「品川さんの研究って、塩類集積なんですよね。」
私は言った。

無事に平板を三脚に据え付け、測量を始めている。
品川さんは班員に指導やらアドバイスをしていた。
彼は振り向きながら言った。
「なに?興味あるの?塩害。」
「ありますよ。わたし資源行きたいんですから。」
私は立ち上がりながら言った。
中庭にあるメタセコイヤの盛り上がった木の根は、座るのにちょうど良かった。
「話、聞かせてください。」
私は言った。
品川さんは笑った。
「言ったな?人手足りないんだ。実験手伝ってよ。」
品川さんはそう言うと、また平板に目を向けた。
「良いんですか?」
私は品川さんの背中に向かって言った。
二年生の後期から実験の授業が始まる。
今はまだ前期、私は実験に対しての知識はない。
しかも研究室に所属するのは三年生からだ。
それなのに私が、手伝っていいものなのかと尋ねる。
品川さんは言った。
「はやくから実験するのは悪いことじゃないよ。むしろ強みになる。」
彼はまた振り向いて言った。
「明日、10時に研究室。あ、授業は?」
「金曜日は二限だけです。」
私は答える。
「じゃぁとりあえず10時においで。二限終わったら戻ってきたらいいさ。」
彼は言った。

私はこの時、次の日から資源研究室に入り浸る生活になるとは思ってもみなかった。
「あの、永井さん。教室に平板置いて来ちゃったんですけど、鍵開けてもらっても良いですか?」

私は、永井さんに声をかけた。
彼は振り向き、笑って言った。
「平板測量なのに?」
彼は、少年のように笑う人だった。

「行こう。統括って暇なんだ。」
彼は教室に向かって歩き出す。
右手にはいつの間にか鍵が握られていた。
私は後を付いて行く。

4月末のキャンパスは、新緑で埋め尽くされている。
2人は中庭を抜け、校舎と校舎の間を早足で歩いた。

「誰の班?」
少し後ろを歩く私に、彼は振り向くように言った。
私は小走りで彼の隣に並ぶ。
「品川さんです。」
「おお。俺も資源研なんだよー。品川くん、教えるのうまいでしょう。」
彼は前を向いたまま言う。
「はい。永井さん、資源なんですね。私、資源行きたいんです。品川さんにも色々聞いてて。」
私は言った。

二年生の前期のラストに分野分けがある。その分野分けによって、卒業論文を書く研究室が決まる。
「そうなんだ。資源人気だよー。頑張って。」
教室に着き、鍵を開けながら永井さんは言った。

私は中に入り、班の作業台から平板を取った。
永井さんはドアを開けたまま待っている。
私は急いでドアまで戻ると、お礼を言った。
「いいよ。統括って班持ってないから暇なんだよ。仕事ができた。」
永井さんは笑いながら言った。

教室の鍵をかけ、2人は外へ出た。
私は深々とお辞儀をする。
「ありがとうございました。みんな待ってるから、走りますね。」
「がんばれ。研究室、遊びおいで。」
永井さんは言った。
私は頷くと、中庭に向かった。


この日をきっかけに、永井さんと私は親しくなっていった。
測量実習のカリキュラムに、平板測量がある。

その名の通り、平板の上に直接紙を乗せ、作図をしていく測量だ。
平板はただの木の板だが、測量用の三脚に取り付ける事が出来る。そのままレベルを合わせ、測距をするのだ。

平板測量について座学を受けた後、実習に取り組む。

班ごとに測量機材を取りに行く人を決め、バラバラに機材室へ向かった。
残りの人は教室にある機材を持ち、中庭に出る。

私の班員も機材を持ち、中庭に集まっていた。
いざ実習を始めようと三脚を立てると、平板がないことに気付く。
平板は教室の卓上にあったはず。
誰も持ってこなかったのだ。
取りに行かなくては実習ができない。

教室までは意外と距離がある。
誰が取りに行くか、結局ジャンケになった。
ちなみに班員は全部で七人。女子は私ひとり。


「うそでしょー。」

案の定、私はジャンケンに負け、平板を教室まで取りに行く羽目になった。


「は?お前ら平板忘れたの?」
品川さんに伝えると、呆れ顔で言われる。
「教室鍵しめちゃったからさ、永井くんに開けてもらって。」
「永井くんって誰ですか?」
私は聞いた。
品川さんはため息をつきながら言う。
「知らないのかよ。統括だよ。あれ。」
そう言って永井さんのほうを向いた。
「了解でーす。いってきます。」
私は永井さんの所へ向かった。