私は人生で一度だけ

ラブレターを書いたことがある。


それは高校2年の頃で、

お相手は同じ高校のひとつ先輩で

長髪で背が小さくて制服がダボっとしてて

体ごと笑ってる時と

真剣な顔のギャップがお見事で

声が少しハスキーで

バス停でよく見かけてるうちにズッポリw


好き過ぎて、授業中にも

かっこいい!好き好き!って

手が勝手に教科書の隅とか

なんならノートにドカンと書いてしまうくらい

溢れてしまって。



同郷の先輩がたまたまその人と

同じクラスだったから

そこから先輩の時間割を入手!

移動教室ですれ違えるところを

自分の時間割表に❤️書いてあったのを

いまだに覚えている。

そうです、ただのストーカー笑笑


だって大好きだと思ってたから。


普通に話しかけるチャンスは、

度々あったのに

緊張し過ぎてロボットダンスみたくなって🤖

 好きな人とうまくいかないのって

 自然体じゃなくなる気持ち悪さもあるかもなぁ



ある日お手紙を書くことにしたら

練り直して練り直して

こねくり回して

夜中に渾身の一通が仕上がって


自分の中では“出し切った感”があったので

渡したはいいけど、

“あの時先輩がああしてたの、見てました。”

“ここでも会いました。”

“あの時先輩は笑ってこう言ってたのが面白かった”

みたいな。・・・もはや呪いのお手紙やん。。



まあね、まあまあ、

バンドとかしていたし

勝手な妄想で好きだっただけで

ただの推し活だわな。

推し活越えてストーカーだわな。😅



結局、友達がその先輩と付き合うことになって

でも、何ヶ月かしてお別れして

どうして別れたのか聞けば

「エッチばっかで嫌になる」とのこと。



おいおいおいおい!!!って

良くも悪くも

色んなこと思ったよね🤭



代わってくれよ!とも思ったり、

そんな人なんかいっ!!と思ったり


“いつでも側でギターを弾いてもらえる”

とか

“いつでも笑っててくれる”

とか


そんなんでもないんかい!!!



人を好きになるってなかなかなことだと

この歳になったらやっとわかる。




なんか好き💗って思っても

やはり違ってるところもあって


だから、

この歳まで結婚しないお友達の気持ちもわかるし

あの頃結婚してしまった相手が旦那である意味も

なんかわかる気がした。

勝手な想像と勢いとタイミングね。



好きに絶対は無いし

完璧な人も居ないし

変わらない人なんて居ないのだ。



結婚したと言うことは

その時の自分に必要な学びがそこにはあって、


それが命尽きるまでやり続けることなのか?

早々に「離婚」と言う経験のためなのか?

人それぞれなのだよ。、



誰かに気を遣って不自然にあることは無いと思う。



それを社会不適合というなら

社会ってかなり統制された舞台なんだな。

本能剥き出しなら奪い合いになる?

そんな世界が私の中には無いけどなぁ。


社会不適合が悪。

ー誰かがそう言ったんだっけ???

私の周りではそんな人がたくさん

自由に泳いでいる🤭



ふらふら??してないよ。

自分の魂で自分の命の責任を

しっかりと自分で持ってる!


むしろ、自分をしっかり持ってるし

他人のことをあれこれ指摘もしない。

自分勝手とは違う。

『わがまま』を“我のまま”って言う感じ。


そして、世間には馴染むようにしてるから

話すまでわかりにくくて

ちゃんと大人っぽいのが凄い😅





今朝、たまたま夫がある出来事について

それに似た話になって


「俺は無理や!なれん!」って言ってて


あー。

だから一緒に居るし、居心地悪いのか

って両側感じた。





どっちも良くも悪くもない

ただそれだけのお話^ - ^




やババババ!

スナックの準備せねばなのーー!!!!

読んでくれててありがとう😊






ぷしゅん!


ほなまたねー🤚






















「このゴミが入ったら🗑️」
「次の信号が通れたら🚥」
「次来る車が赤色なら🚗」

そんなプチおみくじを
ことごとく続けざまに外してて




…いや、


ことごとくでも無くて
いいことも他にはたくさんあるのに

不安になって心が負けると
心がダメな方に傾いて固定されてしまう。




それに気付いて
無理していい方に思おうとすると、

自分から不自然なキャラが出て
自分発の変な波動は
波紋のように外にも広がって
身の回りの空間も歪む




じゃあ、そもそも
プチみくじをやめればいいのか?😅

それでもない。


“無理して”のところの変な負荷をやめる
コレだけかな?って思う。


プチみくじやりましたー。
外しましたー。

すんっ!


って自分に戻ればいい🤭
律儀にそこに向き合わなくていい。



律儀にそこに向き合わなくていい。
と言うお知らせが
最近よく来る。




見たこともない人で、
今後も長いお付き合いにもならない人
その人に対して[誠意]だと確信して
一生懸命私なりに向き合ってみても

お互いの時間の無駄になってることは
多々あって、


例えば
営業の電話も
かかってきた瞬間に要件を聞いてみて
断るためにお話してると
そこを潰してくるのがいわゆる“物売り”で

私はそれも
「いやいや、私の状況がかくかくしかじかで…」
って、誠意を持って答えているうちに

「そうしましたら資料を送らせていただきて
来週改めてご説明を…」ってまだ来ると
ほんとにどんどんとお互いの時間が取られる


聞いてみないとわからないから
説明してもらってることはとてもありがたい。

もしかして私にとって
凄くいいものかもしれないしね。

「しかし、
自分から欲しくて探してたものでもないし、
要らなくね?

