‐武‐ノ巻「火の篇」
武ノ巻【実戦と競技試合】◇対戦◇
《実戦の局》
『手合い』の行
実戦の場合は、戦況に応じて百戦あれば百通りの戦い方があり、戦術的な戦法の規範はあろうが、実戦に於いては想定外も想定して戦う心構えが必要になる。相手が複数であるか単数であるか、立っているか座っているか、屋外であるか室内であるか、凶器や武器を持っているかいないか、等、様々な状況によって戦い方は変わってくる。日頃より常に様々な状況を想定して稽古していれば自ずと瞬時に心眼が閃き感覚的に導かれるように心身が動き出すので、やはり普段からの心と肉体の実戦を想定した稽古が最も大切である。
実戦では空気を斬る、切り返すような瞬間の技が生きる。その意味で瞬時に感覚的に相手を読み取る事に熟練した者は強い。
また、どう見ても敵わないと判断したら素早く逃げ去る戦法も戦術として懐に入れて置くべきである。勿論、婦女子や子供など守らなければならない味方がいた場合は別であるが、そうでない場合で、その場で勝機がないと見た場合は素早くその場から去り、力を付け次回の戦いに繋げるのも命を懸けているのであるから恥ずかしい戦術ではない。
《実戦の局》
『間合いと交戦』の行
相手が単数で自分より一歩以内にいる場合は、その場から瞬時に攻撃を加えられる最良の間合いである。相手が攻撃をする前に瞬時に機先を制する事が何より重要であり、己の戦意を相手に気付かれぬ内に攻撃を加え、一撃の元に完璧に倒すのが理想である。
その時、機先の一撃に有効な技としては、頭付き、目付き、正拳突き、金的蹴り、肘打ち、膝蹴り、掌底打、などが望まれる有効な技である。
その時の状況や己の技量によって繰り出す技はそれぞれである。相手が多少強健であっても、己の一撃で仕留められる技量が己にあり、石のように固い拳とその拳に速さと重さがあれば正拳で相手を一撃で倒すことが出来るであろう。それが、一対一の戦いで間合いが短い場合の相手を倒す理想形であろうが。そうでない場合は、例えば己が石のように固い拳とその拳に速さと重さがない場合には、より狡くたちまわる事が有効である。
相手の体格が頑丈であり己より力がありそうであれば、金的か目付きが有効になり機先の一撃で相手の戦意が萎える場合もあるが、急所の点を外した場合には確実に相手が反撃してくる事も想定し攻撃を加える事である。
また最も瞬間的に短い距離と時間で攻撃を加えられるのは頭付きであるが、自分より身長がかなり高い相手や首が太く強そうな相手などは、頭付きだけで倒す事はかなり難しく、相手の反撃を必ず想定し、二の手、三の手の攻撃を反射的に素早く行う必要がある。
次に、機先を制する事が出来ない場合の戦い方であるが、この場合、己、相手、双方は戦うための臨戦態勢に入っているので、己に相当な一撃の実力があれば別だが、そうでない場合は中々、真面な攻撃では相手を即座に伏す事は難しい。ややも すると双方がもつれ合い、有効打のない乱打と掴み合いの戦いとなる場合が多々ある。
こうなると、普段の実戦を想定しての稽古が生きてくる。それはさばいて躱し攻撃する稽古である。俊敏な動きから体を躱し、己の有利な位置に入り、相手の重心を崩すさばきと躱しは尤も効率的に己の攻撃力を上げる。相手の踏ん張りを崩しての瞬時の攻撃には相手が防御作用の力学の支点を外しているだけに、こちらの攻撃が生きてくる。瞬時に、正拳突き、肘打ち、膝蹴り、金的蹴り、踏みつけ、掌底打、目付き、など己と相手との体制によって、その時最も有効な技を叩き込むのが有効となる。
要するに、相手が踏ん張っている時の攻撃は中々効かない、よって相手の体制を崩したところに、精神的にも躰のバランス的にも抜けている所に打撃を加えるということである。
