はじめに
 

 2026年6月1日より、3次元プリント技術を用いて製作する有床義歯が保険診療の対象となった。
 これまで歯科用3Dプリンターは、模型や試作品などへの利用が中心であったが、今回の診療報酬改定により、一定の施設基準を満たした医療機関において、3次元プリント技術を用いた有床義歯そのものを製作し、装着することが可能となった。厚生労働省の資料では「3次元プリント有床義歯(1顎につき)4,000点」が新設されている。
 

 今回、実際にプリントデンチャーを試作製作する機会を得たので、その製作工程と、従来の義歯製作との違いについて報告する。

1.今回使用したプリントデンチャー
 今回の製作には、3Dプリンター用の義歯床材料および人工歯材料を使用した。
 今回使用した材料は「DH Print」で、義歯床と人工歯をデジタルデータから製作することができる材料である。
 同製品については、義歯床用材料が「3次元プリント有床義歯義歯床用材料」として保険材料に収載されており、人工歯についても「3次元プリント有床義歯歯冠部用材料」として収載されている。

2.製作の流れ
 プリントデンチャーの製作では、従来の義歯製作とは異なり、石膏模型上で人工歯を排列し、ワックスアップを行い、埋没・重合するという工程を大きくデジタル化することができる。

基本的な流れは、

口腔内情報の取得

デジタルデータの作成

義歯の設計

人工歯・義歯床のデジタル設計

3Dプリント

洗浄・後処理

人工歯と義歯床の仕上げ

研磨・最終調整

完成
という工程となる。

3.デジタル設計
 まず、口腔内の状態や模型から得られたデータをもとに、CAD上で義歯を設計する。



 従来の義歯製作では、歯科技工士が模型を見ながら人工歯の位置や義歯床の形態を決定していた。
 一方、デジタル製作では、画面上で人工歯の位置、排列、義歯床の形態などを確認しながら設計することができる。
 この工程では、単にコンピューターが自動的に義歯を作るわけではない。最終的な義歯の形態を決定するためには、咬合、顎堤の状態、人工歯排列、床縁の形態などについて、歯科技工士による判断が必要となる。


4.3Dプリント
 設計が完了したデータを3Dプリンターへ送り、義歯床および人工歯を製作する。


 

 従来の方法では、義歯床用レジンを重合するためにフラスコ埋没、加熱重合、脱ロウ、掘り出しなど、多くの工程を必要とした。
 3Dプリントでは、デジタルデータをもとに材料を積層して義歯を形成するため、従来とは全く異なる製作工程となる。

 特に印象的なのは、これまで「職人が手で作っていた形態」を、デジタルデータとして保存し、必要に応じて再現できる点である。

5.プリント後の処理
 3Dプリントが終了した後も、そのまま完成するわけではない。
 プリントされた義歯には、未重合材料の洗浄、二次重合、サポート材の除去、表面処理などの工程が必要となる。また、人工歯と義歯床を組み合わせる場合には、それぞれの位置関係を確認し、必要に応じて調整を行う。

 つまり、3Dプリンターによって製作工程がすべて自動化されるわけではなく、プリント後の仕上げや適合確認には、従来と同様に歯科技工士の技術と判断が必要である。



6.従来の義歯製作との違い
 プリントデンチャーと従来の義歯製作を比較すると、最も大きな違いは「製作情報がデジタルデータになること」である。従来は石膏模型、ワックス、埋没材など、物理的な材料を順番に加工して義歯を製作していた。
 これに対してプリントデンチャーでは、義歯の設計情報をデジタルデータとして管理できる。
 そのため、設計データを保存しておけば、将来的に同じ形態の義歯を再製作する場合にも活用できる可能性がある。また、義歯製作の工程を標準化しやすくなることも大きなメリットである。

7.実際に製作して感じた問題点
 一方で、実際に製作してみると、3Dプリンターを導入すれば簡単に義歯が完成するわけではないことも分かる。
 特に重要なのは、最初のデジタル設計である。
 設計段階での人工歯排列や義歯床の形態に問題があれば、そのままプリントされた義歯にも問題が残る。また、プリント後の表面性状、適合、咬合、人工歯と義歯床の接合状態などについても確認が必要である。
 つまり、従来の「手作業」がなくなるのではなく、手作業の一部がデジタル設計とプリント後の仕上げ作業へ移行すると考えた方が適切である。

8.今後の可能性
 今回の保険適用は、歯科技工のデジタル化において大きな転換点になると考えられる。
 3Dプリンターによる義歯製作が普及すれば、製作時間の短縮、材料の効率化、データの保存・再利用など、従来の義歯製作にはなかったメリットが期待できる。また、今後プリンターや材料の性能が向上し、製作工程がさらに簡略化されれば、義歯製作の考え方そのものが変わる可能性もある。
 一方で、デジタル化が進んでも、患者ごとの口腔内状況を判断し、適切な義歯を設計する歯科技工士の知識と技術が不要になるわけではない。
 むしろ、これからの歯科技工士には、従来の「手で作る技術」に加えて、CAD設計、3Dプリント、デジタルデータ管理などの能力が求められるようになると考える。

まとめ
 2026年6月1日から保険適用となった3次元プリント有床義歯は、単なる「義歯を3Dプリンターで印刷する技術」ではない。義歯の設計から製作までをデジタル化し、従来の歯科技工工程を大きく変えていく可能性を持った技術である。
 今回、実際の製作を経験して感じたのは、3Dプリンターが歯科技工士の仕事をなくすのではなく、歯科技工士の仕事の内容を変えていく技術であるということである。
 今後、材料やプリンターの性能がさらに向上し、臨床での使用実績が蓄積されていけば、プリントデンチャーは特殊な技術ではなく、一般的な義歯製作方法の一つになっていく可能性がある。

 今回の試作製作は、その変化の始まりを確認する機会となった。

(完成したプリントデンチャー)

 

 LOOP義歯部 担当技工士 加藤 靖了