《暴走》@RAROの空間 主観レビュー | パラレル

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岡本太郎記念館で開催中の「TAROの空間」展でこれは、と思う作品、《暴走》の主観レビューをお届けします。


画面中央を斜めに走る有機的な形や、関節のように分節された曲線は、機械とも生物ともつかない存在を思わせます。

制御不能な運動=暴走のテーマを視覚化しています。


斜めの構図は、静止よりも「進行」「衝突」「加速」を感じさせます。

本作では重心が安定しておらず、視線が滑るように移動するので、「慌ただしさ」や「暴走感」を感じます。


手前の赤い生き物のようなものは、進出色のため、前に出て見え、左上の顔のようなものは、後退色のため、後退して見えます。

さらに、補色関係によってコントラストが強まり、赤い存在が画面の主役として浮かび上がっています。


暗色が奥まって見えるのも、理にかなっています。

「悔しそう」と感じるのは、形の歪みや視線の向きから来る感情の投影です。


本作は、実際の景色ではなく、人間の中に渦巻く心情を表したものではないでしょうか。

人には見えないけど、確かに存在するものを描いたのです。


ここから、「私たちは慌ただしく生きているが、急がず心にゆとりを持て」というメッセージを感じられます。


岡本太郎(1963)《暴走》岡本太郎記念館