また、相手が複数いる場合は、相手の人数にもよるが、まず攻撃を加える前に、己の逃げ道、あるいは移動経路を出来るだけ把握しておく事が大切である。相手が複数の場合でも、その場で倒せるのは一人だけであると考えた方がいい、全て一撃で倒せるのであれば相手が順番に一人ずつ掛かってくる事になるので別だが、相手に掴まれでもすれば瞬間に他の相手が背後左右から襲い掛かってくると思った方がよいであろう。この場合袋叩きにあってしまうので必ずそうならないように相手とは組まないように戦う事が鉄則である。よってその場で一人倒したら移動して一人、また移動して一人というように動きながら相手を一人ずつ倒すのが有効である。また、最初に倒す相手は敵の大将と思われる人物を狙うのが最も利口な戦法であろう、大将が倒れ指揮系統が乱れた輩は弱体化するものである。
また試合と違い実戦に於いては、下段蹴りや上段回し蹴りなどは、中々有効技にはならない。足への下段蹴りは相手の体制を崩すために払いで放つときは別だが、一発で倒す一撃技には中々成り得ない。上段回し蹴りも上手く顔面の急所に決まれば一撃で倒れるが、己と相手が動いていて気が張っている状況では一撃で相手の顔面の急所に決めるのは、かなり難しくなる。逆に倒せなかった場合は足を高く上げている分、己の重心のバランスを欠いているので、そのまま掴まれ倒される可能性や、突進によって倒される可能性がある。
実戦に於いては、綺麗事は通用しない、失敗それ即ち死である。だまし討ちだろうが、奇襲だろうが、勝った者だけが生き残る権利を有する。汚い手を使われて負けてしまったという言い訳は通用しないのが実戦である。戦い時は瞬間々々に必ず勝機がある、その勝機に気付き素早くそれを応用する実戦勘が何より重要である。あまりにも正攻法の競技試合に慣れていると、勝つ事よりも正攻法で戦う事に固守してしまい、機転の利いた隙を付く攻撃を無意識のうちに避けてしまう傾向がある。相手が油断した隙、目を離した隙、囮に気を取られている隙、等、相手を撹乱するあらゆる方法を考え戦う癖を身に着けておくのも必要である。
《試合の局》
『手合い』の行
大会競技での試合の場合、お互いが同じ競技で切磋琢磨した者同士であるので、得てしてより真面目に稽古を行いより精進した者が勝者となる事が自然であろう。まさに技量と精神力の強い者が勝つのである。
決められた規則の中で正々堂々と戦うが、決められた時間内での決着となるので、やはりそれはそれなりに戦法や戦略もあり、それによって勝敗を分けることもある。
判定決着などの場合は特に己の攻撃が、相手に対し痛手を与えていると見せられる者の方が有利になる。大技や派手な技に審判は有利に動く傾向も考慮するのも一つである。また、戦う時間が決まっているので、最後の数十秒間で、全力で戦い印象を良くする戦い方も一般的に判定には効果がある。実戦とは違い同じ格闘技の競い合いであるので技と技とのぶつかり合いであるので、打たれ強く強靭で丈夫な肉体を有している事も勝つ為の重要な要素である。
競技試合というのは、基本的には技量、精神力、心技体の披露の場であり殺し合いではないので、相手をも尊重し、武士道精神に則り、正々堂々と戦うべきなのが競技試合の戦いである。
《試合の局》
『間合いと交戦』の行
競技試合で勝つ為には、勿論普段の稽古が最も重要である。日々の稽古こそが試合で勝つ上で何よりも重要な要素である。実戦と違い試合の場合は、より多くの稽古に精進を重ねた者が勝つのが一般的には自然な流れである。
