あのe-manが綾部で何か面白い事をやるらしいよ -8ページ目

あのe-manが綾部で何か面白い事をやるらしいよ

どのe-manだか知りませんが(笑)綾部の志賀郷で面白い事をやるらしい。
人生楽しまなくちゃね。

節電しましょう。原発止めましょう。
自然エネルギーに代替しましょう。

ソーラー発電電力の買い取り価格が上がりました。
10年間買い取り価格が保障されます。

でも、先立つものが…

融資を受けられます!
補助金が出る今のうちに!
すばらしい、ぜひソーラー発電を導入したい。

ローンでソーラー発電システムを購入~

な~んて人、日本にどのぐらいいるんでしょう?
まぁ、どうでも良い話ですがね。

何年で元が取れるとか、そこから利益がどのぐらいとか、皮算用しながら頭をひねって、考えた事もなかったような世界の事を思案するわけです。
脱原発、地球の未来のために、年金代わりに発電を!

国が補償してくれる、国が進めている政策、節電しながら電気を売ってサラリーマンの公認サイドビジネスですか。

これだけ裏切られて、情報隠蔽の常習犯である国をまだ頼りますか(笑
発電システムの耐用年数、誰がどうやって決めたの(笑
耐用年数を過ぎて後何年使えるか?寿命が来たときの廃棄はどうするの?数年後にはゴミになってしまうんですよ。
果たして地球にやさしい生活?

まことしやかに正しい道であるかのように大きな声で見せ掛けのエコロジーを世間に流しまくる企業。

そんなものに喜んでお金を使う人々。
隣の家の持っている電気製品を自分も買えると豊かな生活になったと勘違いしてしまう人々。
だまされている事にいい加減気づけば良いのに。

こんな事を声にするといまだに変人扱いの世の中。
知らぬが仏。

目に見えないと言う事とは実にありがたいのかもしれない。
福島の原発事故がなかったら、ガイガーカウンターなんて日本中探してもごく一部の人間が知る道具であったに違いない。
放射能なんて、広島や長崎、チェルノブイリぐらいの連想しかしなかった人間がほとんどだったろうに。

福島の原発事故以来、広くガイガーカウンターが知られるようになり、放射能に対する関心が高まっていった。
今まで実に見えなかった物が、実感しにくい数値となって現れ、心に衝撃が走る。
当然目にしてしまった者は騒ぎ始める。

「大変だ、大変だ、放射能が検出された」

瞬く間にマスコミの餌となり、連日テレビで報道特集、国民は恐怖におののき、何とかしろよ国っ!と言う発想にいたるのは必然か。

思う事がある。
もし、福島の原発事故以前にガイガーカウンターでいろんなものを計測していたら、どんな世界だったのだろうと。

確かに、福島の原発で日本の放射能濃度が一気に高まったのは間違いない事実だろう。
でも発ガン率っていつ頃から高まってきたんでしょうね?
きっと、今まで関心がなかっただけで実はさまざまな食料が、放射能汚染されていても気づかれずに何の疑いもなく消費されてたんじゃないの?
目に見えないのいいことに…

世界の原子力発電所で爆発があったのは数件だけど、それ以外にこれまで核実験ってたくさん行われてきていて、その地球規模の汚染は計り知れないほどのものであると思う。
黄砂を集めて測定したら、きっとものすごい数値が出るんじゃないかな?
そんな黄砂は、日本のいたるところに降り積もってるけど、ほとんど誰も何にも言わない。
ほんとはすごくやばいんですよ。


見えないものが見える時代、便利であるがそれが幸せにつながるかというと微妙な気分。
顕微鏡ができて、今まで見る事ができなかった細菌が急速に身近に感じられるようになったのはいつ頃だろうか?
それによって予防できる病気もあったのは事実だけど、除菌こそが健康を維持する正しい道のようなおかしな認識が、かえって人間の抵抗力を奪ってしまったのも見過ごしてはいけない。
微生物には勢力の均衡がもっとも大切な要素でありそれはむやみに人間が介入して操作してはいけない分野だと僕は考えている。
味噌蔵の床は不潔なのか?
顕微鏡で見ると、おぞましいほどの微生物量だろう。
しかし、そこには人間にとって害のないはずの微生物が良好なバランスをもって君臨する事で均衡が図られている。
何十年、いやもっと長い時間そのように保たれてきた環境なんだ。

除菌を徹底された環境に育ってしまった人間がこの中に入ったらどうなるのか?

知らぬが仏。
今までなぜ自分が癌に罹ってしまったかわからずにこの世を去ることになってしまった人たち。
その病気は見えないものの仕業で、その見えないものは人間がつくり出して撒き散らした環境物質が原因だったんじゃない?
もし、もっと早くに食品となるすべてのものの放射能濃度を測っていたら、どんな結果を見る事ができただろうか?
放射能が目に見える現代、僕たちはこれとどう向き合って過ごすべきなのか?
自分の生活環境をガイガーカウンターで計りますか?
もしかしたら地球上に安全な住処なんて何処にも残ってないかもしれませんね。

核によってもたらされたもの、あまりに複雑な気分です。
友人が他界した事実を受け入れることが出来ずにいる。

僕はなにもしてやれなかった。
何ができただろう?
この3日そんな自問を繰り返していた。

「ちょっと話がしたいんだけど」と言って、相談をされた事がある。
その時は、落ち込んでいるのは判っていたけど、そこまで自分を追い込んでいたとは考えていなかった。

実は数年前に僕は、心を患っていた。
鬱ってやつです。

数秒前の記憶がなくなる、一桁の計算ができない、本を読んでも全く頭に入らない、などかなり深刻な症状だった。
「もう一生このままだ」とその時は思っていた。
どうやって生きていけばいいのか判らずに、苦しくて死ぬ事を強く考えるようになった。
あの時、そんな選択をしてしまっていたら、今のこんなに楽しい毎日はなかったんだ。
僕には自分の命を絶つ勇気すら持ち合わせてなくて、大事には至ってないんだ。
へたれで本当に良かったと思っている。

支えてくれて、助けてくれた妻には本当に感謝している。

葬式があると思い、奈良に喪服を取りに帰った。
奈良に到着後、葬儀は行われない事を知った。

何しに奈良に帰ったか判らなくなった。

家族の顔を見ているうち、一緒に過したくなった。


変わり果てた友人を救急車に入る直前で見た。
「帰って来い」って、心の中で思ったけど声には出す事が出来ずにいた。
その光景が頭の中で鮮烈で、もうそんな姿の友人を見るのは耐えられなくて、最後の別れの場面には行かなかった。
大切な仲間の最後に行かなかったのは、不義理だと思っているが、勝手に逝ってしまう彼の方がよっぽど不義理じゃないか。

行き場のない感情と、何もしてやれなかった後悔が、現実を受け入れられない原因。

彼の相談を受けたけど、要点がいまいちハッキリしなくて、自分が病んでいた過去のことを話した。
僕の言いたかった事は、そんな状態でも立ち直れる日が来るって事だったんだよ。
未だに、その当時の後遺症で、人として大事な部分が欠けている人間だけど、ちゃんと前を向いて進めるようになってるんだよ。
どうやってこの先生きていけばいいのか判らないのは、あの頃のままだけど…
でも、未来を約束されてる人間なんて誰一人居ない。
今を一生懸命でそれでイイジャン。

「生きてりゃ結構なんとかなるもんだよ」

あの時、彼に言ったら、それは心に届いたんだろうか?