前回、ある男の子のイヤイヤ期について
触れました。
前回、ある男の子のイヤイヤ期について
触れました。
生まれたばかりの子たちでさえ
介護をしている私ですが、
長い間、
自分とは無縁だ
と思っていたことがあります。
それは「共依存」です。
介護や医療、子どもの養育に
携わる人はよく聞く言葉だと
思います。
共依存;
病気などの問題を抱える人の
世話を続けるうちに、
相手に必要とされることに
安心感や自分の価値を見い出して
その関係に依存してしまう
状態のこと。
私は共依存になる人を
「献身的に尽くす人」
と勝手にイメージしており、
自分には
介護の他にも
仕事や交遊など好きな諸活動が
あるので、
母と依存関係には
ならないだろう
と思い込んでいました。
しかし、
ある夏の日の真夜中、
嚥下が難しくなっていた母が
就寝中に
痰を大量に絡ませて
窒息を起こし、
急遽
救急車で病院に運ばれました。
その後、
回復した母は
自宅に戻って来ましたが、
就寝中
呼吸に異変があった時、
すぐに確認ができるように、
その日から、
私は母のベッドの真横で
一緒に眠ることにしました。
その数ヶ月後、
今度は別の症状で
再び入院。
母が再入院した翌日の朝、
自宅で目を覚ました私は
いつも通り
「お母さんのオムツを替えなくちゃ」
と無意識に思い、
体を起こして横に目を向けると
母がいません。
後から
「あぁ、
お母さんは入院したんだった」
と理解しました。
誰もいないベッドを見ていた
その時、
突如、
私はどう表現すればよいのか
分からないほどの空虚感に
襲われました。
まるで
自分の存在意義を一瞬で
失ってしまったかのような
感覚でした。
私は医師ではないので、
それが
「共依存」というものかどうか、
実際のところ、
分かりません。
しかし、
自分の精神衛生上の危機を
感じた私は一人思案。
そして、
「名案」を思い付きました。
母が再び退院した夜、
私は
母と自分との間の間隔を
二人分ほど
大きく空けて
寝ることに。
その様式で、
今も眠っています。
空いたスペースを眺めながら、
家族は
それで本当に効果があるのか、
と訝しげですが。
今の仕事を始めたばかりの頃、
私には一つの疑問がありました。
おもちゃ等を片付けさせる時に
子どもたちに使う、
「『ないない』しようね」の
「ないない」とは
どこから来たものなのか、と。
子どもの養育に携わる人の多くは
知っていることだと思いますが、
新人の私には、
全く分かりませんでした。
なぜ
片付けの「カタカタ」ではないのかしら
なぜ
棚に置くという「オクオク」では
ダメなのかしら
とあまり重要ではなさそうなことを
ずっと考えていました。
同じく、その頃新人だった同僚に
質問してみましたが、
その同僚も知らず、
答えは長い間分からずじまいでした。
ですが、ある人から
私はその「ないない」の起源を
教わることになります。
その日も、
子どもたちと一緒に片付けをしながら、
「どうして『ないない』っていうのかなぁ」
と心の声が知らず知らずのらうちに
外に漏れていました。
私の側には、よちよち歩きで、
一語文を話し始めたばかりの子が
いました。
片付けをその子と一緒に行い、
全てのおもちゃを片付け終えた後、
その子が何も無くなったキレイな床を
パンパン、と叩きながら、
『ないない』と言いました。
私はその瞬間、まさに、
かのヘレンケラーが
サリバン先生の、水を使った指導中に
物に名前があることを生まれて初めて
知った時に自身に走った
稲妻のような衝撃(少々大袈裟に
言っています)と同じようなものを
感じました。
そうかっ、
「ないない」は「無い無い」で、
「何も無い状態にすること」なのかっ。
長く考えていた疑問がスッキリ晴れ、
合点がいった私は
その可愛らしい、小さな教授に
密かに感謝しました。
整理整頓が上手な人に憧れます。
職場では、
用意された個人の箱に
保護者が子どもの持ち物を入れて
常に補充していきます。
日中、着替え等をさせるために
私がその子の箱を開けた時、
ぴっちり隙間なく、
まるで芸術品かのように
衣類や日用品が入れられているのを見ると
その保護者に
「整頓術講座」のスクールを開いてもらって
自分が通いたくなる気持ちになります。
子どもたちにも、
片付けなどに関して
ルールが設けられていますが、
年齢が上にいけばいくほど、
きちんと指導されていきます。
ある時、
年上の女の子たちが年下のクラスに
遊びにきました。
部屋の状態はというと、
私から見ると
「子どもたちは落ち着いて遊べているし、
少しおもちゃは散らかっているけど、
注意するほどではないだろう」
と思えるようなものでした。
遊びに来た女の子達は、
好きなことを選んで遊び始めましたが、
30分ほどするとその中の一人の子が
落ち着かないのか、
そわそわし始めました。
そして、こちらに歩いて来て
私に言いました。
「あのね、おもちゃはね、
一人一つにして新しいおもちゃを
使いたくなったら、
ちゃんと片付けてから出すの。
もっと小さい子が使う時、
おもちゃが迷子になってたら、
無くてかわいそうでしょ。
こんなに部屋が
ぐちゃぐちゃだったら、私いやなの。
いい気持ちがしなくて
やっぱり(5分ほど続く)」
長く、的を得た説教に、思わず
「その通りです」
と言っていました。
その子の偉いところは
自分の話を終えた後、口だけではなく、
ため息をつきながら、
自分が使ったわけでもない、
放置されているおもちゃを一つ一つ、
一人で片付け始めたことです。
慌てて一緒に片付けながら、
おそらく大人たちに言われたことを
きちんと守っているのだろうけれど、
大人の目を気にして
言っているわけではなく、
自分の気持ちとしっかり合わせて
言葉に出せているんだな、
と感心しました。
とりあえず、
キレイになった部屋を見て、
その子の方が正しいということが、
はっきりと分かりました。