前回、「山吹色のお菓子」 をご紹介しましたが、あれって、若い子には通じないんじゃないだろうかと後から思ってしまいました。
だって、「山吹色のお菓子」 と聞いても何のことか理解できないんじゃない?
記事を読み進めてもらえたらわかっただろうけど。
で、本題に入ります。
先日、旅友達と飲みました。
そのちょっと前に5ヶ月の放浪から戻ったばかりだった彼女は、私にお土産を持ってきてくれていました。
一つはインドの刺繍入り布カバン。
私がそういうものを普段からよく使っていると知っているので、買ってくれたもの。
そのカバンの中には更にチマチマと色んな食品を入れてくれていました。
ミントティーのティーバッグとかね。
そのうちの一つが、インスタントラーメン。
渡したたちが見なれたあのサイズではなく、その4分の1くらいの。
ちょっと小腹が空いた時にいいんじゃないでしょうか。
彼女が言うには、私は異国ならではのものを楽しむので、お土産が選びやすいとのこと。
彼女も私と同じで、その国でなければ買えないようなものをお土産にするのが好きなのです。
その国でなければ買えないようなものとはつまり、街中にしか売っていないもののことです。
免税店で手に入るものなんかどうでもいい。
むしろ免税店で買えるものだと、何が喜ばれるのかわからなくなったりする。
どれも同じようなものばかりなんだもの。
しかし彼女も私と同じで、最近はそう言うおみやげを買うのを自粛しているのです。
喜んでもらえないから。
私も姉に散々、その国でなければ買えないようなお菓子や調味料、缶詰、インスタント食品などを持ち帰って、困惑されたものです。
これは姉が特殊なわけではない。
「変わったもの」 を警戒し遠ざける心理と言うのは、誰にでもあるものです。
この場合の 「変わったもの」 とは、「自分の日常にはないもの」 という意味です。
そして旅好きな連中は、そういう 「変わったもの」 が好きと言う場合が多いのです。
だからわざわざ変わったものの集合体 (他県とか外国とか) に行きたがるのです。
もちろんこれも人によりまして、何が何でも米の飯がなきゃ嫌だと言って、バックパックに炊飯器をつめこんで旅している猛者もおりました。
「変わった食べ物」 が好きとか嫌いとか言う以上に、彼自身が旅行者として変わっている。
彼が 「変わっている」 というのは、少数派と言う意味での 「変わっている」 です。
お土産に話を戻しますと、私がよく姉や自分用に買っていたものが、クノールやマギーが出している、粉末のスープ等です。
あと、水で溶いてドレッシングにするやつとか、炒めもの用のシーズニングとか。
コンソメのキューブでも、チキンだけでなくビーフやポークとか、マッシュルーム味とか、色々あって面白いの。
でもまあ、姉としても、自分でさえ微妙に思うものを、自分の10倍も食に関して保守的な夫や息子たちの食事には使いにくかったことでしょう。
こういった調味料類は、そのうちガッツリまとめて記事にしようと思いつつ3年ほど経過しておりますが・・・
とにかく、こういうのは、誰にでも喜ばれるものじゃないのでしょうね。
あと大きなポイントとしては、口に合わなかった時にそれをどう感じるかです。
私にしても友人にしても、口に合わなかった食べ物の思い出は、土産話のうちでも特に面白い部類に入ると思うタイプ。
旅ブログをあれこれ読んでみても、いかにどこそこの○○が口に合わなかったかの思い出話が、たくさんたくさん書かれている。
それも楽しそうに。
ある意味、嬉しいんですよね、口に合わなかったことが。
だって、せっかく 「変わったもの」 の中に心身を浸しているんだから、変わったものを味わってびっくりしてみたいもの。
こんな事を書いていると、やはり旅好きな人間とそうでない人間って、ものの捉え方からして差があるんだろうなと思うのでした。
