時代の移り変わりにより価値観は変化します。
『地の時代』は物質的な豊かさに価値が高まり、
『風の時代』は幸せや自由や情報や知識や経験など
目に見えない豊かさに価値が高まる時代。
仮にそうなんだとしたら、
私は『風の時代』大好き派!
目に見えてないものが好きだからです。
しかし、実際は
どちらも私たちに豊かさをくれるので
どちらも偏りなく大事だとは理解しています^ - ^
♢
私にとって『音』は耳だけではなく、
体全体で感じて楽しむもの^ - ^
学生の頃から、音や声を聞き分けることも
人のモノマネや口真似をすることも得意でした。
地方の訛りなんかもすぐにうつってしまいます。
音を感じることが好きな人は私以外にも
この世に沢山居るだろうに、
「食欲」みたいに
「聴欲」ってのが無いのは不思議。
以前乗っていた車は、
『走るオーディオルーム』というコンセプトで、
軽でありながらスピーカーが沢山付いてました。
現在の車に物足りなさを感じるのは
音には全くこだわりが無いところで、
イコライザーも無いのです(T_T)
「いい音」なんて通みたいに言っても
音響や設備には詳しいわけではありません。
いつも通りただの私の体の感覚です。
音へのこだわりを注意深く観察してみると
耳だけにとどまっているのでは無くて、
体と心が反応して震える体感が好きなんだと
気付きました。
世の中には、
音を体に当てて病気を治す研究もあり
商品化もされてくらいなので、
音の好き嫌いには関係なく
誰の体にも反応があるのでしょう。
音の持つ力は大きく、
虫の声や川の音も
幼い頃や遠い昔の記憶に作用して
心を安らげるし、
懐かしい音楽を聴く時は
「若い頃の自分」センサーが震えたり
そんな何かがきっとあるんだと思います。
音そのものではない何が
こんなに好きなんだろう?
きっとその答えは
奥の心がときめくことです。
「好き」と言う言葉も好き。
「好き」と言う気持ちも好き。
その気持ちは素直過ぎるから
きっと心地よく心が震えるんだと思います。
そうだとすると、
ペットに癒されることは
心が素直になれるから
気持ちいいのかもしれないですね。
♢
目に見えないものへの愛着は時に
人生を豊かにしてくれます。
わたしは故郷の方言を思い出す度に
携帯のメモに書き留めてあります。
姉と話をする時なんかに
日常では使わない方言を
わざわざ使ってみるのです。
そうすると、姉は脈絡に関係なく
いつも笑ってしまいます🤭
お互いにそれについて話を止めてまで
あれこれ言わないけれど、
その時に2人で共有しているその空気は
とても懐かしくて特別で暖かいのです。
私は目に見えないものが好き。
こんな空気がほんとに好きです。
これからも音と感情に寄り添いながら
その瞬間を大切に生きていたいです。
追記 :
突然、尾崎豊の曲を聴きたくなって
何年振りかにシェリーを聴きました。
当時、「尾崎がいい」と言われても
正直なところよくわかってなかったんだけど、
彼のしゃがれたビリビリした声には
言葉にならない何かが紛れていて
少しだけ胸が苦しくなりました。
ただ美しく汚れのない声だけが
人の心を動かすんじゃない。
彼のあの声があったから尾崎豊だったんだ。