〈歯科技工士たちが告発〉「もう限界だ…」歯科医によるダンピング、後継者不足、無責任な厚労省…「虫歯の再発は歯磨きのせいとは限らない」「業界の構図に問題がある」このままでは“入れ歯難民”が続出か
 
現在、歯科医の指示書に従い、入れ歯や歯の被せ物・詰め物などを作成・加工・修理する「歯科技工士」の人材不足と、一部の歯科医によるダンピングが大きな問題となっている。6月4日は「64(ムシ)歯予防の日」だが、歯の健康を考える月間に、この問題について真剣に考えてみたい。
「集英社オンライン」は関東近郊でラボ(歯科技工所)を構える複数の歯科技工士を取材、“業界の悪しき構図”を詳報する。
しかし、それだけ身近な歯の健康を歯科医とともに守ってきた「歯科技工士」(歯科医の指示書に従い、入れ歯や歯の被せ物・詰め物などを作成・加工・修理する人)が、業界もろとも沈没しかねないほど、苦境に立たされていることはあまり知られていない。
高度な技術を要するにもかかわらず、納める製品は医療機器扱いされず、自由競争の名のもとにダンピング(不当廉売)を強いられる。
そうした構造的な問題は改善されずに放置され、それにより“担い手不足”が発生し、斜陽産業化にさらに拍車がかかる、という悪循環が続いている。このままではあなたも「入れ歯難民」になってしまうかもしれないのだ。
 
入れ歯を作る歯科技工士
 
関東地方で長年、歯科技工所(通称「ラボ」)を営むA氏が嘆息する。
「私たちが作っている被せ物や詰め物、入れ歯などの装置は、医療機器として認められず雑品扱いのため、保険点数が決まっているのに価格競争を強いられています。保険請求をするのは歯科医で、我々はあくまで下請けなんです。
医療機器であれば100%のはずの技工士の取り分も、国が何十年も前に『技工士と歯科医の取り分は7対3ぐらいが妥当じゃないですか』とガイドラインを提示しただけ。
実際は構造的にダンピングを余儀なくされるので、その割合はロクヨンになり、五分五分になり、場合によっては逆転することだってあります」
 
さらにA氏はこう続けた。
「保険点数は装置(技工物)に応じて決まっていて、たとえば5000円の被せ物があるとすれば、その内訳は材料費に加え、歯科技工士の技工料と歯科医の技術料で成り立っています。しかし、実際は歯科医がまとめて保険請求するので、たとえば同じ被せ物をA社が3000円、B社が2000円、C社が1000円で納品するとなれば、歯科医はC社に頼めば、自分の実入りが一番よくなります。
これが雑品でなく、医療機器として認められれば、装置の価格自体が同じになるので、歯科医も『じゃあ一番上手なラボに頼もうか』ということになります。それがあるべき『競争の構図』だと、私は思います」
 
歯医者が技工士を探し回っている状態に
そのしわ寄せは、結局安くて悪い装置を被せられる患者が負う羽目になる。それにしても冒頭の「入れ歯難民」とはどういう状況なのか。A氏が解説する。
「日本の歯科は、約95%が保険の市場。でも構造的な問題から、保険適用の入れ歯は今、作り手がどんどん少なくなっています。
詰め物や被せ物で間に合わない場合は、基本的に差し歯にするか、入れ歯にするかの二択です。差し歯の場合は主にCAD/CAM(キャドキャム)という機械を使って作るので、若い技工士の中にもできる人が結構います。
 
一方で、入れ歯はすごく手がかかる割に採算が合わない。だから若い層はみんな効率のいいCAD/CAMのほうに移ってしまうんです。
現在は20人以上の技工士を抱えている大きなラボでも『うちでは入れ歯はやりきれません』と依頼を断っている状況で、歯医者が保険適用の入れ歯を作れる技工士を探し回っています。
患者さんもお金があればインプラントを打って差し歯を作る選択肢もあるでしょうが、そんな余裕のない人は保険で入れ歯を作ってもらうしかない。でも、作り手がそういった状況なので、“入れ歯難民”になっている患者さんがどんどん増えているんですよ」
 
