北欧の神秘ーノルウェー・スウェーデン・フィンランドの絵画 | パラレル

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SOMPO美術館で開催中の「北欧の神秘ーノルウェー・スウェーデン・フィンランドの絵画」展へ行って来ました。


ノルウェー、スウェーデン、フィンランドの美術を語る際に欠かすことのできない各地の自然や伝承に見られる神秘的な側面。

19世紀には、それまで大陸諸国の美術に範をとっていた北欧の画家たちが、ナショナリズムの興隆を背景に、次第に母国の自然や歴史、文化に高い関心を寄せるようになりました。

厳しい自然環境の中に見出された北欧特有の風景、北欧神話や民間伝承の物語が画家たちの手によって絵画や書籍の挿絵に表され、北欧独自の絵画世界が花開きました。


本展は、北欧の神秘をキーワードに、3か国の国立美術館に所蔵される19世紀から20世紀初頭の北欧の絵画を日本でまとめて展示するものです。


展覧会の構成は以下の通りです。


序章 神秘の源泉ー北欧美術の形成

1章 自然の力

2章 魔力の宿る森ー北欧美術における英雄と妖精

3章 都市ー現実世界を描く


典型的な北欧美術というものはあるのでしょうか。

あるとすれば、それは一体どのようなものでしょうか。

ルネサンス以降の近代美術史を対局的に見ると、北欧特有の美術について言及することができるのは、おそらく19世紀に入ってからでしょう。

16-18世紀、北欧の美術界は、ドイツやフランスから多大な影響を受けていました。

しかしその後、コペンハーゲンやストックホルムの美術アカデミーで芸術教育が確立されると、各国の美術界では自国の美術に対する自尊心が芽生え、次第に大陸の影響に左右されない独自の道を模索するようになりました。


フィンランドの民間叙事詩『カレワラ』に登場する大気の乙女を描いた、ロベルト・ヴィルヘルム・エークマン《イルマタル》(1860 フィンランド国立アテネウム美術館)は、北欧の神秘に相応しい作品です。

『カレワラ』は19世紀半ば、同国各地の物語をもとに編纂され、ほどなくして絵画主題としても取り上げられ、今なお芸術家に大きな影響を与えています。

本作は原初の海に降りたイルマタルが波風と交わり身ごもる場面で、彼女の懐妊を機に世界の創造がはじまったとされます。


アウグスト・マルムストゥルム《踊る妖精たち》(1866 スウェーデン国立美術館)は、時間を忘れて、いつまでも観ていられる作品です。

19世紀、近代ナショナリズムのなかで、北欧では神話や中世のサガ、民間信仰に由来する題材にも関心が高まりました。

本作はスウェーデン国王が購入し、ストックホルムで開かれた美術・産業展覧会にも出品された、マルムストゥルムの代表作です。

当時は絵画の様式の問題で、本作が人物画か風景画か明確でないことを疑問視する批評家もいたといいます。


19世紀末、象徴主義はヨーロッパの芸術と文化にその影響を残すことになります。

北欧の芸術家たちも、フランスを発祥の地とするこの新しい思想を速やかに取り入れました。

象徴主義は、急速に勃興した工業化社会とそれに伴う都市化に対する反動でした。

このような社会の発展は、一部の人々の間に、ある種の原始的な状態へ回帰する憧れや、自然と調和した暮らしへの渇望をもたらしました。

こうした考えは、スウェーデン、フィンランド、ノルウェーの芸術家たちに強く支持されます。

そのような「自然回帰」の理想は、並行して高まっていた自分たちの祖国に、独自の魅力を表現する題材を見出そうとする意欲ともうまく調和していました。


ブルーノ・リリエフォッシュは動物を題材とした作品を得意とし、狩猟をテーマにした《密猟者》(1894 スウェーデン国立美術館)も手掛けています。

耳の後ろに手を当て、キツネの鳴き声に耳を澄ます猟師の姿は、松の木々に溶け込んでいるように見えます。

作者は制作の際によく、一緒に狩りをする友人にモデルを依頼しました。

また、当時すでに浸透していた写真を制作補助に使用しています。


ハルマン・ノッルマン《雲の影》(1899-1902 スウェーデン国立美術館)の上空には積乱雲が流れ、地上に影絵を描きだしています。

数本の白樺の木は川の水のダークな色とコントラストをなし、遠景にはノッルマンの出身地であるスウェーデン南部スモーランド地方特有のなだらかな山々が見えます。

作者は、しばしば暗い色調で夜明けや夕暮れの風景に太陽の光が命を与えているように見える自然を描きました。


エドヴァルド・ムンク《フィヨルドの冬》は、屋外で主題を前にして制作することが多かったムンクの代表的な作例です。

また、ほとんど単純化されていながらも強烈な鋭さがあり、自然の特徴を極めて巧みにとらえた絵画の表現方法

を、ムンクがどのように創造したかを示す好例でもあります。


エドヴァルド・ムンク《フィヨルドの冬》(1915)ノルウェー国立美術館


19世紀になると、北欧の芸術家たちは自らの文化遺産を新たなまなざしで見つめ直し、強い関心を示すようになりました。

こうした最初のステップが、1880年代以降の北欧美術を支配するナショナル・ロマンティシズムや象徴主義、そして特にジャポニズムからの強い影響へと発展していく道筋をつくりました。


