もともとは白地の純粋な布だったのが絞られて、人の都合で自分の意図せぬ色に染められてしまうというのはよくある話なんだけど悲しい気持ちになってしまうのは自分だけだろうか。

絞られた跡が残ったからこそ染まった色が映えるというのがまるで人生を表わしているようで面白い。

藍色は絞られ染められた者の悲哀の色と考えるとこれ以上なくしっくり来てるような気が。
幽霊いてほしいなぁ。
死んでも何らかの形でこの世に留まりたい。

高野山で肝試し、っていかにも幽霊出そうだと思うけどそこでもし幽霊に出会えなかったら俺も幽霊になれないんじゃないか、死んだら何も残らないんじゃないかと思うと幽霊とはまた違った恐怖がありますね。

きっとそんな恐怖が幽霊を生むんでしょうね。

これは幽霊の色ということでどうか1つ。
何故橋を渡るのか?

橋の先に目的があるからだ。

かくしてロンドン橋は建てられた。
しかし幾度となくロンドン橋は落ちたり落とされた。
それでもその度建て直された。
ロンドン橋の先に目的があるからだ。
ロンドン橋の先に目的がある人の為にそこにあり続けるのがロンドン橋の存在意義なのだと思う。

夜明け前は多くの人が次の夜明けのために寝ていてロンドン橋を渡る人がもっとも少ない時間帯だろう。

人が渡らない橋は必要なのだろうか。

ロンドン橋がロンドン橋であるために、ロンドン橋は夜明けを待つ。
コンロン(昆崙)山脈(標高6000メートルクラスの山々が約2500キロメートルに渡って連なっている)で人間(約1.7メートル)が太陽(直径1392000キロメートル)に別れを告げ、夜に染まるその瞬間。

コンロン山脈はいつも通り佇んでいる。
太陽もいつも通り佇んでいる。
人間は自分より何千倍も高い山を何千年もかけて研究し何億倍も大きな太陽を何千年もかけて研究しその上で何日間もかけて命懸けで登る。

人間の主観である『コンロン山脈の夜のとばり』はそうやって生まれた。

多分何かを感じることができるのはもっとも小さな人間の偉大なる特権なのだろう。

黒髪なのに緑とはこれ如何に。


黒髪を引き立てる緑、と考えると肩まで届く長く黒い髪の子が青空の下の大草原で大の字になって寝てる図が一瞬で想像できた。


白いワンピースと麦わら帽子がセットでついてくるね。


あるいは樹の下で待ち合わせー、みたいな感じ。


サボテンの世話をしているとか、家でカメレオンを飼っているとか。


プレゼントしたエメラルドの指輪をしてもらって喫茶店で向かい合って好きなマンガの話をするというのもいいな・・・・


まあ、なんというかアレだ。


人の夢と書いて儚い。