歯科技工所は「残業が多い割に、給料が安い」
歯科技工士が抱える問題は、それだけではない。
「そもそも歯科技工所の95%が従業員5人未満で、そのほとんどが1〜2人でやっている零細ラボです。しかも高齢化が進んで、今は40歳以上が7割、60歳以上も2割近くを占めています。10年後に歯科技工士がどれだけ減っているのかと考えると、恐ろしくなりますね。
また、技工士学校の入学者は減少の一途を辿っていて、どこもほぼ定員割れの状態です。技工士の免許を持つ人は一定数いるのに、現場の人数はどんどん減っているという現象も進んでいます。
その理由は、労働条件が決していいとは言えず、残業が多い割に給料が安いからです。その結果、技工士の高齢化が進んでいるのも問題です」
歯科技工士が苦境に喘いでいる現状は、今の一般的な歯科診療現場にも悪影響を及ぼしているようだ。自嘲しながらも、A氏はこう警鐘を鳴らす。
 
「私たちは歯医者さんから(患者の)歯型を預かり、その歯型に材料を入れて、口の中と同じ形を再現します。それをもとにちゃんと作れば、基本的に患者さんの口の中にピタッと合うものが作れるんです。
両側の歯がちょうどよく当たり、隙間もなく、力をいれないと入らないということもない。私たちは、噛んだときにほかの歯と同様に当たるように作っているから、ぴったり合うはずなんですね。
でも、ダンピングに精を出し過ぎているラボが作る詰め物やかぶせ物は、口の中に入れても、まず合いません。入らないから、歯医者さんが片側を削り、咬合紙を使って噛み合わせを見る。そうしているうちに、技工士が再現したはずの歯の形が、しっちゃかめっちゃかになってしまうんですよ。
それでも入らない場合は、義歯の上の部分をガンガン削って、下の部分を漉(す)いて入れる。すると、下の部分がスカスカなので、3〜5年経てば虫歯になってしまい、患者はまた歯医者に通うハメになる。
『これ5年くらい前に入れたんですけど』『ああ、それはあなたの磨き方が悪いから虫歯になっちゃったんですね。ちょっと治しましょう。これからはちゃんと磨いてくださいね』というやりとりが繰り返されるんです。
 
歯医者から『歯を磨いていない』と言われたら、患者は『しょうがないな』と納得してしまうでしょう。でも、最初からちゃんとしたものを入れていれば、そんなことにはならない。
歯医者も安い粗悪品を患者さんの中にとりあえず押し込んで、それで終了にしちゃう。それが、歯科医療の現状なんですよ」
 
無責任な政府の対応
厚労省が行なうアンケートも、業界を先細りさせる要因の一つになっているという。
「年に1回、厚労省が一般技工士を対象にアンケートを取り、『おたくの技工料金はいくらですか?』と聞いてくるんです。厚労省はそれに合わせて保険点数を下げるので、ダンピングをしていると、どんどん市場の相場が下がってしまう。
その仕組みを理解している人は、アンケートに安い料金を書かないんだけど、なかには正直に書いちゃう人もいるんです。
それに仕事を取るにしても、利益率や労働時間を計算したうえでちゃんとした料金を請求すればいいんですが……やっぱり仕事がほしいので、無理な金額で受注してしまうケースもある。休みもなく、朝まで仕事をしている人もいますよ。
私らがこの仕事を始めた40〜50年前には、『蔵が建つ』と言われていましたが、今ではそれがウソのようです」(前同)
 
人工知能の開発やデジタル革命の進行で、産業構造や就労状況も激しい変革を迫られて久しい。しかし、生命や健康に直結する医療や保健衛生の分野では、価格競争に左右されず、安全性が優先されるべきではないか。少なくとも、議論を尽くす必要はある、♯2では業界のトップの意見を聞いてみた。
※「集英社オンライン」では、今回の記事に関連した情報を募集しています。下記のメールアドレスかX(Twitter)まで情報をお寄せ下さい。
-----------------------------------
「養成学校は45校程度に、毎年の卒業生は1000人に満たなくなった」
——まず歯科技工士の業界の現況を分析していただけますか。若い人にとって魅力が薄れ、担い手が減っているとも聞きます。
 
