私は今年50歳になる。
結婚して22年を迎える。

2人の娘が成人して
私は何年か前から
少しずつ家庭の外を歩き始めている。

特別なことはしてなくて、
私の興味が湧いたところで景色を見たり
いろんな人と話して
いろんな世界に触れている。
最初は外に出るのが怖かったけど
ラプンツェルになった気持ちで
大冒険しているみたいだった。

外の世界に自分がなかなか馴染んでないことにも
外に出たばかりの私はわかってなかった。

2年ほどかけて少しずつ行動範囲と
交友関係を広げる中で
今はひとつ強い違和感にぶつかっている。

「パートナーは一人だけ。
その人と何でも共有するのが理想」
という考え方への違和感。


外に出て人と話してみると
人にはそれぞれ得意な世界があって

レトロな話をするのが楽しい人。  
最新のガジェットを語るのが面白い人。  
とても繊細な感情の話ができる人。  
神様や目に見えないものの話ができる人。  
ただ笑っていられたらそれでいい人。

人は、みんな違う。

それなのに
「たった一人のパートナーと全部共有する」
というこのルール
普通に考えてあり得ないと思う。

恋愛、友情、知的な会話、趣味、人生観。  
全部を一人の人に集約させる。

もちろん、
それが奇跡的に成立する人もいると思う。  
でも、現実にはそれぞれ違う相手と深く話した方が  
世界は広がることも多い。

私は家庭という縛りが
ほとんど無い環境で育ったから
家庭という血のつながりだけの集団が
不思議に見える。

去年、
「ポリアモリー」という概念を知った。
ポリアモリーとは
複数の人と誠実な関係を築くという考え方。

誤解されやすいけれど、  
単なる自由恋愛というよりも  
「人間関係の可能性を一人に固定しない」
という発想に近い。

はたまた、
「コンパニオンシップ」と呼ばれる形もある。
コンパニオンシップは
恋愛の高揚だけではなく
・安心  
・信頼  
・生活の協力  
・人生を一緒に作る
そういった基盤を共有する関係。

多くの子育てを終えた夫婦は
こうなって行くと思う

好きとかときめきなんかは一切無いが
自分の居場所になりうる関係。
長く積み重ねてきた歴史があるし
少しの距離を置くことで
一番気を使わなくてすむのはこの人だった。
的な^ - ^


シブがき隊のふっくんは、
奥様と離婚して家を売り払い
マンション暮らしをしているが、
隣の住人はなんと元奥様のつちやかおりさん

お互いがプライベートは離れながらも
困った時は助け合う仲らしい。

そう言う最新型を地で行くところが
タレントたる所以な気もするし
いつでも逃げずに真摯にぶつかってて
素晴らしいと思う。

私自身、
離婚?卒婚?自立?なんて言う思いを経て
この二つの概念の間で  
自分を観察しているところ。


一人の人と深く繋がっていたい。
「どこまでも愛せるのは貴方だけ」
なんてことをいつだって言いたい。

これが永遠であればどれだけ尊いだろう。
いつまでも続かないことがあるのを
多くの経験で知っているからこそ
そんな言葉は体から漏れてしまわない限りは
言えんのです。

1人の人と深く繋がっていたい
しかし、
世界は狭くしたくない。


純粋で至って真面目な様々の矛盾を
どう扱えばいいのかがまだ分からない。



ただ、はっきりしているのは  
少し外に出て歩き始めたことで  
停止していた心が
自分の中で確実に動き出したということ。


家庭の中だけにいた時には  
見えなかった問いが今は見えてきている。

「自然な自分で生きる」とは何なのか。  
「パートナーシップ」とは何なのか。


今の私の課題は  
この違和感をなかったことにせず、  
諦めないことなんだと思う。



若い頃、
気取ってHIPHOPやRBを
聴き散らかしてたうちのひとつに
Nellyのジレンマがある

愛だけで全てを選べたら
そんな楽なことはないんよ。
いやマジで!








って言う日曜の正午でした^ - ^🤚



ほなまたねー