お祖母様の名入れ女紋の藍染大風呂敷が語ること♪継続5457日目 | 風呂敷研究家 つつみ純子の和文化研究所 

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風呂敷文化研究家・和文化コンシェルジュのつつみ純子です。風呂敷を通して、日本文化と日本人の知恵をお伝えします。風呂敷講座の他、日本文化や和にまつわるセミナーも開催しております。

 

こちらはFacebookでご縁を頂いている
Hさんのご実家の紋入り名入れ風呂敷、
2畳分はある藍染の大風呂敷です。
お母様とお姉様とのご実家の片付け中で、
古いものを全ては捨てられず、
持ち帰られた風呂敷だそうです。
 
Hさんのお祖母様やご実家の歴史を
伝える貴重な内容なので、以下、
Hさんのご投稿を転機させて頂きます。
 
昨年秋頃から、姉と母と三人で、
ぼちぼち実家へ通って片付けていると
古いものが出てきて、姉はすぐ
「捨てるよ」と言うけど、
私はどうもそこまで踏み切れず、
ついついヘンな物を持ち帰ってしまって、
自分の家にガラクタがたまっていきつつある。
 
悠々自適の生活になったら家の片付けを
するぞ〜と思っていたのに、
ちっとも片付かず、むしろごみが
増えていっているような・・・
 
で、この大きな風呂敷。 
 
2畳分くらいある。
 
家紋と名前が染めてあって、
何に使ったのかは不明。
 
四隅に小さな穴が開いていて、
微妙に対角線に伸びているので
何かをつるしていたのかなぁ?

しかし、名前が変。
 
母方の祖母の名は「ひさの」ではない。

母の田舎では、娘は女親の紋を
引き継ぐらしいので、曾祖母の紋ではなく、
母(私と姉も)と同じ紋なので、
祖母が嫁ぐときに
持ってきたものだと思われる。
 
田舎の祖父母宅を処分するときに
母がきっと持ち帰ったのだろう。

祖母は二つ名前を持っていた。

「ひさよ」と名付けられ、
そう呼ばれて育っていたが、
学校に入学するとき「ひさよ」ではなく、
「いちの」となっていて一悶着あったらしい。
 
昔は出生届を親が届けに行くよりも、
近所の人に頼むことが多かったらしい。
 
新生児を抱えて忙しいのにわざわざ
役所まで出向く暇はなかったのかもしれない。
 
で、頼まれた人が役所で
「はて、なんだったっけ?
こんな感じだったよな〜」と
届け出たら、勘違いから
名前が違ってしまったということらしい。
 
家ではずっと「ひさよ」と呼ばれ続け、
公文は「いちの」と書いていただろうから、
ふたつを合体させて「ひさの」って
染めたのかねぇ・・・

祖母は商家に生まれ、
19で農家に嫁ぎ、
絣の着物を着て畑に出るのが
つらかったと言っていた。
 
掃除をしても金にはならないから
畑へ出ろと姑に叱られ、
畑から帰っても男はすぐに休むのに
女は食事の支度があって休めない。
 
4人の子どもは、みんな9月生まれ。
 
誰も農家を継がなかった。
 
祖父母が住んでいた家は、
祖父が子どもの頃建てられた
ものだったらしいが、
今は影も形も無くなって、
太陽光発電のパネルが設置されている。
Hさんの文章がお上手だからだが、
この一枚の風呂敷を通して、
実に沢山のことが伝えられています。
 
今では殆ど作られることのない
2畳分もある大きな風呂敷は、
お祖母様の頃には、物を運ぶにも、
物を保管するにも、布団を包むにも、
箪笥などの埃よけの覆いにも、
大層役立ったに違いありません。
 
四隅に穴が空いているのは、
大きな物を荷車に乗せて運ぶ際、
穴に紐を通して荷車に括り付けたのか?
はたまた画鋲で壁に飾ったのか?
 
紋は実家の紋ではないから、
お祖母様の実家の紋のようで、
関西から西は、お嫁入りの際に
女性は女紋を持って行く風習が、
この風呂敷の中に残っています。
 
そして、実に興味深いのが、
名入れの「名前が変」ということ。
 
本名は「ひさよ」なのに、
公文は「いちの」、そして、
名入れは「ひさの」。
公文が違う名前なのは、
商家のお仕事が忙しかったのか、
乳飲み子を抱えて大変だったのか、
近所の人に頼んで出生届を出して
もらったため、名前を間違えて
届け出てしまったからだそう。
 
このエピソードからは、
当時の農家の方々、とりわけ女性の
農作業に加え、家事育児に追われる
忙しい毎日が伝わります。
 

 

その結果、本名の「ひさよ」と
公文の「いちの」という二つの名前を
持つことになったお祖母様は、
普段の生活と公的文書を
臨機応変に使い分けて
暮らしておられたでしょうが・・
 
お嫁入りの風呂敷の名入れの名前を
二つを合わせたような「ひさの」で
染めることを決めたのは、
お祖母様自身だったのか?
お祖母様の親御さんだったのか?
 
「ひさの」というお祖母様の
名入れの名前には興味が尽きません。
 

 

誰も農家を継ぐことはなく、
ご祖父樣の家も取り壊されて、
今は太陽光発電のパネルだけの故郷ですが、
私には、お祖母様の風呂敷が
ご実家の歴史をHさんに
語り継いでいるように思えます。
グッチのリバーシブル風呂敷で

薔薇包みラッピング🌹

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