色々、自分の思うところを日記に綴ってきた。
今、感じることは、
どうでもいい。その一言。
何が気に入らなかろうが、
自分に毒を見つけようが、
それが人生というものだとわかった。
昔は、人生50年と言ったらしいね。
私は50歳にはまだ届かないけれど、
もう50年近くになる。
幼い頃に感じた疑問。
どこから来て、何処へ行くのか。
それすら、どうでもいいと思う。
間違いもなければ、
正解もない。
思うように進み、愛を見つけ、育み、生活する、それが人生。
笑ったり、怒ったり、悲しんだり、
喜怒哀楽を持つ。
それが生きること。
美味しいと食べる。
感謝する。
それが即ち、生きること。
生きてきた。
人生を謳歌したと言える。
幼少期から、
たくさん辛いこと、苦しいこと、泣き濡れたこと、自死を選択したこと、色々あった。
大人になって、
たくさんたくさん、幸せを感じた。
自分は本当に幸せだと、心から思う。
色々あるんだ。
それが人生なんだ。
だから、今思えば、悩みなんて悩みだけ。それでよかったんだ。
普通より、執着心はない方だと思う。
ない方だと思うけど、
やはり、無理なんだ。
娘のことは。
娘を失う怖さより、
娘がこれから味わう苦しみを、
たくさん諦めねばならない人生を、
苦しむ姿を。それを思うことが辛い。
まだ小さいよ。
行ってきます!と行って玄関を出ても、
無言の帰宅をする子供さんも沢山いる。
私の友人もそうだった。
娘には、時間という希望がある。
私が、亡くなった友人の家族であれば、
そう言うだろう。
まだ希望がある。
一緒の時間を大切に過ごせる。
まだ沢山話せる。
それがどれだけ恵まれているか分からないの?
私なら、そう言うだろう。
その通りなんだ。
時間を貰えている。
時間があるというのは、ジワジワ苦しいこともある。
だけど、幼子と過ごせる時間。
語り合える
笑いあえる
今を生きられる四女の去年の七夕の短冊には、
世界中の人が幸せになりますように
と書いてあった。
5歳で世界平和を願うなんて、
変わってるねー
自分のお願いはないの?と聞いても、
世界中の人がみんな幸せになったら幸せだから!と言っていた。
今思えば、誰も気づかないところで、
あの子の人生の時間は、濃密だったのかも知れない。
事故に遭わないように、
階段に気をつけ、車に気をつけ、必ずチャイルドシートをつけて、駐車場では手を繋ぎ、スーパーでも目を離さず、
毎日毎日、どの子にも安全を確保してきた。
それが、突然の難病発症なんてね。
守りきる限界の範囲外だよ。
どうかどうか、あの子に幸せな人生を。
あの子をまだ連れて行かないでください。
抱きしめて、抱きしめて、ずっと抱きしめていれば、病気が溶けて消えてくれるかな。
毎日毎日、
ビタミンやミネラルの療法を模索している。
免疫抑制剤を服用する娘。
飲ませたくない、必ず、良い方法を見つける。