森美術館開館20周年記念展 私たちのエコロジー:地球という惑星を生きるために | パラレル

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森美術館で開催中の「森美術館開館20周年記念展 私たちのエコロジー:地球という惑星を生きるために」へ行って来ました。


約46億年という地球の歴史のなかで、ホモ・サピエンスが生きた時間はわずかです。

しかしながら、人類の活動によって地球という惑星はすでに危機的な状況を迎えていると指摘され、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新の報告においても「気候変動は人間の幸福と惑星の健康に対する脅威である」とされています。

この惑星規模の課題における壮大な空間や時間軸を実感することは容易ではありませんが、これを「私たち」の問題として考えることはもはや避けられないでしょう。

 

本展では、これからの世界、美術館の未来を見据え、地球環境問題、気候変動、エコロジーという多面的な課題を世界16ヵ国、34名のアーティストの実践を通して考えます。

 

展覧会の構成は以下の通りです。

 

第1章 全ては繋がっている

第2章 土に還る

第3章 大いなる加速

第4章 未来は私たちの中にある

 

エコロジーというテーマは、経済活動や社会生活などの日常と切り離せない関係にあります。

私たちの地球を覆う生物圏では、様々に相互作用する無数のプロセスが生じています。

動物、植物、微生物、商品、データ、廃棄物などのあらゆるものは、その役割を変えながら、部分的には人間の活動と思考によって刺激を受け、または無関係に地球上を循環しているのです。

 

そうしたプロセスを触覚・視覚・聴覚的に伝える現代アーティストたちの作品は、私たちの現状に対する多角的な視点を示し、人間中心主義を超えたエコロジーを考える一助となるでしょう。

 

ニナ・カネル《マッスル・メモリー(5トン)》は、5トンの貝を床に敷き詰めたインスタレーションです。

観客はその上を歩くことができ、貝殻は押しつぶされ、音をたてながら粉砕されていきます。

コンクリートの原料である石灰石は、貝殻やサンゴ、海洋生物の骨が推積し、数億年かけて形成されたものです。

本作で貝殻が粉砕されていくプロセスは、生物の一部分が建築に近づいていく過程を示唆します。

 

本作で使用している北海道産のホタテ貝は毎年20万トン以上廃棄され、その再利用は喫緊の課題となっています。

しかし、この貝殻を建材として利活用するためには、洗浄や焼成というプロセスが必須であり、その過程では重油と原料とする多大なエネルギーが消費されるという矛盾があります。

 

我々は、産業化および近代化の過程で、人間の尺度をはるかに超えた長い時間をかけて営まれる循環に介入し、これまでにない程に変質させています。

本作の上を歩いた時に感じる足下で割れる貝殻の感触や音は、人間と人間を超えた存在との関係性を顕在化し、私たちの環境を構成する相互に関連し合う様々な存在を呼び起こします。


ニナ・カネル《マッスル・メモリー(5トン)》(2023)

 

セシリア・ヴィクーニャ《キープ・ギロク》は、天井から布が垂れており、気になった作品です。

「プレカリオス(不安定なもの)」と名付けられた作品群は、小品を含む彫刻で、捨てられた素材が丁寧に接着され、バランスと作り出します。

それぞれの彫刻が、作品名とともに「空間的な詩」として立ち現れるのです。

《キープギロク》には、アンデス地方で五千年以上前に発明された糸と結び目によるコミュニケーション方法「結縄文字」が用いられています。

韓服に用いられるシルク、コットンの布からできているガーゼの柱は、竹竿から垂直に吊り下がっており、織物に絵を描く古代の方法を思わせます。

この作品は、ヴィクーニャ自身が1970年代に制作していた植民地化以前のアンデス地方で布に描かれていた原初的絵画を想起させるシリーズとも結びついています。

「プレカリオ」と「キープ」の両シリーズは、グローバリズムが席巻する現代において、消えゆく先住民族、自然界で起きている気候変動の恐るべき影響などをめぐる議論に一石を投じています。


セシリア・ヴィクーニャ《キープ・ギロク》(2021)

 

地球全体に影響を及ぼすグローバルな環境危機は、数え切れないほどの地域特有の問題から始まっています。

現代アートが今日のようにグローバルなものではなかった時代、アーティストたちはそれぞれの文化的背景に応じて、独自の表現による応答を行いました。

 

1950年代以降、日本はその他の文明社会と同様に、工業汚染、都市化、放射能汚染や自然災害など深刻な環境問題に見舞われました。

1950年代以降の日本人作家たちの作品や活動に注目することで、高度経済成長を成し遂げるための戦後政策に起因する環境問題に対して、アートとアーティストがどのように向き合ってきたのかを考察します。

 

殿敷侃《山口ー日本海ー二位ノ浜 お好み焼き》は、1987年のある日、山口県二位ノ浜海岸でごみを集め、掘っていた深い大穴に投じ、油をかけ燃やしたものです。

ごみのほとんどはプラスチックで、遠く北のシベリアや南のフィリピンから日本海へ流れてきたものでした。

火をつけると、プラスチックは溶け、穴の側面や底の土とくっついていきます。

熱が冷めてから、その2トンもの塊はクレーンで引き上げられました。

 

本展では、「メメント・モリ」の象徴と為手53階の展示室に設えられ、輝く首都を見下ろしています。

殿敷が体験した恐ろしい核の悲劇を繰り返すな、この焼け焦げたお好み焼きのお化けのように東京が焼け野原になるかもしれないぞ、と警告を発しながら。


殿敷侃《山口ー日本海ー二位ノ浜 お好み焼き》(1987年)個人蔵 寄託:広島市現代美術館

 