森野隆会長(以下同) 1955年に今の歯科技工法が制定され、歯科技工士の資格が誕生して来年で70年になります。私が学生だった約45年前には全国に養成学校が70数校、入学競争率も2~3倍あり、毎年3000人ぐらいが卒業していました。
今はそうした学校も45校程度に減り、毎年の卒業生も1000人に満たなくなっています。そんな中でも成功されて儲かっている人たちもいて、私自身は「そんなに悪い仕事じゃないのに」と思うのですが、YouTubeなどで「若い人は絶対なっちゃダメだよ」みたいなネガティブな動画を配信するような人たちもいて、誤解されている面もありますね。
 
——技工士の有資格者と実際に現役で働いている人数はどれぐらいですか。
歯科技工士は厚生労働大臣免許になり、有資格者は12万人を超える程度です。実際に働いているのは3万3000人ぐらいで、50歳以上が5割以上と高齢化しています。毎年1000人弱の新規合格者が出ても、転職者が多いという印象があります。
実際にデータを取っているわけではないのですが、ほかの業界に比べると離職率が高いという自覚はあります。正確な数字がつかみにくいのは、卒業生の「その後」をフォローするべき養成学校が、経営難から毎年数校ずつなくなっているのも理由の一つですかね。
その根底には、「日本の歯科医療費が安い」という問題があります。日本歯科医師会の調べでは、米国では約40万円の総入れ歯が、日本では約2万5000円で手に入る。
保険を使って一割負担なら2500円、上下合わせて約5000円で入っちゃうんですよ。米国なら上下で80万円かかるのに。米国は自費で自由診療、日本は国民皆保険の中の技工ということになりますが。
 
——材料費は高騰し続けていると思いますが、それに応じて料金改定はないのでしょうか。
保険点数改定が2年に一度なので、その間に電気代や物価が上がったとしても即応はできませんね。ただし、金、銀等の貴金属材料の保険点数については国際価格の変動を受けて年に数回見直される制度があります。
われわれの職業(歯科技工業務)自体、もともとは歯医者さんが全部やっていて、そこに助手として入ったわけです。その後1955年に歯科技工士が資格制度になった。助手、補助者としてスタートした仕事が、時代の変化で独立した一つの職種として認められた。
一方で、歯科医の国家試験から歯科技工の実地試験がなくなり、若い歯医者さんの中には技工をやらない方も多くなっています。完全に分業になってきているんです。

「技術屋である以上、技術、知識なくして稼げないでしょ」
——これまでの取材から、歯科医が保険適用の入れ歯を作れる技工士を探し回っているのが現状だと聞きました。保険で入れ歯を作ってもらえない、“入れ歯難民”になっている患者さんがどんどん増えている、と。“入れ歯難民”が増えている理由はどこにあるのでしょうか。
若い世代の技工士が入れ歯作りをやりたがらないのが、一番の原因ですね。それに年配世代の方々が引退した時期から、実際に入れ歯を作れる技工士が深刻なほど少なくなってしまったんですよ。
 
——入れ歯を作りたがらないというのは、手作業で大変だし、報酬も安いからということですか。
これは感覚的な問題なんですよね。しかし、入れ歯の製作は現状、一つひとつ手仕事で、機械(デジタル)でつくるものじゃないので、ある人にとっては効率のいい仕事でも、ある人にとっては効率の悪い仕事になる。
私は現役の歯科技工士ですし、仕事もしています。「技術屋である以上、技術、知識なくして稼げないでしょ」という信念もあるし、当然収入にも差は出ると思っています。差が出るから勉強するわけで。だから「技術屋にとって棚ぼたはない」と思っているんですよね。
 
——入れ歯問題とは別に、技工士の「技術料」としての取り分が、国が定めた技工士7割、歯科医3割という基準があるにもかかわらず、ダンピング競争のせいで守られていないという声を、取材でも多く耳にしました。
たしかに7対3というのは大臣告示で出ているんですが、市場経済の括りの中で「歯科医院と交渉してください」ということになっているんです。しかもその割合は「概ね」ですから、交渉次第になっているわけです。
難しいのは、我々は患者さんと直接対峙しているわけではない、というところ。薬の場合は、医薬分業なのでお医者さんが処方箋を書いて、患者さんはそれを持ってどこの薬局に行ってもいいんです。我々は歯科医院と交渉するわけですが、そこに存在する「差」は技術力、知識力ということになる。
 
