「岸壁の母」
という言葉があります
ドラマも歌もあるようですが、言葉としてもあります
私が子どもの頃から、母がよく「岸壁の母」という言葉を比喩的表現として使っていたのですが、私はこの言葉の意味を完全に間違ってとらえていました
「岸壁の母」という歌は、
『は~はは来まし~た~♪今日~も来~た~♪』
という歌ですよね
あれはどちらかというと明るい曲調の歌じゃないですか
それと「岸壁」は「がんぺき」という音であり、なんだか固くて強いイメージがします
なのでてっきり、「岸壁の母」とは
太っていて豪快で、子だくさんで割烹着の似合うお母さんが
白い割烹着を着て片手にお玉を持ち
波が当たってしぶきのあがるような岸壁の上で仁王立ちをし
笑顔で
「さあ~!今日もいっちょがんばるか!」
とお腹を叩いて叫んでから、元気に一日を始めるという
そんなイメージでした(笑)
少なくとも高校生か大学生くらいまでそう思ってました(笑)
しかしなんとなく母と話が合わないのに気づき、私の岸壁の母のイメージを伝えてみたところ・・・
母が、
「戦争が終わっても外国から帰ってこなかった息子を待って、何度も何度も岸壁に行って海を見続けたお母さんのことだよ・・・」
と、泣きながら教えてくれました
どうやら私の無知に泣けてきたらしいです(笑)
・・・って、それって・・・
私が思ってたイメージと真逆!!
私が想像していた、あの明るくて頼もしい肝っ玉母ちゃんはどこへ!?
「転んで血が出た!?そんなのツバつけときゃ治るよ!」と笑顔で笑い飛ばした岸壁の母はどこに行ったの!?(笑)
これが結構カルチャーショックだったらしく、
今でも「岸壁の母」という言葉を聞くと(そんなに聞くことはないけど)、
なんだかわけのわからない、妙な気持ちになるのでした