梅雨が10日早くあけた とたん あっつい!ですな
春が来た場合は あっ 春 という感じで心浮かれますが
夏の場合は  うぅ~ 夏 かぁ~ となり ちと気が滅入りますです

夏が来るのを楽しみにしている方も大勢いらっしゃるでしょうが
私の場合は 20歳で漫画界に入ってからは
苦痛以外のなにものでもなくなってしまいました

30年以上も前になりますが 当時東京で四畳半一間のアパート生活
当然クーラーなど無く窓を開けても蒸し風呂状態であります
そのなかで原稿を描くのですが 原稿が汗で手にひっつく
暑くて集中力が落ちる 気力も低下する 体力よおまえもか!と落ちていく
でも 原稿は描かねばならぬので 顔など洗い気を取り直して
机に向かうと 彼女のいる輩の部屋からミョ~な声がする
どうやら「けしからん!」ことを 始めたみたいだ

よく聞けば猫が水飲む音じゃなし という あれですな
「窓を閉めてやれ!バカ者が!」と思いながらも全身が耳になっちまってる
声が聞こえなくなったころには なぜかこちらも ドッ!と疲れてる
原稿は進んでない それでも締め切りはやってくる
これが私の夏! でしたよ 世間でいう青春時代とかいう頃のね ええっ
まぁ それ以後もにたようなもんで 以来! 夏が一番 苦手になりました

でも私だって 夏 を心待ちにしてた頃は当然ながらあるのでございます
たっぷり「夏休み」がある 子供時代 こりゃもう 夏よこい 早くこい と
待ち焦がれてましたね あの頃 夏といえば
「海 スイカ 花火」でしたね この3つが 夏のひっすいアイテムでした
瀬戸内地方の町なので自転車で海にはいける
スイカはマルトが井戸に冷やしてある
花火は花火大会も当時はあったし 土用の夜市というのを
商店街が夏のあいだやっていて夜に夜店がならび
そこで花火を買ってもらってました

時代は流れ花火大会も夜市もなくなってしまいましたが
「海」は あります 私が子供の頃の海ではなく
車で行かねばならぬところに 新しく出来た遠いとこ(私にとっては)ですが
海だけは 夏休み のある方々を 変わらず待っていてくれます
おそらくは私のように夏休みと無縁の人生を歩んだ者の
夕日が沈むころの海に向かって叫ぶ「バカヤロー」という声も
「聞きあきたそ コノヤロー」と 言い返しもせず聞いてくれます

「夏休み」のある方々 楽しんでくださいませ
私は相変わらず 再起目指して 原稿と向き合う夏でございますよ ええっ!
しかし セミがまるで いませんな 静かなもんですよ
うちの周りは 8月になれば 鳴きはじめるのかしら



以前からここでやりたい と思っていたことを 今回からスタートしますです
題して「言葉の写真館」
映画のセリフやスポーツ選手の言葉 あるいは
現実に私のまわりで聞いた言葉など 
その ひとつを取り上げ イメージイラストと共の紹介していく
さて その記念すべき?第一回であります
いずれ映画だらけ になるでしょうから まずは やはり大好きなボクシングの世界から
「You're still my idol」 Manny told Oscar.
「No, You're my idol」 Oscar said.
「あなたは 今でも 私のヒーローです」
「いや 今日から 君が 私のヒーローだ」
これはですね 2008年12月に「ザ ドリームマッチ」と名付けられ行われた
「オスカー・デ・ラ・ホーヤVSマニー・パッキャオ」の試合直後のリング上での
インタビューで両者が口にした言葉です