「他力本願じゃなくて自分自身を磨いていかないと食っていけないよ」
——歯科医も数が増えていて、昔と比べて稼ぎづらくなっている中、コスト削減しやすい部分が歯科技工料ではないかと指摘する人もいます。
そのような方もおられるでしょう。ただそれは何年も前の、技工士がまだ多かった時代の話で、歯科技工士が減少している今は少なくなっているでしょ。
しかし、これには地域差があって、地方では歯科医院との上下関係で料金を下げざるを得ない側面もある。しかしながら、仕方ないにせよ、安い歯科技工料金を容認しているのも技工士、文句を言っているのも技工士なんです。料金交渉には技術力のみならず、理論武装も必要になると私は思います。
国民皆保険というのは世界にも類を見ない制度ですし、歯科でいえば歯科技工士や歯科衛生士のような縁の下の力持ちがいるから成り立っているというのも事実だと思うんです。
たとえば、われわれは「入れ歯が壊れた。食べれない」という患者さんの声を聞けば、「ちょっと待ってな。寝る時間を割いてでも直してやるよ」という人ばっかりなんですよ。「もう時間遅いんで、明日朝9時に出直してください」とは言わないんですよ。
そういう人たちの集まりだけに何とかしないと、と思う反面、他力本願じゃなくて自分自身を磨いていかないと食っていけないよ、とも思う。
「法的にしっかりお金が入ってくる制度を作ってくれ」と要望する人には「制度ができて、料金が定額となったら、あなたに仕事が来るの?」って。
口を開けたらボタモチ入れてくれる人なんていないんだから、「まずは技術力、知識力だよ」とも言いたくなるわけです。
 
**********
同業者に対してときに辛口な指摘を挟みつつも、森野会長率いる歯科技工士会は今年6月の診療報酬改定では、人材確保につながるベースアップが決まった。そこには歯科の初診料と再診療に歯科技工所の従業員の給料を増やすための人件費が加算されることになった。
詳細はインタビュー後半に続く。

日本歯科医師会にお願いしたいこと
——2024年6月1日施行の社会保険歯科診療報酬改定で、40歳未満の勤務医(歯科含む)や勤務薬剤師、事務職員に加え、歯科技工所等で勤務する従事者への賃上げ措置として保険点数が引き上げられました。
ええ。ベースアップとしては2024年度に2.5%、2025年度にはさらに2%を目標としています。
 
——しかし、歯科医師側がきちんと払うでしょうか。
そうですね。そこは検証しないといけません。厚労省も2年後の調査時に反映されているかどうかを調査すると明言しています。
その際に歯科技工士従業員の給与が上がっていないようであれば、次の診療報酬改定では、引き上げられた保険点数は削るでしょうね。「せっかく上げたのに、歯科医師が懐に入れたら引き上げた意味ないよね」となりますね。
ですから、われわれが歯科医院の先生方にお願いしたのは「歯科技工所がベースアップ、料金を上げたいと交渉に来ると思います。そのときには、今回の点数加算が行なわれたことを踏まえて真摯に対応してください」ということです。
日本歯科医師会に地方の会員までしっかり伝えてください、という要望書を先日出しました。
ただ、現状ではこれがわれわれにできる精一杯なんです。「要望書を出しましたから、きちんと歯科技工料を上げる交渉をして下さい」までが、最終的には、歯科医院と技工所の交渉になるので
 
——歯科医に要望書を出すような流れになったのは、賃金が安いという現場の声が多かったからですか。
それよりも、技工士のなり手の数が少なくなったことが大きいですね。ただこれは歯科医も同じことで、歯科医師は年間約3000人しか誕生しないから高齢化も進んでいるし、後継者不足も深刻と聞いています。中には開業しても、億単位の借金を背負ってしまう歯科医もいる。
そういう意味では、歯科技工士はまだいいと思うんですけどね。我々は地域に縛られず営業ができます。人によって違うと思いますが、1人の技工士が食べていくためには、仕事量によっても違いますが、取引先が10軒もあれば十分だと思いますから。

