一声かけようよ 続き | 旅中毒

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「一声かけようよ」 の記事 で書いたようなパターンでなくても、口で言わない人は多いように思います。


人ごみの中や、エレベータや電車から降りる時。

黙って割り込んで行って、腕や肩で相手の体に触れたり押したりすることで、自分が通りたいのだと言うことを相手に気付かせる人がよくいますよね。

あんなの、「すみません、通していただけますか」 と声をかけて開けてもらえばいいのになーと思います。


知っている相手なら声をかけるんでしょうに。
知らない人が相手なら、声をかけるより体を接触させる方を好むのはなぜなんだろ。

身体的接触は声をかけるよりも親密度が高い行為だと思うんですけど。


あるいは、これも 「言わなくても察して」 の一種なんだろうか?


通してもらえませんかと声をかけるのは、相手に 「どけ」 と要求する行為であり、親しくもない人を相手にそんな要求をするのは失礼である。

そんな図々しい礼儀知らずな人間にはなりたくない。

そこで、体を当てることで、相手のせいで自分にとって好ましくない状況が発生していることを無言のうちに悟らせ、相手に 「あ、私の方が迷惑をかけてる」 と思わせて、“自発的に” どいてもらう。




と、ここまで書いてほったらかしにしていて、前回の記事にいただいたコメントで思い出したことがある。




日本でアフタヌーンティーのマナー講師をしているという英国人が、日本人がよくやらかしてしまうマナー違反として、こんな事を言っていました。


「テーブルの上で遠い場所にあるシュガーポット等を取ろうとする時は、声をかけて取ってもらうもの。隣の人のお皿の上の空間はその人のテリトリーなので、そこに腕を突き出したりするのは大変失礼。でも日本人は黙って腕を伸ばしてその空間を侵害する」


そして私からこれを聞いた日本人が、こんなことを言っていました。


「腕を伸ばしかけた時点で、その人が何かを取りたがっていることはわかるはず。隣の人がそれに気付いて取ってあげるべき」


どっちが正しいとかじゃなくて、象徴的だと思いました。

こう考えてくると……


相手の要求は言われる前に察するのが日本的には礼儀である。

なので、察してあげられず相手に言わせてしまうのは礼儀知らずである。

逆に、自分の要求の為に相手を 『礼儀知らず』 にしてしまうのは申し訳ない。

だから、無言で自分の要求をアピールして、相手に気づかせてあげる。


ってことなのかも。


日本でだって声をかけるのが礼儀に反する行為ってことはないはず。

でも、声をかけられる前に気づくのが好ましいという相手方の都合により、こっちも声をかけない方がいい → 声をかけなくてもいいと言う流れになってるのかもしれない。


イライラしてないで声をかけた方が早いしお互い気分が良いと思いますが。



言われなくても察する気遣いの文化は世界に誇る日本の美徳です。

しかし、「だからどんな場面でも相手がこっちに気を遣って、こっちが言わなくても察するべき」 と怒る人は、逆に図々しい人になっちゃう。

そして、『言わなくても私が望むように動いて欲しいのに、そうしてくれない!』 と黙ったまま恨みを募らせている人は、損しているだけだと思います。


その場で一番いい結果を出せるように自分が対応すればいいんじゃないかな。
言った方が良い場面、言わなくてもわかってもらえそうな場面、それぞれに。



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