2000年代のボクシング界のスーパースター「ゴールデンボーイ」 オスカー・デラホーヤ
史上初6階級制覇した まさにボクシング界の伝説のチャンピオンの一人です
当初ありえない対戦でした ミドル級(72・57kg)まで制覇したデラホーヤと
フライ級(50・80kg)からライト級(61・23kg)まで上がってきたパッキャオ
両者の間には まだ10kg近い体重差がありました
それにアメリカのスーパースターのビッグマッチにアジア人が登場することも
まず ありえないことです 
デラホーヤの対戦予定の選手が直前の試合で敗れてしまったため
下の階級から まさに信じられない快進撃を続けているパッキャオに
白羽の矢がたちました 体格差を埋め合わせるため
デラホーヤがウエルター級(66・68kg)まで降りてくる条件で実現した試合です
試合直前までマスコミなどで この対戦は叩かれました
あまりにも体格差がありすぎるからです
それにデラホーヤには勝ってあたりまえ もし負けたら
今まで築き上げてきた栄光を全て失いかねません 危険な賭けでした
試合開始のゴングが鳴ってから 世界中のボクシングファンは
信じられない光景を見続けることになりました
リング上でめった打ちに合っているのはデラホーヤ
小さなパッキャオがデラホーヤを圧倒しています
そして8回終了後デラホーヤが棄権 パッキャオのTKO勝ちです
この時点で このアジアの小さな男が
ボクシング界の伝説の継承者になる とは誰一人思いませんでした
デラホーヤが無理な減量で下へ降りてきたことが敗因
デラホーヤの自滅 といわれました
しかし パッキャオが そうではなかった ことを証明していきます
この後 リッキーハットン ミゲールコット そしてスーパーウエルター級(69・85kg)
のタイトルを賭けたティファナの竜巻マルガリート
アジアの小男は自分より大きなスーパーチャンピオン達を
チョコチョコ動きまわる判定勝ちなどではなく
正面撃破で次々と吹っ飛ばして勝ち続けました
マッチメークのミスだと言われた試合を パッキャオ自身の拳で
まさに伝説の受け継がれた瞬間に変えてしまいました
オスカー・デラホーヤ「ゴールデンボーイ」の名にふさわしく
ボクシング一家に生まれ アマチュアの時からスターでした
オリンピックで金メダルを取り 鳴り物入りでプロの世界へ
デビュー戦が全世界にTV中継されファイトマネーがすでに「一億円」という
生まれついてのスーパースターです
かたや マニー・パッキャオ
フィリピン ミンダナオ島の貧しい家に生まれ 少年の頃から
パンを背中に担いで売り歩き自分は川で捕まえた魚や道端に自生しているバナナで
飢えをしのぎ小学校にも ろくに通えませんでした
16歳の時に初めてリングに上がります
デラホーヤのような スポーツの世界ではなく
家族の食費を稼ぐため賭け試合のリングです
フィリピンには闘鶏と同じように賭け試合のボクシングがあります
その試合で得たファイトマネー 「200円」
このアジアのどん底から拳一つではい上がった男の憧れのヒーロー
それが「デラホーヤ」でした まさか自分が対戦するとは
夢にも思わなかったはずです まさにパッキャオにはドリームマッチでした
今やパッキャオは一試合で約30億円稼ぎます ノンタイトル戦でです
「200円」の拳は「30億」の拳となりました
まさにアメリカン・ドリームを受け継ぎし者になりました
このインタビューのアイドルという言葉は日本の感覚だとヒーローという意味なので
そう変えました 試合直後敗れたデラホーヤがパッキャオのコーナーに
パッキャオを讃えにやってきました
パッキャオにしてみれば素直にでた言葉でしょう
「今でも あなたは 私のヒーローです」
この言葉に答えたデラホーヤ さすがです
「いや 今日から君が私のヒーローだ」
伝説の継承がこんなにも見事にその瞬間に現れる事は二度とないでしょう

伝説の継承

先日の あなたのファイト まったく大方の予想通り
いや実際たいしたモンです
2ラウンドでゲレロのパンチを読み切り それ以降
イッパツのパンチを喰らうこともなく 自分のパンチを当て続け
しかし けっして倒しにはいかず ヒラヒラ パッパッと12ラウンドまで

最初のほうこそ あなたの能力に 驚きはするものの
けっしてリスクはおかさない闘いぶりに いつもながら
うんざりいたしました

打たれずに打つ ボクシングの理想を
あなたほど体現したボクサーはいないでしょう
しかし 選ばれし者には選ばれし者の義務があるのですよ
プロフェッショナルボクサーなのですから
そしてチャンピオンなのですから

お客は倒せ と思うのです
もう楽にしてやれと それはチャンピオンとしての義務です
相手の意識を断ち切りケリをつけてやる
それがチャンピオンの優しさです
それが出来るのにやりませんよね いつもね

最高速度300キロのマシンのレースで ただ一人
500キロのマシンで出場し 最初はその性能に驚くのですが
2週目から350キロで先頭に立ち
これからどんな 凄いレースが とファンに期待させ
最後まで そのまま「安全運転」で見事にファンを裏切り
レースを終える いや大したモンです

後 残り5試合だそうですね
誰とやるのでしょう 危険な相手からはまだ逃げるのですか
マルガリートやパッキャオから逃げたように
そりゃ今ならやるでしょうよ 二人ともピークは過ぎてしまいましたから
どうぞ これからも安全運転を続けて下さいね
シュガーがデラホーヤがパッキャオが
心から愛されたスーパースター達が踏み込んだ世界に
一度も踏み込むこともなく 安全運転で全勝のまま終わるのでしょうね
どうぞ お大事に