【2022年3月11日(金)】 天候∶晴


太平洋戦争末期の1945年(昭和20年)3月10日未明、約300機のB29による下町地区を中心とする無差別爆撃で一晩にして10万人もの尊い命が失われました。

毎年3月10日になると東京大空襲のニュースが流れ、その度にその歴史を学びに行きたいと思っていましたが実行していなかた為、休暇を取って出掛けてみたのでありました。


AM8:00  浦安の自宅を出発。行きは葛西橋通りで行くことにします。30分ほどで旧江戸川にかかる浦安橋に到達。橋を渡ると東京都江戸川区へ。


葛西橋通りを都心方向へ進み、荒川にかかる葛西橋を渡ると江東区に入ります。

北砂の貨物の線路の下をくぐります。「高さ制限1.6m」とありますが普通にくぐれました。

AM10:30  江東区北砂の東京大空襲戦災資料センターに到着。

入館料¥300を支払い中に入ります。

1階には東京空襲被災地図の展示と語りべさんによる空襲の説明のビデオが流れていました。

2階に上がると戦時下の日常の姿の展示が。

灯火管制下の部屋。

E46収束焼夷弾の模型。中にはM69油脂焼夷弾38本が納められ空中でバラバラになりリボンの部分に着火すると筒の内部から粘着性の燃焼剤が飛び出して発火、燃焼剤は壁にへばり付いて燃え続けるとのこと。この兵器は米軍が木と紙で出来た日本家屋の構造を徹底的に研究し、消せない火災を起こすことを狙ったもので、砂漠に日本風の木造の長屋を建てて焼夷弾の実証実験を重ねたらしいです。

火の海と化した下町はさぞ恐ろしかったでしょう。
1時間半ほど展示を見た後、「戦火の下で」の銅像に合掌してセンターを後にしました。

帰路、センターの近くにある砂町銀座商店街で晩ごはんのおかずを買うことにしました。

帰りは清砂大橋通りを行くことにします。

清砂大橋を渡り、ここからは荒川沿いのサイクリングロードを進むことにします。

サイクリングロードを河口に向けて南下。右側は荒川、左側は首都高速中央環状線です。

河口に到達するとそこは葛西臨海公園。宿泊施設であるシーサイド江戸川の前では早咲きの桜が満開でした。

旧江戸川にかかる舞浜大橋を渡り、PM3:00  浦安の自宅に戻って来たのでありました。


【本日のデータ】
・歩行ルート
・歩行距離 24.5km
・1kmの平均時間 10分30秒
・平均時速 5.7km
・ストライド 77cm
・消費カロリー 2,207kcal