「すべての数値が疑わしいんですよ」
——技工士には定年はないものの、70歳ぐらいの方たちが「ヤメどき」を探しているとも聞きます。さらに養成校もピーク時の3分の2以下に減っている現状では、技工士不足はこれから深刻化してくると思いますが、そうなると一般の方にはどんな影響がでますか?
単純に今と同じようには歯が入らなくなりますね。ただ、難しいのは人口も減っているし、歯が悪い人も昔より減っているんですよね。
「8020運動(80歳になっても20本以上自分の歯を保とう)」の達成率が52%と言われているこの時代に、人口に対して歯科医師が何人必要で、歯科医師に対する技工士の適正数が何人なのかもはっきりわからない。
われわれは2年に一度、就業を届け出することになっていますが、届けてない人もいる。そうなると、すべての数値が疑わしいんですよ。
ただし技工士が高齢化しているのは間違いないし、その人たちの引退が遠い未来ではないのも事実です。そうなれば技工士の数は一気に減ります。
 
——30年ほど前は、歯科技工士は人気職種だったはずですが、ここまで“なり手不足”が進んだのはなぜでしょう。
これは本当に単純な話で、逆になぜ人気だったのかといえば、「儲けられたから」だと思いますよ。私が技工士になったころは、歯科技工所オーナーは実際に儲かっていました。
今と何が違うかといえば、昔は自費負担(金歯)も多く、そのため収入も多かったと聞いています。しかし歯科技工所の数も多くなり、保険技工では価格競争が始まり、低賃金、長時間労働等の噂が広がったことも原因の一つだと思います。
また、たとえば保険の利かないセラミックの前歯(自費)は、私が技工士を始めた約40年前にはだいたい10万円だったのが、今は6〜7万円ですよ。ほかの物価と比べたら20万から30万ぐらいになっていないとおかしいのに。
インプラントも然りで、出始めのころはウワモノまでついて30〜40万円だったものが、今は半分で入る歯科医院もあります。
要するに歯科医も自費の料金を低く設定し始めているんです。そういう意味では、歯科医の考え方が変わらないとわれわれの業種もきついんですよ。
 
——かつての「良き時代」にも保険はあったかと思いますが、儲かっていたのは自費の部分が大きかったと。
当時は単純に、需要に対して技工士の数が少なかったんでしょうね。歯科医師会立の学校ができましたからね。「これからは技工士が必要」ということで、歯科医師会が各会館に技工学科を作ったんです。
つまり、「産めよ殖やせよ」の時代だったんですよ。さらに以前は歯科技工所に仕事を依頼するため歯科医が直接模型を持って来ていたと聞いています。
それが技工士の数が増えて、単純に過当競争になり、料金競争にさらされるようになった。しかし、今でもしっかり保険であれ、自費であれ儲けを出している歯科技工士はたくさんいます。要は、自身の技術力、知識力だと思いますね。
 
「技工士の仕事はゼロからスタートするものではない」
——技工士から「保険点数を直接請求したい」という声は上がらないのでしょうか?
今は、患者さんの口に入る入れ歯や差し歯の全責任を歯科医師が負っています。技工士は歯科医から委託された技工物を作っています。それを直接請求するようになれば、われわれにも製作者としての責任が出てきますよね。
そもそもわれわれは、歯科医師から入れ歯の型や歯を形成した模型を預かって作るわけですが、型そのものがしっかり取れていなければ、世界一の技術をもったと言われる日本の技工士が作ってもきっちりとは入りません。
技工士の仕事はゼロからスタートするものではないんですよ。例えば、陶芸家が土を探し、こねて焼いて最初からやるのとは違うんです。我々の仕事のスタートである、患者さんから直接型をとるのは歯科医です。
そこに製作したものに対し責任が発生するとしたら、われわれは怖くて仕事を受けられなくなってしまうことも出てくると思います。
歯科技工士と歯科医師、歯科衛生士が力を合わせたチーム医療により、患者さんにとって満足のいく入れ歯、差し歯を提供していきたいと思います。
 
