東郷は、きめていたインディアンデスロックを相撲取りの足の力で外されて防戦に回っていたが、タイラーはどうやら優勢に戦いを進めているようであった。
吹き矢を浴びて痙攣を始めた最上の身柄をウェンディが確保すると、ハンスは椅子に腰掛けたままの銀猫に飛びかかって行った。銀猫はフンと鼻を鳴らすと、スルリと椅子から身を摺り降ろしたので、ハンスは空っぽの椅子に体当たりを食わせる形となった。銀猫は下からハンスのみぞおちを蹴り上げ、反転して立ち上がるとジャンプ一番、天井に叩きつけられたハンスの顎に頭突きを放った。
「ぐぇ」反動で降りてきたハンスの腹部に銀猫が手刀を突き刺そうとした瞬間、鳥海あずさがトーキックを銀猫の腹に見舞った。銀猫がのけぞる間に、あずさは気を失ったハンスの体をドア口に放った。「頼むわ、ウェンディ。」
「お前、なかなか使えるようだな」体勢を立て直した銀猫は、蹴られた腹をさすりながら言った。あずさは身構える。
「女だからといって容赦はしない」と言いながら、銀猫はステンレス製の牙を口に、長く鋭い銀色の爪を両手に装着した。「この牙にはトリカブトから取った毒が塗ってある。今のうちに念仏でも唱えておくんだな。」
「そっちがその気なら」あずさは磁気靴のかかとを強く床に打ちつけた。ジャキーン。磁気靴の甲の部分から、出刃包丁がニュッと生えてきた。「殺すわよ」あずさは低い姿勢になり、ヌンチャクを両手で持ち、構えを決めた。
じりじりと間合いを詰める二人の横では、タイラーがボクサーの腹の上に馬乗りになり、顔面をめった打ちにしていた。さらにその横ではサバ折りをかけられて息ができない東郷が、最後の手段とばかりに相撲取りの首を絞め返していた。
男女二人の間では、あずさのヌンチャクが先制攻撃として銀猫の頭部めがけて振り下ろされた。銀猫は左手でヌンチャクを払いのけ、右手の爪を突き出す。左回転で爪をかわしたあずさは銀猫の脇腹への回し蹴りを狙うが、銀猫は左手の肘でそれを受け、空中で前転して踵落としを試みた。あずさは両手のヌンチャクでそれを受け、銀猫の軸足を払おうとしたが、銀猫はバック転でヌンチャクをかわした。ジャキーン、チュイイーン。一瞬も気を抜けない連続技の応酬である。
上から下へ、右から左へと、円運動を利用した鳥海あずさの攻撃が続く。しかし攻撃パターンが単調になっては銀猫の防御も楽になり、反撃のチャンスを与えてしまう。そう思ったあずさは左への回し後ろ蹴りの後、右に反転する代わりに再度左への小刻みなキックを試みた。虚を衝かれた銀猫は防御がわずかに不正確となり、出刃包丁の先が銀猫の右腕外側の筋肉にヒットした感触があった。
「うっ」という低い呻き声を聞いたあずさは、さらに左側から顔面を狙っての後ろ蹴りを、今度は決めに行くという意気込みで放った。銀猫は「がああぁ」と叫びながら紙一重で後ろ蹴りをかわすと同時に、右手の爪であずさの足先を回転に逆らわない方向へ強く叩いた。
その結果あずさの体は独楽のように右回転しながら吹っ飛んだが、同時にあずさは右足のふくらはぎに激痛を覚えてうずくまった。無理な体勢からの蹴りに強い外力が加わったことによる肉離れである。左足だけの力で立ち上がってはみたものの、腰が入らない状態で振り回すヌンチャクに威力はなく、銀猫に両手をつかまれ、左足を払われて、あずさはなすすべもなく押さえ込まれた。
「フッフッフ」銀猫は笑みを漏らすと、あずさの胸の谷間に沿って猫の爪を縦に差し込み、サッと引いた。あずさのTシャツの前がはらりと開き、いくぶん汗で上気した、張りの豊かな白い果実があらわれた。「美しい…」銀猫が爪の先をピンク色の先端に近づけると、あずさは逃れようとして空しく身をそらす。「すぐに楽にしてやる」銀猫はあずさの胸元に毒の牙を突き立てる体勢に入った。その時、
「アズサ!」気を失ったボクサーから離れて側面から突進してきたタイラーのタックルが銀猫をあずさから引き剥がした。男二人の体はそのまま机をなぎ倒し、キララの内壁に衝突した。銀猫は怒髪天を突く表情でタイラーの首筋に猫の爪を振り下ろそうとする。タイラーはその手首をつかむと、衝突した壁面を蹴って空中を飛び、今度は司令室中央の柱に二人の体を激突させた。激突する瞬間、銀猫のみぞおちに膝蹴りを決め、眉間に頭突きを決めたタイラーは、伝家の宝刀である正拳一本突きを銀猫の上顎めがけて繰り出した。しかし銀猫は正拳をかわすと、毒の牙をタイラーの胸板に深々と突き立てた。
相手を殺すつもりで放った正拳を金属製の柱に打ちつけてしまい、胸に傷を負ったタイラーは、さらに肩にも猫の爪攻撃を食らって床に倒れこんだ。しかし彼は最後の意地で銀猫の足元をがっしりと抱きかかえた。
足を固定された銀猫の首には、その背後から東郷の鋼鉄の腕がからみついた。相撲取りは東郷の首絞めにより既に気を失っていた。呼吸を止められた銀猫は、猫の爪を東郷の二の腕に突き立てようとしたが、東郷が首を絞める力を増したので容易に力が入らない。足をバタつかせ、手を伸ばすと、銀猫の手は自爆装置の赤いボタンに届いてしまった。
その時、床を這って近寄ってきたあずさは、左足で立ち上がるなり両手に持ったヌンチャクの尻の部分を銀猫の眼窩に打ちつけた。両目を潰された銀猫が「ぎゃっ」と叫ぶのと、その首の骨が東郷の腕の下でボキッと折れるのは、ほとんど同時であった。東郷が手を離すと、銀猫の体は無重力空間をゆっくりと漂った。
体じゅうの穴という穴から体液を空中に振り撒きながら、死んでいる筈の銀猫はそれでもニヒルな笑みを浮かべていた。はっと顔を見合わせた東郷とあずさは、銀猫の手の先にあったコントロールボックスを見やった。自爆装置の赤いボタンは、押し込まれた状態にあった。