人です
インタビューで
「世界観の無い世界を写し出すのが
           僕のアートかもしれない」
と答えてました まぎれもなくアートのプロフェショナルです
金を稼ぐだけの意味ではありません
本来の「成すべきこと成し遂げる」という意味です
「辛いだろうけどあんたは出来るんだからやるしかないの」
と平淡な言葉で言うとそうなるのでしょうか
今の日本いや世界中にプロが減っていき続けてます
理想を見失い迷走している社会
喰い尽くさなけれ生き残れない資本主義のシステムだけが
残った社会でアートの重要性は増していると思います
どこで間違えたのか どこを目指すのか
原点に立ち返り考えなければいけない時代に
本当に素晴らしい仕事をしているプロフェッショナル
その一人が杉本博司さんだと思います
遠い昔 人々が忘れ去った何かを見つめ形にする
杉本ワールドを見るチャンスがある方は是非!



新年早々 早くも今年観たNO、1か!と言う映画にあたりました
と言っても2011年の映画なので観た人も多いと思いますが
「宇宙人ポール」というパロディ映画です
今さら何を とおっしゃる方 すみません
でも初めて観たんだから しゃ~ないやないですか ええっ
これB級映画ぽいっタイトルになっちまってますが
いやいや どうして一級品です 間違いないです
楽しくなけりゃ映画じゃないという私にとって
キャラクター シナリオ 映像 ラストのエンドロールまで
ほぼ完璧な出来 こんな才能を待っていたと言いたくなるほどです
主に「未知との遭遇」と「ET」がメインのパロディ構成ですが
他の70~80年代の主にSF映画のパロディ満載
キャンプファイヤー囲んでマリファナ吸ってるのは「イージーライダー」ですネ
オープニング「未知との遭遇」のパロディから始まりますが
セピア調のカラーに時計と写真 ラジオにパンしていくと
フラッシュゴードンが聞こえてきます
ドアの隙間からもれるこの世のものではない光に反応している犬と
それを心配している少女その手に握られているクマの人形
見事です 映像も時間経過も文句なしです
これら全てがその後の展開にちゃんと繋がります
監督の腕ももちろんですが主演の二人がシナリオも担当してるらしく
この二人の手腕によるもの大だと思われます
そして日本流にいえばコミケおたくの主人公がコミコンに行くシーンへ
これがまた もろオタクそのもの
ホテルで新婚旅行と間違えられるとこなぞ
イギリスのみうらじゅん と いとうせいこうデス
そしてエイリアン…いかん書き出すときりがない
それほど素晴らしい!
本家のスピルバーグも声で出演
そしてエイリアンといえば この人が出てこなけりゃ治まらない
シガニーウェーバーももちろん出演
映画のストーリーを喋りたくなるのでこの辺でやめますが
なんの因果か間違えて こんなブログを見ちまったあなた様
そしてまだ「宇宙人ポール」を もし まだ観てなかったら
是非ご覧ください 大傑作です