——技工士の多くが「ここを実現できたら」と要望されているのは、やはり7対3(技工料の取り分が技工士7割に対して、歯科医が3割)の部分でしょうか。
確かにそのような意見もあります。「概ね7対3」というのは1988年に大臣告示されたわけですが、「これを法制化して、歯科医にしっかり7割を歯科技工所に支払うようにしてくれ」というところじゃないでしょうか。
ただ、なぜ配分が7対3かというと、概ね7割が製作技工で、概ね3割が管理だからという決めごとなんです。診療報酬では、どこからどこまでの範囲というような細かな杭打ちが明記されていないのが現実です。これらを含め、難しい問題がたくさんあるから、36年たった今日でもこの問題が出てくるのだと思います。

「40年以上前からほとんど技工料が上がっていない」
最初に話を聞いたのは、東京都内で技工所(ラボ)を経営している60代の男性。技工士の労働条件や収入、医師との関係性などについて、実情を話してくれた。
 
–––まずは歯科技工士の「栄枯盛衰」についてお伺いします。歯科技工士は、実際に稼げなくなっているのでしょうか?
私は技工所を始めてもう40年以上が経ちました。技工士になったころは、上の世代の人たちは稼いでいましたし、私も普通に働いていればそれなりに稼げていました。それが少しずつきつくなっていった、という感じです。
正確には「稼げなくなった」というよりも、40年以上前からほとんど技工料が上がっていないんですよ。物価上昇で材料費や家賃といった諸経費がどんどん上がるのに対して、実入りが変わらないので、相対的に稼げなくなっているのが実情です。
たとえば、保険適用のメタルZインレー(銀歯)の場合、技工料は1本1000円を切ります。もちろん技工所によって価格は違いますが、うちでは800円程度で受けていますね。でも、それを1本仕上げるのに3時間近くかかるんですよ。
何本か同時並行で作業するので一概に計算はできませんが、時給で考えたらコンビニで働いたほうが稼げるのではないかと思うくらいです。だから、受注量を増やしてカバーするしかなくて、1日10本くらいは仕上げています。
保険適用のものだけではなく、インプラントやセラミックなど自費診療のものも引き受けていますが、やはりそちらのほうが利益率は高いです。インプラントやセラミックのインレー(詰め物)などは、1万円~2万円くらいの技工料になりますから。
 
–––歯科医師との関係について、ダンピングが問題になっていると伺っています。
昔からの構図なのですが、歯科医師あっての技工士なので、技工士は歯科医師よりも(立場が)下なんです。なので、平気で「これ、ほかの技工士は1000円以下でやるって言っていたよ。その価格なら、もう仕事はないと思って」とか言われますよ。
ほかにも、たとえばインプラントの場合、患者が自費で30〜40万円の高額な費用を支払うので、3年間の補償期間などを歯科医師が設けることがあるんです。技工士には何の相談もなくやっているのに、「作ってもらったインプラントが壊れたから、無料で直してよ。補償期間だから、患者からお金を取れないんだ」と持ってくることもあります。
さすがに無償はしんどいので、そのときは「2000〜3000円でいいからください」と言い返してから対応していますけどね。

「月収20万円以上」の募集でも、実際は…
–––実際のところ、歯科技工士の労働時間と収入はどれくらいなのでしょうか?
ほぼ無休で毎日夜11時以降まで働いて、そのうえ納期に追われているときは技工所に泊まりこんで作業して、稼げる月で月収60万円ほど。仕事の内容や発注が少ないと、月収30万円ほどになるときもあります。
それでも私は独立してやっているからマシなほうで、ラボなどに雇われている人はもっと稼げない状態です。技工士学校を卒業したばかりの子らの初任給は手取り14~15万円程度ですし、10年近く経験している30代の技工士でも、朝から晩まで働いて手取り17~18万円という人もいます。
募集の時点では「月収20万円以上」としている技工所でも、蓋を開けると出来高制で、ピンハネがひどいところも多い。「技工士をやっていると結婚もできない」と口にする人もいますね。
 
