6/4の休日、新神戸駅のすぐ裏にある中世山城"滝山城"に登った。滝山城といえば東京の武蔵滝山城が有名で検索しても東京の滝山城が真っ先に出てくるが神戸にもあるんですね〰️
遺構はよく残っていて神戸の街中からすぐに登れる中世山城跡です。布引の滝に向かう道からすぐ脇にそれる道が城跡に向かう道となります
新神戸駅から布引の滝へ向かう途中に標識があり左手の急坂を登る。登る人はあまりいない

すぐに削平地のような所があり、曲輪跡かなぁ
と思うけど、城跡はまだまだ上なので自然地形かなぁ

削平地らしき所は何か所かあるがすぐに普通の山道となる。この辺は東曲輪群というそうで独立した城郭のような構造だったらしいので、削平地はやはり曲輪跡みたいだが主郭にあたる所は不明瞭らしく何も無かった。

滝山城が文献に登場するのは、鎌倉時代末期「正慶2年(1333年)4月より下向人申云、3月17日赤松入道京都七条まで打ちいるといえどもおしかえすべく、帝は六派羅の北殿に御入云々、赤松は本の生田の布引の城にこもる云々、その後八幡に陣を取る云々」(『正慶乱離志』)とあり、この「生田の布引の城」と記載されているのが滝山城の事である。
普通の山道

元弘3年(1333年)1月11日、大塔宮護良親王の命を受けた赤松則村(円心)は白旗城に挙兵して麻耶山城まで出軍し、千早城に立て籠もる楠木正成を援護し(元弘の乱)、自らも京都を狙っていた。その跡京都の六波羅軍に攻められたりしたが足利尊氏と共に入京を果たす。
ちなみに摩耶山にあった山城跡は探した事があるけど全く分からなかった😆 昔の摩耶山天上寺跡付近だと思うが…
白旗城も何年か前に登ったが遺構もよく残り巨大な山城だった。
ここは堀切と土橋跡にしか見えない😆

夢風船のゴンドラが真上を通過中
ハーブ園も昔は大変賑わってたけど今はどうなんだろ?

その後、南朝方に攻められたりしたそうだが、やがて一旦廃城になったらしい
急な山道を登る。

ここの平坦地は馬場跡にしか見えない😆

ハーブ園が見えてきた。昔は結構歩いて登ったけどもう何年も行ってないなぁ

やがて戦国時代となりふたたび城を築いたのが、三好長慶の家臣だった松永久秀です。
城跡に近づき、案内板も出てきた。しかし草木が茂っているので曲輪跡はよく分からない

中央曲輪群は久秀の改修時の遺構かなぁって感じ
堺から長慶を招き、能楽などでもてなしたと記録にあります
おっ これは石垣跡か?

中央曲輪群の遺構は久秀時代のものだろうと思われる
大手道の巨大な堀切跡

堀底から左手の急斜面を見上げると石垣跡か?と思われる箇所が見られます。この上には曲輪跡と思われる削平地があります。一応登って確認しました。
お主も物好きやの〜

三好長慶死後、三好三人衆との抗争により落城した
石垣跡

その後、花隈城の支城となるが、荒木村重の謀反の際にはすでに廃城となっていたらしい。
滝山城 虎口跡 門があったような雰囲気です。


