埼玉県立近代美術館で開催中の「密やかな美 小村雪岱のすべて」展へ行って来ました。
小村雪岱は、大正から昭和初期にかけて活躍した美術家です。
東京美術学校日本画選科を卒業後、書籍の装幀、挿絵や舞台装置、映画の美術考証に至るまで幅広い分野を手掛けました。
装幀では極めて繊細な意匠で新境地を拓き、挿絵では江戸物を得意とし、冴えのある描線で粋な男たちや艶な女たちを描き出しました。
舞台装置でも、役者の意図を汲んだ感情豊かで趣き深い場面を描き、新風を吹き込むなど、いずれの分野でも洗練された仕事を見せ、大衆を魅了しました。
本展では、代表作を網羅しつつ、雪岱の画業を「人」とのつながりから再考し、解きほぐしています。
展覧会の構成は以下の通りです。
プロローグ 密やかな美
第I章 「小村雪岱」の誕生まで
第II章 泉鏡花『日本橋』ー装幀の始まりと開花
第Ⅲ章 意匠家のまなざしー古典からモダンまで
第Ⅳ章 挑戦と模索の時代:1926〜1931年
第Ⅴ章 「九九九会」の集いから
第Ⅵ章 挿絵の真骨頂ー粋と艶の美学
第Ⅶ章 世の需めに応じてー円熟期の装幀・舞台装置・肉筆
第Ⅷ章 別れの時:1936〜1940年
エピローグ 没後の顕彰
第I章では、東京美術学校で日本画を学んでいた青年期から、画家として独り立ちするまでの研鑽期を紹介しています。
古画の模写や修復作業、緻密な写生を通じて確かな描写力を磨きました。
第II章では、1914年、泉鏡花の小説『日本橋』の装幀を手掛け、装幀家として鮮烈なデビューを果たした時期を扱います。
日本橋に並ぶ河岸蔵を正面から捉え、夥しい蝶を舞わせたモダンな構図は絶賛され、一躍評判となりました。
これをきっかけに、鏡花作品をはじめとする数多くの書籍の装幀や表紙絵を次々と手掛けていきます。
第Ⅲ章では、資生堂意匠部への参加をはじめ、商業デザインやグラフィック表現に才能を発揮した時代を紹介しています。
江戸の浮世絵や琳派などの伝統美と、大正モダニズムのセンスを融合させ、雑誌『資生堂』のカット絵やパッケージ、工芸デザインなどを手掛けました。
第Ⅳ章で扱うのは、大正末期から昭和初期にかけて、自身の表現領域を広げるために様々な試みを行った模索の時期です。
挿絵やグラフィックの仕事が増加する中で、構図や線の引き方を工夫し、大衆メディアの印刷環境に適した独自のスタイルを徐々に確立していきました。
第Ⅴ章は、作家の水上瀧太郎や画家の鏑木清方など、当時の第一線で活躍した文人・文化人たちとの深い交友関係に着目した章です。
「九九九会」などを通じて生まれた句集の装幀、扇面画、短冊などの小品から、雪岱の持つ洗練された文人趣味や人柄がうかがえます。
第Ⅵ章は、雪岱の評価を決定づけた「新聞・雑誌の連載小説挿絵」を中心とした章です。
邦枝完ニと『江戸役者』や『おせん』などでタッグを組み、極細の均一な墨線と無駄を削ぎ落とした白黒のコントラスト、しなやかな女性像を描き出しました。
第Ⅶ章では、名実ともにトップクリエイターとなった雪岱の多角的な活動を紹介しています。
歌舞伎などの舞台美術を数多く手掛け、空間全体をデザインするプロデューサーとしても手腕を発揮しました。
多忙を極める中でも、質の高い装幀や味わい深い肉筆画を生み出し続けた円熟期です。
1939〜1940年は、50代半ばを迎え、精力的に仕事をこなしながらも、1940年に急逝する直前までの最晩年期です。
第Ⅷ章では、絶筆となった『西郷隆盛』の挿絵など、病に倒れる直前まで描き続けた遺作や、最期の輝きを放つ作品群を追います。
本展は、日本画、書籍の装幀、挿絵、舞台美術に至るまで、大正から昭和初期の美意識を鮮やかに形作った雪岱の全貌を、「静けさ」と「繊細な線」を軸に多角的に再構成した見応えのある展覧会に仕上がっています。
派手さはありませんが、作品の余韻が長く心に残る。
雪岱という一人の芸術家の魅力だけでなく、日本人が育んできた「引き算の美学」を再発見することができます。
会期:2026年7月11日(土)〜9月23日(水・祝)
前期:7月11日(土)〜8月16日(日)
後期:8月18日(火)〜9月23日(水・祝)
休館日:月曜日
※7月20日、9月21日は開館
開館時間:10:00〜17:30
※展示室への入場は17:00まで
主催:埼玉県立近代美術館、毎日新聞社
協賛:DNP大日本印刷
特別協力:川越市立美術館