体格や素質、得意技など様々な個人的な要素が、個性として組手の中に現われる。真面に打ち合いになる事も多いので打たれ強い屈強な肉体を築いておくのも大変に重要な事である。正拳や腕や胸、腹は勿論の事、脛や脚全体など、何度も何度も肉体の部位がぶつかり合う、従って、何度打撃を加えられても耐えられる屈強な肉体を作る稽古を常に行う事が必要である。
また、試合の戦いで重要になるのが持久力である。同じ環境でお互いが全力で、ぶつかり合うので実力が拮抗していると相当なスタミナを浪費する。持久力がなければ幾ら一発の技に威力があっても、時間を経過するごとに体力を消耗し、技の威力も半減し、持久力のある相手に太刀打ちできなくなる。よって普段の稽古の中に持久力の稽古は大変重要な稽古となる、これは長距離を走る事、坂道ダッシュを続けて繰り返す事、基本稽古を手を抜かず全力で最後まで行う事、相手を入れ替わりで組手を長く全力で行う事、等、色々な稽古方法があるが、基本は手を抜かずに魂の込めた稽古を集中してを行う事である。
現在の一般的なフルコンタクトの空手の試合の場合、顔面への手での攻撃が禁止されている場合が多いので、突きの攻撃は殆どが首から下の上半身に集中する。正拳の威力は押す力と同時に引く力、そして握力の握る力でその威力を成している。勿論下半身の強さも上半身に伝達される力の基本となる。肘や前腕で相手の攻撃をかわしながら突きの攻撃を加えるが、握りが強くスピードと重さのある突きを有する事は、接近戦に有利になり優勢に試合を運ぶ要素となる。
試合時に戦う構えは、それぞれに個性があり戦うスタイルによって異なりそれぞれに特徴がある。左構えや右構え、または戦いの中で左右の構えを使い分け戦う者などがあるが、一般的には右利きの構えの相手には左利きの構えが有利となる場合があるが、だだこれは、慣れの問題でもあるので一概には言えない、右利き構えの選手が左利き構えの選手と戦う時に多少の戦いづらさがあるのは慣れの問題が一番なのである。
同じ構えと言っても、正攻法なオーソドックスな構えや半身気味の構えや完全に半身になった構えなど人様々である。
オーソドックスに構える選手は、戦いが接近戦で戦う傾向があるが、半身で構える選手は相手との間合いに、ある程度の距離を保ち戦う傾向がある。また接近戦を好む選手は意外にも顔面への蹴りの攻撃に対し受けが甘い傾向がある。また意外にも半身で戦う選手の方が顔面攻撃への受けと防御が上手い選手が多い。これは半身で戦う選手が上段の蹴りを多用する事にも関係する、上段を知る選手は上段の攻撃への防御も知る事が出来るからである。上段蹴りよりも、突きや下段蹴りが攻撃の中心となる選手は上段への防御が甘くなるのは、得てして攻撃中心の組手になる場合が多いからである。受けやサバキに振り向ける余裕がなくなってしまうのと、上段蹴りの可動範囲が自分の技量にない為に、相手の蹴りの可動範囲の目測を誤ってしまうからである。
次に下段蹴りであるが、試合に於いては、下段蹴りは勝つ為に大変有効な技の一つでもある。強靭な足腰と強く硬い向う脛を有し、早く重い下段蹴りを放てる選手は大変なダメージを相手に与える事が出来る。下段蹴りは様々な蹴り方と防御方法がある。下段蹴りを鍛え上げた者同士の蹴り合いは壮絶な痛め合いの戦いともなり、下段の強さと同時に下段の防御の上手かった者に軍配が上がる事も多々ある。
とにかく競技試合の場合は、己の間合いを出来るだけ守り、己の得意技を的確に決め得る駆け引きをし、相手をよく見て出来るだけ相手の攻撃と基点を逸らし、己のダメージを極力少なくして戦うのも勝敗を分ける大きなポイントにもなる。
つづく、