人類は、地球上の資源を活用して生き延びてきました。

私たちは、水、土、植物、動物、微生物などを利用して文明を発展させてきたのです。

近代化と工業化によって、世界は発展し、科学的発見と技術革新がすさまじいスピードで起こりました。

その過程では自然は共存するものというより、分析し利用する対象として考えられました。

このプロセスは20世紀後半になると「大加速」と形容されるほど加速し、人間活動は現在もあらゆる範囲において急激に拡大し続けています。

 

モニラ・アルカディリ《恨み言》は、本展のための新作で、真珠と石油産業の歴史を通して、人間の自然への介入と搾取、また人間と自然の共存について考えさせます。

ペルシャ湾岸地域ではメソポタミア文明時代から天然真珠の採取で富を築きましたが、天然真珠産業は20世紀初頭に日本の養殖真珠に駆逐されて衰退し、その後の石油資源の開発で経済が発展しました。

こうした歴史をたどりながら、アルカディリは真珠と石油の色と形を結びつける作品を多数発表してきました。

彼女は「持続的な自然破壊は超自然的な『憑依状態』による行為である」と捉え直します。

展示では5つの巨大な真珠が宙に浮かぶ霊となり、「侵入」「搾取」「干渉」「劣化」「変貌」とそれぞれが恨みの段階を語ります。

我々人間と自然の関係性を「憑依」や「恨み」として捉える見方は、現代において私たちがエコロジーとどのように向き合うべきかを問いかけます。


モニラ・アルカディリ《恨み言》(2023年)

 

本展のための新作インスタレーション、保良雄《fruiting body》では、海底の堆積物が地殻変動によって隆起し石灰石が結晶化することで生まれる大理石と、我々が生きていく上で排出している産業廃棄物を高温で溶融させることでできた人工的な非結晶スラグを用いて、自然と人口の地層を作り出します。

さらに、この地層に地殻変動によって生まれた岩塩、海水が加わり、それぞれの存在要素が時間の経過とともに作用し合うことで、自然と人工が複雑に絡まり合う一連の過程そのものを作品化しています。

またインスタレーション内に響く金属音は、鳥の鳴き声をデジタル信号化したもので、有機物と無機物の媒介者となっています。

このように本作は様々な時代と存在をつなぐ視点、人間と人間以外の生物や無機物との共存、脱人間中心主義、地球環境における循環などの提案となっているのです。


保良雄《fruiting body》(2023年)

 

環境危機は、私たち自身の「選択」が招いた結果です。

未来にはどんな選択肢が残されているのでしょうか。

現状を打破するには、環境との搾取的ではない関係構築が必要です。

 

西條茜《果樹園》は、陶磁器の内部が「空洞」であることに着目した作品です。

その空洞に鑑賞者たちが息を吹き込むことで身体や内臓感覚の拡張や、他者とのコミュニケーションをイメージさせています。

本作は、古来、人間の生活と密接に結びついていた土や陶という素材と、呼吸を媒介とすることで、人々の記憶や想像力を刺激し、大きな時間の流れや非日常的な視点から現実を捉え直すことを促します。

政治的、思想的な分断や経済格差など、人々を隔てる解決の糸口の見えない問題が山積している現代において、西條の作品は、その答えが最先端の技術で描く世界にではなく、私たちが自分自身に語りかけ、他者と共鳴することで見えてくる、内省的な世界にあるかもしれないことを物語っています。


西條茜《果樹園》(2022年) 


環境危機に対する意識は国際的な現代アート界でも高まりも見せ、この数年で気候変動やエコロジーをテーマにした展覧会は急増しています。

毎年のように繰り返される自然災害。

自身のこととしてこの問題を捉える意味でも、見ておきたい展覧会です。

 

 

 

 

 


 

会期:2023年10月18日(水)〜2024年3月31日(日)

   会期中無休

会場:森美術館

   東京都港区六本木6-10-1六本木ヒルズ森タワー53階

主催:

   森美術館

20周年記念協賛:

   株式会社大林組

   清水建設株式会社

   鹿島建設株式会社

協賛:

   麻生グループ

   株式会社きんでん

   トヨタ自動車株式会社

   三菱電機ビルソリューションズ株式会社

   斉久工業株式会社

   三機工業株式会社

   株式会社竹中工務店

   ユニ・チャーム株式会社

   株式会社雄電社

   櫻井工業株式会社

協力:

   チヨダウーテ株式会社

   シャンパーニュ ポメリー

助成:

   文化庁

   スウェーデン芸術助成委員会

   スイス・プロ・ヘルヴェティア文化財団

制作協力:

   エルメス財団

   デルタ電子株式会社

   関ヶ原石材株式会社

   おだわら名工会

企画:

   マーティン・ゲルマン(森美術館アジャンクト・キュレーター)

   椿 玲子(森美術館キュレーター)

   ※第2章ゲスト・キュレーター

   バート・ウィンザー=タマキ(カリフォルニア大学アーバイン校美術史学科教授、美術史家)

開館時間:10:00〜22:00

   ※火曜日のみ17:00まで

   ※ただし2024年1月2日(火)、3月19日(火)は22:00まで

   ※ただし10月26日(木)は17:00まで

   ※最終入館は閉館時間の30分前まで

お問合せ:050-5541-8600(ハローダイヤル)