朝焼けの空。
いつもの早朝の散歩。
もう、月見草が咲いていた。
月見草で、思い出すのが富士の山。
富士には二度、登った。その時、
「富士山は登る山じゃない! 見る山だ!」
遠くから眺めれば美しい富士も、登れば瓦礫の山。
彼奴はそう言いたかったのだろう。
―― そのうちに花嫁は、そっと茶店から出て、茶店のまえの崖のふちに立ち、ゆっくりと富士を眺めた。 ・・・余裕のあるひとだな、となおも花嫁を、富士と花嫁を、私は鑑賞していたのであるが、まもなく花嫁は、富士に向かって、大きくあくびをした。 ―― (太宰治・富嶽百景)
―― 全く異様のお客様だったので、娘さんも(茶店の)どうあしらっていいのかわからず、――
それこそ、富嶽百景、まさしく絵とドラマになるような借景。
生涯独身、いい伴侶に恵まれなかったけど、
あばたも笑窪、富士山は遠方美人というけれど、
いつの日にか、行けるなら、その現場にそっと立ってみたい。
その風呂屋のペンキ絵、芝居の書き割りというけれど、
その様々の心の視点に吸い寄せられるように、太宰のいう富嶽百景を堪能してみたい。
―― 富士には、月見草がよく似合う ――
彼奴も、奥さんを亡くして年老いた。もう三回忌が近いというのにすっかり意気消沈。
「お前は、気ままに生きて、気楽でええけど・・!」
他人の花は赤いだけや! と、ぼやいてみても、納得してくれれず、もう、慰める言葉も無い。
梅雨の合間の、早朝の散歩。
もう、月見草が咲いていた。