一週間ぶりの登校です。


先週の金曜日、突発的に早退して以来、土曜月曜と学校を休みました。


今も若干吐き気がしますが、とりあえず行ってみます。


この一週間いろいろ考えましたが、最終的に何がいけなかったのかがわかったような気がします。


多分、なんでも人と比べてきたのがいけなかったんです。


順位が着かないものまで無意識に人と比べていました。


生き方とか、幸せとか。


それでその度に勝手に劣等感にまみれていったんだと思います。


また、私の考える幸せと、私の追い求める理想が違うっていうのも無駄につらい思いをした理由だと思います。


でも、幸せっていう言葉自体、自分のことしか考えてないヤツの言葉だということや、つらい道を敢えて行くことに生きる意味があることを岡本太郎さんの本を読んで知りました。


思い出してみると、三島由紀夫もまた、悩んだり苦しんだりしながら敢えて人前に出て派手に振る舞っていた人でした。


私が魅力を感じるのはそういう人たちだったようです。


ある意味究極のMなんじゃないかとも思いますが(笑)


それでも、自分の理想像も、敢えて苦しまなければ叶わないものなので、彼らのように生きていきたいと思いました。


つらいと思うのは、自分が理想を追っている証拠


幸せだと思うとき、幸せなのは自分だけ


それを忘れずに、今日から社会復帰します。
初めて出たイタリア語は、先生がイタリア人であるためか


英語5割
イタリア語?4割
日本語1割
で授業が展開されていました。


言っていたことの2割しかわかりませんでした。


ところで、今朝電車に乗っていて思ったのですが


自分の思うことを否定しなければ少しは楽になるんじゃないでしょうか。


大学が嫌い
友達と合わない
親に腹が立つ


こういうの全部、このままにして生活すればいいんだと思います。


大学を好きにならなきゃ
友達と合わせなきゃ
親と仲良くしなきゃ


そう思うからいちいちイライラしたり沈んだりするわけで


こうじゃなきゃダメだ


なんてモノは無いのです。


大学が嫌いなら、無理に愛校心や恩を感じようとせずに授業だけ出て自分のスキルアップに利用すればいいし


友達と合わないなら、なんとなくの付き合いでいればいい


母に腹が立つならあまり関わらなければいい
……こちらは既に実行してますが(笑)


面従腹背という言葉がありますが、そういう生き方もアリだと思います。


ずるいけど仕方ない。


一時期は本当に大学辞めたかったけど、


大学が嫌いだと認めた途端に、まだ通える気がしたから不思議です。


2時間超通学は面倒ですが、電車に乗ってる時間は好きです。
今日は一週間分の予習やら復習やらをしていました。


途中何度か休み休みやったせいか全部終わらず。


もうなにもしたくないです。


私が今一番したいのは
大学もバイトも投げ出して、人との関わりも全部絶ってしまって


部屋に引きこもるか、
遠くへ行くか。


でもそんなこと願ってる人、たくさんいるんだろうな


そして、そんなことを願いながらもみんな何とか頑張ってるんだろうな。


昔は、勉強さえしていられたら幸せとか言ってた気がするけど、今は勉強もたいして面白くないです。


なんかもっと楽しいことや幸せに思えることがありそうなのに検討もつかない。そんな感じです。


最近頭の中をグルグル回って離れないのが、アヴリル・ラヴィーンの『What The Hell』の一節で


If you love me,
If you hate me,
You can't save me.


ってとこです。


あなたが私を愛していようと嫌いだろうと、
あなたに私は救えないのよ


って、すごい共感します。


結局、親がいようと恋人がいようと、誰がいようと自分を救える、幸せにできるのって自分だけなんだと最近痛感します。


アヴリル自身がそんな意味を持たせて歌ってるかって聞かれたらわからないっていうか違うと思いますけど(笑)


イライラしたときに思い出すと多少は落ち着きます。


なんかやらかしたいです。
今の生活や自分を変えるような何かを。