でもでも!!
ここでチャンスを逃すとなればそれでいいの?!」


とか、もじゃもじゃ考えちゃうのよね。







あー!

そういえば、伏見在住の不思議師匠が
私によく言う。

「もっと頭をシンプルにしいや!」

「行くか行かんか、やるかやらんかだけやろ!」

最近も言われたな😅

その方はディスレクシアを持っていて
*知的発達には異常は無いけれど
 文字の読み書きが困難な障害
文字のやり取りが簡潔!!


私はああだこうだが多いので、
「あんたはまたそれかいなー」って言われる🤭

私も元々、
言葉に縛られるのが嫌だから
文章では言葉は少なめなのに

ある時誰かに言われた
文章が読みにくいとか誠実さが無いとか
自分のダメダメに
ずっと囚われて苦しんできた。


自分の物差しでは無くて
誰かの価値観で自分が萎縮してしまうのは
自分が自分からどんどん乖離して
変な波動で周りの空間まで歪んでしまう。


だからって、
自分本位だけではもちろんいかなくて
他人のことも考えられないといけないが、
他人のことも考えるという言葉も
よく思考すれば、
他人のことを考えるとしても
所詮は私の勝手な憶測にしか過ぎないから

「他人の気持ちも想像して」
と言う言い方の方がしっくりくる。
配慮してたって、
不本意に他人を傷つける失敗もあるしさ。



それもこれもぜーーーんぶひっくるめて


すんっ!

ってしてられる修行を
最近重ねてさせてもらえてよかった^ - ^




自分を整えることが気持ちよくて
気持ち良さで選ぶことで
自分が整うのがやっと
感覚がちらほらわかってきて
乗りこなせてる感じ


文章で読むのは簡単だけど、
体感するのは違うんだぞ!



まだまだ楽しいっす🙃





今日はここまで!
また来てね🤚
















プライドが高い

気にしい


臆病


怖がり



人の目が気になる


最後までやり切る自信がない



同じことをずっと続けることが怖い



変化したくなってしまう。



私が唯一飽きずにしてるのが自己理解。

あとは、心を向けること。



スナックたえの挑戦は

『失敗の練習』と言うテーマと

『成功にむけて何度も練り直す鍛錬』

『やり切ること』

『自分をアピールすることの練習』

『すぐに人に頼らない』

『お金をかけずにできることだけやる』

『シンプルな判断』

などなど、

いろんな課題を掲げてやっている。


結婚してからピタリと止まった成長

自立できない心の弱さと甘え


今まで苦手で逃げて来た事ばかり。


こんなチャンスを自分で作った私エライ👏☺️


自分に重なるの定期テストは

月一回を全6回。


つまり、半年かけて取り組むよ!!


Instagramは、

日頃ののんびりしたところしかあげてなかったのに

一気に広告モード😅

みんなに嫌われないかなぁ?

変な不安と孤独感で

体が壊れそうになるんよね。。


普段、勢い付いてるくせに

ほんとにチキンで嫌になる。



落ち着いて…

自分に重なって…



周りは見えてるかな?

自分は無理してないかな?

伝えたいことをちゃんと伝えてるかな?

人の評価を気にしすぎてないかな?

「それってあなたの意見ですよね?」って

しっかりした気持ちを保ててるかな?

変なジャッジは入ってないかな?

人の応援をネガティヴに受け取ってないかな?

何度も何度も日々確認してる。


お誕生日の11/18から毎月18日


4/18にはどんな私になって

どんな景色が見えてるんだろ??




ぼけーーーーっと

のんびり生きてりゃいいものを



私は何をやってるんだ😅




でもね、

無理しないの。


カッコつけて無理しない。



で、馬鹿みたいに

“とりあえず”やってみる。



年が明けたら和身塾卒業から丸三年。

家事育児で家庭に立て籠ってきて、

和身塾が初めて世間に出たきっかけだった。

あの頃の私は、いつも鎧を着て

とにかくニコニコしていた。

でも大きな声で笑うことは目立ってしまうから

稽古中でも、馬鹿笑いしてしまったら

焦って両手で強く口を押さえていたのを

今でもしっかりと覚えている。

その私を見て「それをやめないで!」って

「もっとそれを出して!」って

指導者の方に何度も何度も言われたけど、

まだ、怒られてると思ってたから

萎縮しまくっていた。懐かしい。。


相手をしっかりとみる。

手先を動かして相手をコントロールするんじゃ無くて、仕掛けることをやめること。

もっと自分に臨場感を持つこと

相手としっかりと繋がること。


あの時の体感覚をずっと頼りにしながら

ここまで自分を見つめて来た。



勿論その間には

たくさんの出会いと別れがあった。



それぞれの出来事が

最高で最善のタイミングだったんだと思う。


この半年のチャレンジは、

まだまだ完成ではなくて

シーズン1になると思う。



しっかりと決めること。

不自由な中の自由を楽しむ。

愛として受け入れる。


私は縛られていない。

私は尊重される。

安心で安全に生きられる。




頑張れ!私!!🤭






人生ってなかなかやること多いな。



















ほなまたね!