–––「技工士7割、歯科医師3割」という大臣告示は守られているのでしょうか?
「概ね7対3」と定められているといっても、それは技工士によって異なります。私の場合は、4割や3割しか技工料をもらえないこともザラにありますよ。元々が安く設定されてしまっているんですが、それでもきっちり7割もらえれば、だいぶマシになるとは思いますけどね。
ときどき「なんで技工士になんてなってしまったんだろう」って思います。私は人と接さないで黙々と作業するのが好きな性分なので、仕事内容自体は向いていると思いますが、いかんせん作業に対して儲けが見合わないですね。
それこそ日本で働くことを見限って、自由診療の米国に行った技工士もいますよ。日本だと歯科医師は技工士を下に扱って、言うことを聞くのが当たり前と思っている人も多いですが、米国だと対等な立場で接しているみたいです。
大臣告示の「概ね7対3」はほぼ守られていません。
次に話を聞いたのは、都内でラボを経営している70代の男性。成り手不足が深刻化している業界について、「保険診療・自由診療にかかわらず、技工士に対する対価が低すぎる。最低でも今の倍は支払われないと…」と憂慮しながら、現状と将来について語ってくれた。
 
––––「技工士は長時間労働をしないと稼げない」と聞きますが、やはり労働条件は過酷なのでしょうか?
うちの場合は、歯科技工士の資格を取得して初任給が月収22~24万円くらいで、ここから社会保険などが引かれます。業界ではこのくらいが水準となる額ですが、実際には10万円台後半というラボも多いと聞いています。
昔は労働条件が厳しい職場のことを「3K(きつい、汚い、危険)職場」と言いましたが、さらに給料も安い。
 
––––給料が安い原因は、どこにあるのでしょう?
歯科医師からのダンピングもありますが、それよりも、業界に「働き方を改革しよう」という動きがないのが問題ですね。
私は開業して50年以上になりますが、ここまで続けられたのは、理解のある歯科医師を相手に仕事できたおかげです。そんなうちでも技工料の割合は6対4くらいですから、大臣告示の「概ね7対3」はほぼ守られていません。
 
––––「入れ歯難民」という言葉も耳にします。入れ歯を作る技工士は実際減っているのでしょうか?
今は、とにかく若い技工士たちが入れ歯に手をつけたがりません。なぜなら、作業に時間がかかるのに、保険でも自費でも単価が安いんですよ。模型作りから始めて、1本の部分入れ歯の義歯を作るのに、だいたい5〜6時間はかかります。
総義歯を作る場合、うちでは技工料が1万2000円くらいですが、これが埼玉県とか茨城県とかに行くと、6000円くらいでやらされてしまう。
そもそも、今の若い方は技工士学校でデジタル技工も習うので、その時点で入れ歯が「単価と労働力が見合わない」とわかってしまう。だから若い世代は、デジタル技工で作る自費の被せ物やインプラントに流れていくんです。
ただ、これらは高額ですし、すべての患者さんが入れられるものではない。高齢化が進む日本では保険適用の入れ歯を希望する患者が多い一方で、その作り手が減っているわけですから、数年後には「入れ歯難民」はもっと増加するんじゃないですかね。
 
––––入れ歯はデジタル技工では作れないのでしょうか?
入れ歯に関しては、口の中は動いて形が変わってしまうので、現状は機械で作成するのは難しいかと思います。最先端技術をもってしても、今はまだ無理ですね。
そういう意味でも、入れ歯に関しては技工士が「ちょっと単価を上げます」と言っても歯科医師に怒られない状況になりつつあります。通常はデジタル加工のほうが高単価なんですが、手作業の技工の中で、入れ歯に限っては「売り手市場」だということです。これから技工士になる方にとっては、入れ歯に取り組めば儲けられる時代なのかなとは思います。
 
––––技工士の引退理由としては何が挙げられるのでしょうか?
一番多いのは、体を壊してしまうというパターンでしょうね。身体的にきついからなのか、精神的にきついからなのかわかりませんが、体を壊してしまう人は本当に多いです。納期に追われたり、お金のことなどいろいろと考えたりしてしまうのが原因かもしれません。
仕事はあるのに、人を使って作業にあたっても儲からない。そうなると、とにかく量を増やすしかなくなりますから。ずっと細かい作業をしていると、目も悪くなりますしね……。
                   ※
われわれの「歯の健康」を脅かす、これらの構造的な問題が解決される日は来るのだろうか。
ーーーーーーーーー転載終了ーーーーーーーーーー
 
【関連ブログ】