私が2度と味わいたくない感情が
「ほらね、やっぱりここでも愛されないんだ」
この絶望感は、ほんとに重たくて
じゃあ、
愛されるための努力をすればいいのか
と言えば
それがいとも簡単に他人軸になったりする。。
そもそも、私がいつでも
あれこれチャレンジをしようとしてること自体が
家に居場所が無いから。
心からここを守りたいと言う愛が
純粋に家にあったなら
私は絶対に外には出ていないはず。
そこに愛があるなら、
ぬくぬくといつまでもそこにいるだろう。
満たされていれば
外に探しに行く必要はなかったし、
その場所にエネルギーを全て捧げて
私はその居場所を磨きあげて
その空間の快適さを追求しているはず。
「そこまでわかっているのなら
今いる場所を愛しましょう」
と言われてしまうと
たちまちとても孤独になる。
いやぁ、外に出ても出ても、、、
むしろ、出れば出るほど
自分丸裸で出てるので
孤独は変わらないんやけど。
ほっと安心できるあの瞬間て
どこに行けばあるんやろか。。。
「とりあえずここ空いてるし、
とりあえずずっとここに座ってたし
ここにしよ^ - ^」
座れるだけ幸せ。
それは重々♾️わかっていて
でも、あの
ほぅっ😮💨と力が抜けてしまうような安心感を
やはりいつまでも求めてしまう。
もう無くなってしまったけど、
あの感覚は私の大切な巣🪹であり、
それはこの先もずっと変わらず
心に大事に置いておきたい。
それを持って、
とことん孤独に潜り込んでいく。
それが50代の過ごし方になるのかも🤭
人生って呼吸みたいになってるのかな。
幼少期は何もわかってなくて開けてて
10代で色んなことがわかって内に逃げ込んで
20代には力がついて外に飛び出して
30代は社会的立場に閉じ込められる
40代に人生まだまだ!って外に出たけど
50代でどうにもならない孤独とまた向き合う
この流れでいけば?
60代になったら自分を確立して外と関われるかな?
70代は色んな別れを経験して
相対的に過ごして来ていた自分をまた見つめ直して
80代はこの世に光を残すために
私ならニコニコするためだけにでも外に出るかな
^ - ^
90代は体が動きにくくなったり、
誰かに迷惑をかけることを学んで
100歳になったら置物みたいにかざってもらえるかな。
その時その時の波を自分軸で
孤独を恐れずに
いつでも自分と重なって生きていよう。
明後日はいよいよ滝行!!
夏の暑さが残る頃に申し込んだが、
こんなに寒くなるとは🥶
まあね、何年生きてんの?!って話笑笑
ほな、またねー。