北欧の芸術家たちにとって、森はイマジネーションをかき立てる場所であり、それは広大な風景画や神話・おとぎ話の舞台として描かれてきました。

北欧の民間伝承において、「魔法の森」は魔法にかけられているか、あるいは魔力を宿す森を指します。

おとぎ話や神話における多くの場面は、森の中が舞台になっており、そうした魔力の宿る森は、森が多い地域に最も古くからある民間伝承として伝えられ、幾世紀をも経て、現代のファンタジー作品に姿を変えてきました。


『リティ・シャシュティ(少女シャシュティ)』は中世から伝わるノルウェーのバラッドです。

シャシュティは山に住む妖怪の王に誘拐され、彼との間に子どもを授かります。

王は人里離れた山で暮らそうと、その子を連れていってしまいます。

シャシュティもさらい、人間界での生活を忘れさせるために、彼女に魔法の飲み物を与えます。

この超自然的な内容から、リティ・シャシュティは自然神話のバラッドのひとつとみなされています。

ガーラル・ムンテ《山の中の神隠し》は、シャシュティが魔法の飲み物を与えられる場面が描かれています。


ガーラル・ムンテ《山の中の神隠し》(1928)ノルウェー国立美術館


アウグスト・マルムストゥルムは歴史画家として活躍し、挿絵やデザインも手掛けました。

『フリチョフ物語』は、14世紀にアイスランドで書かれたサガが原作になっています。

物語の舞台はノルウェー。

戦士フルチョフは、王の娘インゲボルグとの結婚を望みますが、インゲボルグの兄弟の画策で島に流され、インゲボルグは年老いたリング王に嫁ぎます。

戻ってきたフリチョフは、正体を明かさずに王の客人となります。

《フリチョフの誘惑(『フリチョフ物語』より)》では、フリチョフが眠る王と共にいる場面を描いています。

そこへ黒い鳥がやってきて、王を殺せとフリチョフをそそのかします。

一方で、白い鳥に戒められ、彼は、剣を森の中に投げ捨てました。


アウグスト・マルムストゥルム《フリチョフの誘惑(『フリチョフ物語』より)》(1880年代)スウェーデン国立美術館


19世紀というのは、世界の大半が著しい発展を遂げた時代であり、北欧もその例に漏れません。

産業革命や科学技術の進歩によって、北欧の人々の生活は根本的に変化しました。

芸術に関していえば、こうした状況が技法と主題の両方に大きな影響を与えました。

その一例としてスチール製の小さな絵の具チューブが発明され、絵の具を屋外に持ち出してモチーフの前で着彩できるようになったことが挙げられます。

鉄道を使った短時間での長距離移動が可能になり、芸術家を取り巻く環境も大きく変化しました。

また世情の変化に伴い、芸術には新たなモチーフがもたらされました。

文筆家や画家は都市での生活や日々の暮らしに関心を寄せるようになり、芸術と現実の距離が縮まりました。

こうして19世紀の芸術は、知的理解に加え、感情や個人の経験に基づくものになったのです。


現実世界を描いた作品に、エウシェン王子《工場、ヴァルデマッシュウッデからサルトシュークヴァーン製粉工場の眺め》(制作年不祥 スウェーデン国立美術館)があります。

1905年、エウシェン王子はストックホルム・ユールゴールデン島のヴァルデマッシュウッデ岬に移り住みます。

以降、この岬から見た対岸の工場をモチーフとして、一日の異なる時間帯や季節の移り変わりを一連の絵画に収めました。

彼は自然観察を行いながらも、主観的な要素を付与するために、ほとんどの作品をアトリエで記憶に基づいて描いたといわれます。

ナショナル・ロマンティシズムの第一人者らしく、本作には画家自身の内面を映し出したかのような抒情詩な表現を垣間見ることができます。


アウグスト・ストランドバリは海の風景を好んで描きましたが、《街》(1903 スウェーデン国立美術館)もそのうちの一点です。

画中では白、黒、灰色の大きな雲で覆われた広大な空の下に漆黒の海が広がっています。

荒々しい空の描写や、曖昧にしか描かれていない遠方の街並み、画面全体の暗い色調によって、画中の光景は写実性を離れ、心象風景や幻影のような様相を呈しています。


1880年代から1890年代にかけて北欧では都市開発が進み、写実主義画家のクローグはその代償としてもたらされた都市の貧困を描きました。

《生存のための闘争(習作)》(制作年不祥 スウェーデン国立美術館)はノルウェー国立美術館に所蔵される大型作品の部分習作であり、クリスティアニア(ノルウェーの首都オスロの当時の名称)のパン屋の前で貧しい人々にパンが配られる様子が描かれています。


本展は、1900年前後の世紀の変わり目に活躍した北欧の優れた芸術家たちによる作品を鑑賞できる機会となります。

選び抜かれた作品により、北欧美術の知られざる魅力に触れてみませんか。






会期:2024年3月23日(土)-6月9日(日)

休館日:月曜日(ただし4/29、5/6は開館)

開館時間:10:00-18;00(金曜日は20:00まで)

         ※最終入場は閉館30分前まで

主催:SOMPO美術館、NHK、NHKプロモーション、朝日新聞社

特別協賛:SOMPOホールディングス

協賛:DNP大日本印刷

特別協力:スウェーデン国立美術館、フィンランド国立アテネウム美術館、ノルウェー国立美術館、損保ジャパン

協力:フィンエアー、フィンエアーカーゴ

後援:スウェーデン大使館、フィンランド大使館、ノルウェー大使館、新宿区

企画協力:S2